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きみのとなり

佳川鈴奈

3.兄貴 -氷夢華-


『嵩兄~海兄~氷夢華を置いてかないで!!』




叫び声と同時に飛び起きたアタシは見知らぬ部屋で気がついた。


あれーっ、此処何処だよ。


ッたく……暖かい羽毛布団からゴソゴソと這い出してフローリングの床を素足で歩く。


床はご丁寧に床暖房仕様なのかぽかぽかと気持ちいい。


だけどマジっ、此処何処?
見知らぬ部屋の扉を次々と開けながら前進していく。



閑散とした殺風景な部屋に申し訳程度に必要最小限整えられた家具。




昨日アタシ、嵩兄を見つけたんだっ。




安田嵩継【やすだ たかつぐ】。


アタシの隣の家に住んでた兄貴。
んでもって、アタシがずっと追い求めたヤツ。


オトンに言わせれば『氷夢華は 嵩継の嫁になるが口癖だったぞ』らしいけど、
そんなこと今更持ち出されてもねぇ。


けどオトンには、そんなこと言いながらアタシ的には満更でもないらしく嵩兄一筋。
他の男にゃ見向きもしない……って言うか……ろくでなしばっかに見えて興味なし。


嵩兄が消えた後も嵩兄を見つけたくて嵩兄が入学したと聞かされた医大系列の大学に必死で勉強して入るわ、
なんやで結構頑張っちゃってさ。


そんな兄貴と昨日……再会したんだ。



んで兄貴に抱きとめられて泣いちゃった……と。


だけど……マジ此処、何処だろ。
嵩兄を見つけたってことは有力なのは嵩兄の家なんだけどな。




「兄貴~嵩兄いるの?いないの?」



思い切って声を出して呼んでみるが何一つ返答はない。
一部屋八畳くらいの洋室が八部屋。


そして、それより少し広いリビングダイニングにキッチン。
リビングに足を踏み込むと正面からは遠くに海の見える景色を見下ろす形で一望できる。


一体……家賃幾らするとこなんだよ。
高層マンションってだけでも高そうなのにさ。



いやっ嵩兄の甲斐性じゃこんなところ無理だよ。


だったら、ここは何処だよ。
マジで。


綺麗に整頓されたシステムキッチンの流しの洗い桶の中には、
一組の珈琲カップが沈められている。


そしてシステムキッチンの後ろ、
使いやすい位置には少し大きめの冷蔵庫が置かれている。


アタシは好奇心にかられて冷蔵庫のノブに手をかける。


だってノド渇いちゃったし運が良かったら何か入ってるだろうし、
とりあえずお茶でも何でもあれば嬉しいんだけど。


それに……やっぱ冷蔵庫の中見たら、どんな奴が住んでるか想像できるしさ。


ノブを握って一呼吸。


思い切って引いて冷蔵庫の扉を開く。
中には大量のビールに野菜に肉が所狭しと放り込まれている。


冷蔵庫の中から並べられているビールを一本拝借すると、
プルタブをくいっと開けて乾ききったノドに流し込む。


勝手に貰っちゃって悪いね。
ノドを潤して冷蔵庫を閉めると改めて周囲を見渡す。




知らない場所だよ……なっ。





マジで此処、何処よ!!



それに……やばっ、昨日は日曜だったわけだから今日は……月曜。


仕事っ。
あっ、今……何時よっ!!


慌てて眠っていた寝室に駆け込むと携帯電話の画面を開く。



11:30分。
不在着信、六件。


げげっ、全部……勤務先じゃん。
……あちゃーっ、やっちゃったよ……。



慌てて携帯握り締めて病院に電話しようと思うんだけど、
指が発信ボタンを押せない。


やばいよっ、マジ、ヤバイって。
どうしよう……アタシ……。


携帯を握り締めたまま、再度服を調えて鞄を持って寝室を後にする。


リビングに飛び込むとソファーの上に鞄を置いて、この場所の手がかりを探す。


何度か辺りを見渡すとテーブルの下に落ちている一枚の紙切れを見つける。


思わす手を伸ばして、その紙切れを拾い上げる。


この字……汚い嵩兄の字じゃん。







氷夢華へ


昨日は助かった。
黙ってオレんちに連れ帰って悪かったな。

起こそうと思ったが、気持ちよさそうに眠ってたからそのままにしておいた。

オレは今から仕事だから出掛ける。

適当に冷蔵庫の中にあるもの使って食べていいぞ。
休みだったらゆっくりしていけ。

鍵とパスワードを置いていく。

鍵穴に鍵差し込んでパスワードは携帯に登録して鍵センサーに送信しろ。


それでロックされる。


連絡先:
鷹宮総合病院

電話番号:病院→××××-××××
携帯→090-××××-××××

         嵩継







 
……嵩兄……。



汚い字で書かれた紙切れを無意識で握り閉めちゃったアタシは
慌ててその紙切れを開く。


兄貴の連絡先の携帯番号、とっとと携帯に登録しなきゃ。


後……パスワードだね。
ややこしいマンションなんだからっ。



握りしめてた携帯に兄貴の連絡先をとっとと登録すると、
テーブルに置かれた鍵にそっと触れる。


やっぱり……こうなると……これは合鍵作るっきゃないよね。


しかも病院、マズっちゃったし……。


嵩兄、居ないならストレス溜めてまであっこに居る必要ないわけだし、
あっち辞めるかっ。


んで兄貴の病院で働けばいいじゃんアタシ。
技師の仕事選んだのも兄貴手伝いたかったからだし。




うん、そうだよ。


全部兄貴が悪いんだから兄貴に責任取らせばいいじゃん。


暫らく見つめた携帯の不在履歴から、
病院の電話番号を呼び出して通信ボタンを押す。


暫らくすると声も聴きたくない上司の声が耳に届く。
喧嘩になる前に……とっとと『退職』する旨を伝える。



まっ、先月から職場のストレスで結構ヤパヤバな状態だったのも知ってるし、
あっさりと『退職届』を持ってこいって言われた。


嵩兄の部屋を出て絶句。


兄貴アンタなんでこんなとこ住めてんのよ。



やっぱ……このマンション、どう考えても兄貴の甲斐性じゃ無理だって。


エレベーターで一階まで降りたアタシはホテルも真っ青なエントランスを通って、
受付嬢が微笑むフロントを通過する。


「行ってらっしゃいませ」なんて見送られながら。


最初はびびったけど開き直れば何でもない。
快適すぎるマンションじゃん。


これからのアタシの住処には最適最適。


マンションを出て鍵をかけるとコンビニに便箋と封筒を購入すると、
車の中で『退職届』を作成。


次に合鍵を作ってタクシーで病院へ。


早々に手続きとって退職の挨拶して寮から荷物引き払って兄貴の家へ。


荷物って言ってもアタシが使ってた家具とかは寮の備え付けのものだし、
Mac・布団・洋服・本くらい。


早々に寮の近所のスーパーから調達してきた箱に詰めると、
兄貴のマンションに荷物を持って転がり込む。



あんだけ広いマンションだし、アタシの部屋も余裕であるし何もかも全部兄貴が悪いんだから、
兄貴が責任取ってくれたって罰当たんないよね。


とりあえず勝手に決めた兄貴のマンションのアタシの部屋に荷物を運び込んで、
荷解きを終えると適当に買い揃えて来た衣装ケースの中に詰め込んで部屋の片隅に。



Macも小さなテーブルの上にセットして準備OK。


本は元々から保存用の袋に入ってるから、そのまま片隅に放置。

勢いで一気に荷物を片すとアタシは夕飯の準備にかかる。
とりあえず肉好きの兄貴だし今日は焼肉で決定。


材料だけ適当に切りそろえてお風呂の準備も早々に終えて、
ボーっとしてTVを見て過ごす兄貴の帰宅前。


19:30少し回った頃、鍵を解除される音が聞こえる。
慌てて玄関に迎えに出るアタシ。



「おぉ、氷夢華。
 まだ居たのか……ゆっくり出来たか?」


帰って来たばかりの兄貴はドシドシと入ってきて近付いてくる。



「兄貴……話があるんだけど」

「どうした?」

「とりあえず飯くいなよ。風呂入ってさ」


兄貴にとっとと風呂に入らせて、
その間に冷蔵庫から肉やら野菜やらを出してテーブルに並べていく。


兄貴のビールとアタシのビールも忘れずに風呂上り早々、
テーブルについた兄貴に一言。



「兄貴、アタシ此処に引っ越してきた。
 今朝寝てた左隣の部屋、アタシの部屋にしたよ」



アタシがついでやったビールを零しそうになる兄貴。


「氷夢華……お前」

「行くとこなんて兄貴のせいでないんだから」

「氷夢華?」

「職場、今日仕事行けなかったから解雇されたんだよ。
 寮だから解雇されたら居られないしさ。

 あの狭い実家なんて、もうアタシの部屋何処にもないし。
 ここしか居場所ないから。

 後、兄貴の病院……再就職先に紹介してよ。
 アタシの技師としての腕前は昨日兄貴に見せたしさ。
 
 J医付属でも結構有能だったし兄貴と一緒に仕事したいから。
 
 兄貴が居なくなったあの時から、その為だけに頑張ってきたんだ。
 だから決定。
 こうなったのは何もかも全部兄貴が悪いんだからさ、責任とってよねっ。

 兄貴……んじゃ深刻な話はここでおしまい。
 せっかく兄貴の為にお肉買ってきたんだから食べようよ。

 じゃないと……肉、不味くなっちゃうしさ」



鉄板の上で焼けた肉を兄貴の皿にポイポイっと放り込む。

重い空気が流れる食卓。



早々に食事を終わらせて後片付けして自分の部屋に引きこもり布団に潜り込む。



なんだよ兄貴。
いいじゃん……別にこれくらいさ。

嵩兄がずっとアタシにしてきたことに比べればさ……。



やっと見つけた……あの日失くしたアタシにとっての光の射す場所、
アタシが望んだ居場所を見つけたんだから。



あの日……アタシが、
どれだけ辛くて苦しい時間を過ごしたなんて全く気が付きもしない。

そんなヤツがアタシにとっての大切な宝物。


もう手放さない。
逃がさない。



今度はアタシの前から黙って消えさせないんだから……ずっとずっと傍にいるんだから。




……嵩兄……。

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