すばらしき世界のラグナロク

氷雨ユータ

現実もまた英雄を欲している

 再起と創造の町、ガラルタ。
 そう呼ばれている訳ではないが、『神』はこの町をそう呼んでいたので僕もそう呼ばせてもらっている。中心の『神都』に比べれば流石に田舎だが、それでもエルフの隠れ里や鳥人ローマンの天空村に比べたら全然発展していて、種族間の交流も少なくない。人間と亜人の夫婦も見受けられるくらい、この町は平和で、温厚で、陰が無い。
 因みにどうして再起と創造の町かと言われると、『神』が最初に作ったのがこの町で、最後に作り直したのがこの町だからだ。『神』は製作時の思い出を名前に入れる悪癖がある。
「んおー! 人がいるじゃんッ。何、今日はお祭り?」
「いや、時期的にそういう話は無いと思うけどな」
「気になりますわね。買い出しは後回しですか?」
「いや、明確に危険な話でもなさそうだ。買い出しがてら情報収集でもしよう。でも早く終わらせたいから手分けしよう。メティーは護衛だからサーシャについててくれ」
「おっけーぃッ! っなみにサハルの買いたいものは?」
「サーシャが良く知ってるから僕に聞くよりは効率が良いと思うよ」
「分かったわッ。このメティー様に任せなさいーい! ……所でアンタが何買うか分からないと品物が被ったりしない?」
「被る分には消費するから別に良いと思う。保存には困らないしね」
「では行きますわよ、メティー」
「ヤイサ~!」
 町の盛り上がりに負けず劣らず騒がしい彼女が遠ざかると、何だか急に人気が無くなって寂しくなる錯覚を覚えた。実際にはメティーが居なくなっただけなのに、これは凄い影響力だ。固有スキルでも何でもない、単純に彼女が煩いというだけ。
 
 ―――護衛というよりは賑やかしだね。

 でも嫌いじゃない。僕自身賑やかなのは好きだ。隠居してるのは争いが嫌いなのと、万が一にも僕の固有スキルが判明したら戦争の道具として駆り出されるのは目に見えているからだ。あそこに居ても里からサーシャを筆頭に誰も来ない訳ではないし、賑やかと言えば賑やかだ。
 謎の盛り上がりを他所に青果店を覗き込む。店主はこちらを一瞥してから、また町の中心に目をやってしまった。
「あのう、一体この盛り上がりは何ですか?」
「ん? アンタ知らねえのか」
「普段は遠くに住んでるものでして……。林檎パイティルーツを五つ程買いますから、教えてくれませんか?」
「んーそう言われると教えるしかねえなあ。先払いでもいいか?」
「ははは、勿論構いませんよ。元々そのつもりで来たんですから」
 飽くまで買い物のついでというのは忘れてはならない。相場通りの金に情報料として多少色をつけると、恰幅の良い店主は嬉々として語り始めた。
「『天雄グリューナク』が近々革命を起こそうとしてるのさ!」
「革命……? それに『天雄』っていうのは?」
「アンタ『天雄』を知らないなんて一体何処に住んでるんだッ? 彼は救世主だよ。幾つもの戦争に介入して、その度に治めてきた。神から授かったスキルである『剣王シュヴァリーアンペル』を用いてな…………ん? どうした、顔が青いぞ」

 固有スキルの開示……?

 『剣王』なんてスキルが普遍化されている筈がない。どう考えても固有スキルだ。しかしあまりにもメリットがない。この世界には悪意を持つプレイヤーだっているのだ。スキルを明らかにしては何らかの対策を取られてしまう(例えば僕ならまるで戦闘経験のない素人で囲んでボコるなど)。英雄などと呼ばれるくらいだから戦争したがりのプレイヤーには快く思われていないだろうし。
「因みにその『天雄』は何処に居るんですか?」
「町長の所に居ると思うぞ。待ってりゃもうすぐ演説を始める筈さ。アンタも聞いておいて損はないぜ? あの人は特別だから」
 違う。
 特別なんかじゃない。
 僕達は自分の世界に嫌気が差して逃げて来ただけの軟弱者だ。僕のスキルも『剣王』も楽しく生きられる様に授けてくれた贈り物に過ぎない。
「有難う、助かりました。ではこれで」
 探しに行くのは非効率的だ。待っていれば演説が始まるらしいから買い物を続けよう。ついでに情報収集も。先程の店主に聞いた情報を下に質問内容を変えていけば情報は集まってくるだろう。僕は粉挽き屋の女性にリムを渡しつつ尋ねた。
「ああすみません。一つお尋ねしたいのですが、『天雄』が近々革命なるものを起こすそうで……どんな事をするつもりかご存じありませんか?」
「何だったかなあ。確か……境を失くすとか何とか。まあもうすぐ演説が始まるからそれを聞けば分かるよ! 何、お兄さん。『天雄』さんに何か用?」
「用という程では。少し気になった物ですから」
 境を無くす……種族間に何らかの問題が? 『神』がそんな殺伐としたものを作るとは思えない。もし存在しているならそれはプレイヤーが介入したせいだ。


 ―――気のせい、か。


 世界の滅亡といい、どうも引っ掛かる。こうなればさっさと買い出しを済ませて演説を聞かなければ気が済まない。杞憂なら別に怒らないし、考え過ぎだったなら謝る。
「因みに演説はいつ始まるんですか? 正確な時間は?」
「日時計の影が中央に差し掛かった頃、だったかな」
 この世界には時計が無い。
 時間を気にせず楽しんでもらいたい『神』の意向のせいだが、どう考えても不便だ。せっかく魔術があるのだからそれを使って何か時計代わりのものを作れば良かったのに。日時計なんて文明退化の音がする。
 しかしここは都市とは言い難い場所だ。仮に魔力を用いる何かがあったとしても流通するとは考えにくいか。この世界の魔力は霊感みたいなもので、ほんの一握りしか持てない貴重な物故。
 ふと町の中心に設置された日時計を見遣ると、もうすぐてっぺんではないか。

 演説が始まる……!





 











「お前等! 今日は良く集まってくれたな!」
 どんな喧騒よりも良く響く耳触りの良い声。魔術で作られたと思わしき岩の台座に立つ男こそが『天雄』……! 
 顔で判別がつかないのは仕方がない。プレイヤーは全部で三千人。全員が生きているとは言わないにしても数が多すぎる。交流もなかった。全員と面識があるのは『神』だけだ。
「さて、まずお前等に問いたいのは、俺様という人間がどんな奴かという話だ」

「英雄!」
「戦争を治めてきた救世主だよ!」
「かっこいい!」

「はっはっは! そうだ、俺様は英雄だ。だが正直に言おう、昔の俺様は圧倒的弱者だった。それも子供が笑って馬鹿にするくらいのな」
 どんな大仰な話をするかと思えば、それは昔の世界の話ではないか。博士―――『神』の下へ逃げた者は皆、弱者だ。大切な人が居ればどんな世界でも生きられる人間ではなく、只々荒んだ世界に蹂躙され、絶望に落とされた人間。
 そんな話をされてもこの世界では全くピンと来なさそうだが。
「俺様はな、天の上の世界で生まれたんだ。そこでは争いが堪えなかった。核戦争だよ、一度外れた抑止力は誰にもつけ直せない。ゴミみたいに人が死んで、クソみたいに人が死んだ。かつての俺様はそこで生きることを強いられた。それだけで精一杯だった。でもここは平和だ。平和過ぎるくらいだ。お蔭で生きる事じゃなく、強くなる事に時間を割けるようになった。気づけば御覧の通り、俺は『天雄』と呼ばれるまでに成長した。歴史に名を遺すであろう大英雄様になったんだ」
 ファンタジー世界のベースに当たり前だが核兵器は無い。ここは科学が発達しなかった代わりに魔力に対する作用を扱った魔導学の進んだ世界だ。なので、やはり要領は得まい。



「俺様はもう蹂躙される側ではなくなった。この世界の戦争を幾つも治めてきて実感した。だから俺様は…………元居た世界を救おうと思う!」  



「ふざけんな!」
 涙なしには語れない大英雄の過去。そして救世の宣言。それは平和ボケした民間人にとって何よりの刺激であり、娯楽であり、背中を押さない訳は無かった。或はここが都心なのではと思われる程の熱気に包まれ、町中が異様に盛り上がった。

 その中で只一人、僕は空気を読まず壇上に登った。
「…………何だ、お前」
「お前は博士の説明を聞いてなかったのかよ。ここに来たら二度と戻れない、そう言ってただろ」
「博士…………ああ、お前プレイヤーか! まだ居たのか。いやいや、戻る方法は一つだけあるだろ? このゲームをクリアするって方法が」
 『神』はこの世界をもう一つの現実世界と称しつつも、それは個人の価値観でゲームと割り切る人間も居るだろうと踏んでいた。だから最低限のクリア条件だけは設定していた。

 それは最果ての地、アナンにあるとされる『杯の座』に自分の血を入れる事。

 場所は不明で、手掛かりも自分で集めなければならない。やろうと思わなければ絶対にクリア出来ないが、どうしても帰りたいと思った時に使って欲しいとの話をしていた。
 だがその『帰る』という行為は個人では行われない。何故なら同じ機械を使用しての転生だ、それを無かった事にするのだから、当然の話―――


 クリアすれば死人を除いた全員が帰還してしまう。


 お前のエゴに僕達まで巻き込むなよ!」
「残念ながら既に多くのプレイヤーから賛同を得ている。二千人以上……な。どうだ、お前にどんなスキルがあるかは分からないが、一緒に来ないか?」
 『天雄』は聴衆に向き合って、改めて言い直す。
「仲間は可能な限り集めたが、どうだろう! 我こそはと共に世界を救わんとする志を持った者はいないか! 性別で差別したりはしない! その気概があれば十分なんだ!」
「お前、この世界の人達も参加させる気か!? …………いや、待て。この世界の人の居場所はここだ。お前、利用しようとしてないか?」
 『天雄』にやりと笑って、笑うだけでなにも答えない。しかしその瞳が全てを物語っていた。『その通りだ』と。
 その思惑を汲み取るのに十分な時間が置かれ、『天雄』は改めて俺に手を差し伸べた。
「もう一度聞く。戻ろうぜ。今の俺達ならあっちも平和に出来る。お前にだって家族が居るだろう」
「……この世界の人間はどうなるんだよ。僕達は全てを捨ててまでここに来たんだ。僕達にとってはここが現実であるべきだ」
「違うな、ここはゲーム世界だよ。何だお前、ゲームと現実の区別もつかないのか? ゲームは散々楽しんで飽きたらクリアして、売ればいい。多くのプレイヤーがそう思ってる。思わなかったプレイヤーは一人も居ないぜ?」
 『天雄』が藍色の剣を抜いた。肌にひりつくこの感覚が懐かしい。出来れば二度と思い出したくなかった―――理不尽な敵意。







「そういう薄情者は全員、俺様が殺したからな」

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