きみのとなり

佳川鈴奈

12.そっかぁ。女はドンと構えればいいんだぁ-氷夢華-


アタシがマンションから愛車を走らせてF峠に辿り着いた時、
兄貴のシルエイティーの隣には、早城の愛車がとまってた。


早城は兄貴と何かを話した後、すぐに車に乗り込んで車を発進させる。

アタシの車とすれ違った時、
アイツは車内から手を軽くあげてスピードを加速させていった。


アタシは当然のように、先ほどまで早城の車が止まっていた
シルエイティーの隣に愛車をとめると、
そこにはアタシを視線でとらえた兄貴が嬉しそうに微笑んだ。





やっぱり他の男なんかじゃダメだ。
アタシには兄貴しかいない。




そう思ったらいてもたってもいられなくなって、
運転席のドアを開けて飛び出すと兄貴の胸の中に飛び込んだ。


一瞬、傾きかけた兄貴の体も足を後ろに引いて踏ん張ってくれたのか、
地面に倒れこむことはなかった。



押し倒せるなら別にそれでも良かったのに。



兄貴の体温を感じながらこの場所が一番安心できるのだと強く感じる。
すると兄貴の手がアタシを支える様に腰の方へとゆっくりと回ってきた。




予想外の兄貴の行動は、アタシをもっと大胆にしていく。





兄貴を視線で捉えてハイヒールで新調さをカバーしていることをいいことに、
兄貴の頬を両手でガシっと掴んで、自分から口づけをする。



驚いたような素振りを見せた兄貴だったけど、
次の瞬間、兄貴もアタシを?みしめるように何度も何度も口づけをかわした。





暫く口づけを重ね続けたアタシたちは離れた途端に何だか照れくさくなって、
ちょっとよそよそしくなる。



「悪い……。
 お前がキスなんてしてくるから歯止めが利かなくなっちまった」



えっ、兄貴?
歯止めがきかないって何?


兄貴がアタシがどれだけモーションかけても何もしてこなかったのは、
アタシが魅力がないからじゃないの?


今のアタシは兄貴の理性を奪えるくらいにいい女になったってこと?



「兄貴……」

「氷夢華、オレなんかと一緒に居ていいのか?」


いい気持ちになってたのに、ふいに兄貴のその言葉で雲行きが変わる。



「えっ?」

「ほらっ、今日お前出掛けてただろう。
 病院前に男が迎えに来てた」



そうやってそっぽむいた兄貴の仕草がなんだか、可愛らしくて愛しく思えた。



兄貴ごめん。
見られてたんだね。

んで……兄貴も、やきもちやいてくれたんだ。

アタシが、ずっとあの女と兄貴の姿を見て、やきもち焼いてたみたいにさ。



「出掛けてたけど断ってきたよ。
 だって、アタシにはやっぱり……あっ、嵩継が一番だから。

 ちゃんとそうわかったから」


思わず、兄貴って言いそうになって名前に言い返す。



兄貴のこと、ちゃんと名前で呼ぶって決めた。

兄貴の名前を呼び捨てにする数少ない一人にちゃんとなって兄貴に家族をあげるって思ったはずなのに、
やっぱり油断すると、長年呼びなれた兄貴とか嵩兄の呼び方に落ち着いてしまいそうで……。



「……氷夢華……」


兄貴はアタシの名をつぶやくと、次の瞬間再び抱きしめられて、
兄貴に力強く抱きしめられて深い深いキスをしてくれた。



「ねぇ、ごめんね。
 ずっと名前で呼んであげられなくて。
 
 アタシもちゃんと一人の男として嵩継のこと見るから……だから嵩継もアタシをちゃんと女として見て欲しいの。

 アタシは肝要だからさ多少のことは拗ねながら耐えるけど、
 あんまり放置したら兄貴のことポイってして、他の男のところに行くんだからねっ。

 アタシを可愛いって言ってくれるの、嵩継だけじゃ……兄貴だけじゃないんだから……」




精一杯の強がりだってわかってる。



アタシが兄貴以外の男を見つけられるなんて思ってない。
だけど……アタシの強がりが、その言葉をスルスルと吐き出させる。





その夜、アタシは愛車をF峠に残して兄貴の運転するシルエイティーの助手席で峠を下った。


F峠を降りた町で夜食になりそうな時間にもかかわらず、
ファミレスで食事を終える。

っと言ってもメインで食べてるのは、兄貴でアタシはジュースを飲むくらい。


ペロッとハンバーグ定食を平らげた兄貴は、
会計を済ませて再び車を走らせた。



兄貴が車で辿り着いた場所は、予想外のホテル。



車を地下駐車場に停車してフロントで手続きをすると、
案内されたのはめちゃくちゃ豪華な部屋だった。





「兄貴……大丈夫?
 ここ、めちゃくちゃ高そうだよ」



そう兄貴のお財布事情を心配してしまう。



「あぁ、オレが選んでたら勿体なくてこんなところ泊まってらんないな。
 けど、ここはほれっ」


そういってホテルのマークを見せる兄貴。
そのホテルのマークは、アタシたちが住むマンションにも使われていて……。


「このホテルって徳力の系列ってこと?」


アタシがそう切り替えすと兄貴はポケットの中から伝家の宝刀とばかりに、
一枚のカードを見せた。


徳力の総本家関係者パス。



「飛翔がな、去り際にねじ込んでった。
 しかもアイツの甥っ子発行の最強カードと来た。

 んで使ってみたら、ここに案内されたと……」



そう言うと兄貴は、キングサイズのベッドへと飛び込んでアタシを抱き寄せた。



そこでアタシは兄貴に初めて抱かれた。
初めて女として兄貴に受け入れて貰えた、そんな気がした。




翌朝、ホテルを後にしたアタシたちはF峠にアタシの相棒を取りに戻って、
別々の車でマンションへと戻り、その後は自宅でゆるゆると過ごした。



自宅に帰った途端、兄貴はまたアタシに触れるのをやめた……。



ねぇ、兄貴。
アタシは何時だって兄貴に触れて欲しくてウズウズしてるんだよ。



疲れたのかソファーに座ったまま体を倒して変な態勢で眠っている兄貴に、
そっと毛布をかけながら、兄貴の寝顔を眺めてた。


リビングに居たはずなのに、いつの間にか自分の部屋のベッドで寝かされて目覚めた朝。


すでに目覚めた兄貴が、朝ご飯を作ってくれてた。


「あっ、ごめん。
 寝坊しちゃった」

「おぉ、いいぞ。朝ご飯なんざ、起きてる方が作ったらいんだよ。
 それより、風邪ひかなかったか?

 リビングで寝てただろ」

「寝てただろって、兄貴がソファーで寝てたから」

「ったく、確かにあそこで沈んだオレも悪いが、オレはお前がかけてけくれた毛布があった。
 けどお前は何もなかっだろったく、もっと自分も大事にしろって。

 お前になんかあったら、オレが……オレが困んだろうが……」


照れくさそうに言って兄貴は、マグカップをアタシの前に置いた。



「今日、オレまた帰り遅くなるからな」

「知ってる。
 兄貴のシフトなんて、もうそらで言えるほど暗記してる」

「なら、先に行くぞ」

「うん。行ってらっしゃい」


兄貴を送り出して、兄貴の作った朝食を食べて、
出勤準備をすると、アタシも愛車に乗り込んで鷹宮へと走らせた。



鷹宮の従業員入口からロッカールームへと向かう。


ロッカールームで着替えを済ませると、
今日もいつもの日常が始まる。



するとアタシの前で待っていたかのように手招きする、
鷹宮のラスボスなんて海兄が言ってたらしい水谷総師長。




「おはよう、橘高さん。
 少し時間いいかしら?」



そんなきっかけと共に連れられた場所は、
パイプオルガンの音色が静かに響く病院内の教会。




「雨降って地は固まったかしら?」



教会でマリア像を見ながら、
総師長はアタシに話しかける。


「えっ?」

「今日、嵩継君の表情が清々しい顔をしてたのよ。
 それに橘高さん、あなたも。

 二人でちゃんと乗り越えたのね」


そういって、総師長は柔らかに微笑みながら目の前の像に祈りを捧げた。



像に祈りを捧げたことなんてなかったけど、
見よう見まねでアタシも総師長にならう。



「女はね……ドンと構えていればいいのよ。
 何事もどっしりと地面を踏んでね」


そうやってアタシに諭すように話しかけた総師長の言葉と、
昔、亡くなったおばあちゃんが話してた言葉が、
ようやくアタシの中で、消化できた気がした。





そっかぁ~。
女はドンと構えればいんだぁー。




ずっとわだかまって、もやもやが嘘みたいに、
スーッといなくなるのが感じられた。



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