きみのとなり

佳川鈴奈

6.全部兄貴が悪い -氷夢華-

ショッピングセンターでの一件から、
何の説明もないまま、時間だけは過ぎて9月も終わろうとしていた。

兄貴もアタシもすれ違いシフトが多い月で、
病院ですれ違うのが殆どだった。


だけど病院で兄貴を見てるだけでも良かったのに、
9月中旬頃から、病院で見る光景が変わった。


兄貴の傍には病院内でもあのショッピングセンターで会った女が隣にいる。



一度ならずも、何度も何度も見たくない姿が視界に入ってくる苛立ち。


アタシが見てないとでも思ってるの?
ったく、バカ兄貴。


とっとと説明しなさいよ。



心の中では怒鳴りたくていっぱいだけど、
ここは病院で、兄貴にとってもアタシにとっても職場であることは違いない。


だからアタシは、兄貴を避ける様にして仕事に集中していく。


もう、いつもいつもバカみたい。
兄貴の行動の一つ一つに振り回されて、やきもち焼いて。


逃げるように飛び込んだトイレの鏡に映った顔は、肌艶がいまいちでズタボロだった。



今の私……なんでこんなにボロボロなんだろう。
バカみたいじゃん……。


虚しくなって、仕事を終わらすと相棒に乗り込んで、
華奈子と弥英の職場へと顔を出す。



「こんにちは。まだ忙しい?」

「あっ、氷夢華じゃん。
 久しぶり。今日は最後のお客さん今帰ったから、時間あるよ」

「良かったぁー。なかなか美容室行けなくてさ。
 ちょっとおまかせで、カットしてくんない?」

「了解。ほらっ、ここ座って」


そういってアタシの鞄を受け取って、
椅子へと案内する華奈子。


弥英はアタシに近づいてきて指先で頬をつつく。


「最低。
 ちょっと氷夢華、幾ら、春に入院したからって
 今も忙しいからって、この肌状態はないでしょ。

 ボロボロじゃない。肌年齢、怖いわよ。後ではかったげる」


なんていいながら華奈子のアシスタントを手伝ってる。


そんな親友二人に髪を触ってもらいながら花が咲くのは、
愚痴やら、恋バナやら、いろいろだ。

髪の毛の後は肌年齢チェックから全身エステまで、
今度は弥英がメインになって、アタシをストレスから解放してくれる。



「あぁ、気持ちよかった。
 なんか、肩とかも凄く楽になったんだけど。

 それに浮腫んでたの取れた気がする」

「はいはいっ。
 良かったわ、実感してもらえて。
 
 はい、親友価格で半額ね」

っと施術費用を支払うと今度は着替えた二人と一緒に女子会へと突入。



その女子会の場でアタシは、この間の一件から今日までの嵩兄とのあの女の話を愚痴り倒した。


「ね、最低でしょ。
 もう、全部、兄貴が悪いっ!!

 そう思うでしょ?」


お酒の勢いもあって、個室の中に響くアタシの声。



そんなアタシの愚痴を最後まで聞き終えた二人。


「んとに、あんたは昔から損だよね」

「そうそう。氷夢華って本気出せば、男たち放っておかないよ。
 ルックスいいし、プロポーションいいのに、どうして性格が、兄貴ラブで残念なんだろうねー」

「兄貴って言っても、実兄じゃなくて元、近所のお兄さんなんでしょ。
 今なんて親公認の同居までその人とやってるのに、どうして未だに兄貴何だか……」



そういって、華奈子と弥英はため息を吐き出す。 



そうは言われても、兄貴は兄貴で……嵩兄で。




「私さ、今好きな人がいるのよ」



突然、そうやって切り出した弥英。


「そうそう、弥英、この間告白されたんだよね。
 結婚も視野に入れて付き合ってほしいってさ」

「華奈子、あの話は断ったの。 
 私が好きなのは、その人じゃないからさ。

 その人にお断りするときに、洗いざらいちゃんと話したんだ。
 そしたら、その人『そうだと思いました』って、
 私の話、受け止めてくれたの。

 その後も、いろいろとアドバイスしてもらったんだ」



そう切り出した弥英は、その時に会話した内容を順番に説明してくれた。



男心を掴む溺愛される女とはこんな女性なんだって思えた話。




1.メールは、そっけないくらいがちょうどいい。

2.電話やメールの数が減っても相手の反応が鈍い段階でどちらもしつこくしないくらいがちょうどいい。
 彼方しかいないのと積極的にしがみつくよりも、こっちから興味がなくなった素振りを見せる方が効果的。

3.誰かに対しての重い気持ちが恋だって思えるけど相手の私生活も尊重して、
 「~してくれない」じゃなくて、「~してくれて有難う」そう言える女心を育てなさい。


男って人種は、彼女が自分の行動に左右されるのを知ると、好きさ度合いが低くなる生き物だから、
自分が何を言っても動じない。自分の価値観も持ってるわよって、言い切れるようなそんな存在がポイントアップ。


っとか、まぁ、弥英と華奈子から飛び出す、男が思う理想の女像に多少の苛立ちを覚えながらも、
アタシは、一つ一つを兄貴と自分の関係に置き換えてた。



ダメじゃん。
アタシ……兄貴に呆れられるようなことしかしてないじゃん。





「ねぇ、アタシ決めた。
 いい女になるっ。兄貴が放っておけないほどいい女になるから、弥英も華奈子も一緒に頑張ろうね。
 女子力UPの女磨き。

 ふふ~ん、名付けて小悪魔プロジェクト」

「小悪魔プロジェクト?」

「そう。
 さっき、教えてくれた男の理想像って小悪魔みたいなんだもん。

 ようするに、振り回される立場じゃなくて、男たちを振り回して飽きさせないようにするのが大切なんだよね」



そう。

男たちを飽きさせない、小悪魔っぽさ。
だけど……喜ばせたいと思うし、喜ばせたいと思わせること。

相手のことをちゃんと理解して、お互いが居ないとダメなんだって
しっかりと思わせないと。



「なんか、氷夢華が元気になってきたんだけど……」

「ふふっ。
 さぁて、んじゃまずは……自分磨きだよねー。

 明日から頑張らなきゃ」



その後も賑やかな夜は続きアタシは弥英の自宅に泊まらせてもらって、
翌日、マンションへと車を走らせた。


マンションに帰宅しても、今日も兄貴の姿はない。



兄貴が居ないからって、クヨクヨすんなっ。


ほらっ、氷夢華。
いい女になるって決めたんでしょ。


鏡に映った自分に気合を入れるように頬を両手で打つと、
出勤の準備を始めた。

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