きみのとなり

佳川鈴奈

8.女の価値はオークション? -氷夢華-


小悪魔プロジェクト始動から、
アタシは今まで以上に自分の時間を大切にするようになった。


まず一番最初に始めたのは、兄貴のことを『嵩継』と名前で呼ぶ練習。


バカ見たいって思う時もあったけど、
やっぱり、あの時の名前で呼んで欲しいって言う男に愛されるための条件は痛かった。


アタシの中の兄貴は、嵩兄のニックネームみたいなものだってずっと思ってたけど、
だけど……兄貴には、嵩継って言う名前がいる。


良く考えてみれば……兄貴を嵩継って名前で呼ぶ人って、何人いるんだろう。


嵩継さん・嵩継君って呼ぶ人は、水谷さんとか、兄貴を慕う関係者とかいるけど……
嵩継って呼び捨てで呼んでるのを聞いたのは、後にも先にも、この病院の鷹宮院長だけだった気がした。




そう思ったら、やっぱり心の中ではどれだけ『兄貴』って呼んでいたとしても、
ちゃんと『嵩継』って言う、兄貴の名前でアタシが呼ばなきゃってそんな風に思えた。



アタシが兄貴と出逢った頃には、すでに亡くなっていた兄貴のお父さん。
アタシは兄貴のお父さんの顔すら知らない。


そして兄貴が高校生の時に肺炎で亡くなった、おばさん。



アタシにとっての当然の存在の両親が、兄貴にはもういないんだ。



そう思ったら、アタシが兄貴の家族になりたい。
ひとりぼっちの兄貴に、アタシが、兄貴の家族を増やしてあげたいってそんな風にも思っちゃった。


その為には、今よりももっと兄貴をアタシに振り向かせないと。


今よりももっともっといい女になって、兄貴を飽きさせない小悪魔にちゃんとならなきゃ。


仕事帰りに書店によって買ってきたファッション雑誌を見ては、お店に行って実際の服を手に取りながら
鏡の前で体に洋服をあてる。


新しい髪型や、メイクのやり方を見つけては流行を取り入れながら、
アタシらしさを残していく。


いい女になるには食生活も大切だよね。

世の中の、スーパーフードと呼ばれているものも適度に取り入れながら、
野菜も沢山摂取して、スポーツセンターで適度な運動をして汗を流す。

入浴タイムには、マッサージクリームでリンパを流して、一日の浮腫みもちゃんとリセット。


綺麗になるための努力は大変だけど、
兄貴が何か感じてくれたら、アタシの努力はきっと報われるから。



多分、女の価値ってオークションなんだよ。



この間、オークションで洋服を探してた時に漠然と感じたんだ。


オークションで洋服を高く売りたいって思ったら、
いい写真を撮って、説明文を工夫して、タイトルを工夫しなきゃいけない。


その三つが揃って、沢山の人が目にとめて気にかけて落札してくれる。


多分、恋もそうなんだと思う。



本当に彼氏が欲しいなら、女も頑張んなきゃ。



写真は多分、見た目のルックスなんだ。
次に説明文は言葉遣いとか態度とかの振る舞い。
最後のタイトルは、学歴とか経歴とかになってくるのかな?




そんな風に置き換えたら、ちょっと楽しくなってきた。




綺麗になるために無理をするんじゃなくて、
自分が楽しみながらやる。


やればやるだけ、自分の自身にも繋がっていくはずだから。




兄貴は最近はケアセンターの方が忙しいのか、
マンションに戻って来たとしても、遅くなる時が多い。



そんな兄貴のために、食べるか食べないかもわからないけど、
毎日食事を用意しては、ラップして冷蔵庫へと片づける。


帰ってきた兄貴はレンジで温めて食事を食べてくれてる。



そんな兄貴の行動を、自室のベッドの中で感じながら、
アタシは再び微睡むんだ。

起きる時間まで。


朝、アタシが目覚めた時にはすでに兄貴はいない。


兄貴が出掛けたマンション。

ダイニングのテーブルには兄貴が作ってくれたらしい簡単な朝食が準備されていて、





氷夢華へ

晩飯、ごちそうさん。
うまかった。






なんて短い手紙が汚い字で添えられている。




なんの代わり映えもしない、そんな短い手紙だけど、
それでもその手紙を見ただけで、心の中があたたかくなってるアタシが存在する。





……兄貴も無理しないでよ。兄貴が倒れたら、元も子もないんだから……。




思わず誰も居ない部屋に言葉を吐き出すと、
アタシは慌ただしい出勤準備を始めた。


鷹宮に出勤した直後、まだ朝早いにも関わらず、
アタシは見たくもない姿を視界にとめる。



兄貴、またあの女と一緒に歩いてるっ。


思わず壁やぬいぐるみ、クッションをぶん殴りたくなる衝動を覚えながら、
アタシは慌ててロッカールームへと向かった。






兄貴のことは、誰よりも理解したいと思うし、
兄貴に嫌われたくないって思う。



だけど……やっぱり、兄貴があの女と一緒にいるところは見たくない。


どれだけ、男に愛される女の条件に入ってても、
女は男にとっての都合の良い存在じゃないんだから。



怒りに任せて、ロッカーの扉に八つ当たり。


ポッコリと殴ったところが凹んでしまった、アタシのロッカーの惨めな扉。




ホント……やっぱり、今も兄貴に振り回されてばかりじゃん。


着替えを済ませて、貴重品だけいれる小さなバックに携帯を入れようとしたいとき、
着信が入っていることを知った。



メールの主は弥英。


内容は今日の夕方、合コンをしたいって言う内容だった。


何でも、弥英の想い人の親友である、
弥英に告白してきて、協力を買って出た奇特な、
男に都合のいい女の条件を教えてくれたその人。


むしゃくしゃしてるのもあったし、
少しは兄貴を揺り動かしてもいいかなって思って、
アタシは合コン参加に了承の返事を送信した。





その日、いつものように仕事を着々とこなすと、
勢いに任せて了承した、華奈子や弥英たちと一緒に久しぶりの合コンに参加することになる。



そして……岩本鼓【いわもと つづみ】。
今回の合コンをセッティングした男と出逢った。


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