Over the time ~時を見る~
The fact and past
「ねえーー。なんでこんなとこまで来たわけーー」
後方から歩み寄ってくる彼女――佐藤瀬名は何度も愚痴を漏らしていた。
対する俺は歩き疲れた足を癒すため、目の前に広がるその風光明媚な風景を眺められるベンチに座っている。
「こっち、早く来いよー。良い眺めだぞ」
ぶつぶつ何やら文句を吐きながら、俺の隣に座ってきた。
「ふーん。まあ中の上ぐらいの眺めだね」
そうやって物事を過小評価するのも今となっては気になることもなくなった。
彼女とあの喫茶店で会ってから約一年、お互いをここまで知る仲になったその証明である。
改めこの場所はどこかというと俺が住む町から30㎞は離れたところに位置する山。
山といってもなだらかな斜面で、軽く登れる標高だったこともあり、俺と佐藤は山頂に建立されている神社に参拝することにしたのである。
「なんでこの時期に参拝なんてするの?受験だって来年でしょ」
隣に座る彼女は長らく考え続けていた疑問を俺に振る。
「健康祈願だ」
言い放った俺の単純な答えに呆れた表情を浮かべ、
「君、もしかして心配性だったりする……?」
と冗談めいた会話を進めた。
ところどころ部分的に朱色が抜けた鳥居。その向かう先には今は静寂に包まれる広間があった。
「なんか、静かだね……」
「ああ……」
それもそう、この神社に管理主が毎日滞在しているわけではなく、今日は俺と佐藤以外だれもいなかった。
 
人気がないことで一層神域に近づいていると感じさせる。
そのまま広間を突っ切り、拝殿に参拝しに向かった。
「君は健康祈願を願ったの?」
参拝を終えた後、再び彼のベンチに座った。登ってきて眺めた風景と下ってきたそれとでは全く違うものに見えた。
「さあな。口に出したら願いは叶わないから言わないよ」
頬を膨らませて不満そうにする彼女の姿。
やはり行きと帰りでは違うようだ。
太陽からの眩しい夕差しが彼女の頬を照らし、顔の反対側はさらに暗部と化す。
「この神社ってさ、私一度だけ行ったことあったんだ」
吐息を混じらせながら呟く。
「今日初めて来たーって感じみたいだったけど、なつかしいなって思った」
日が沈む終焉の時と、夜の到来を知らせる時が入り交じっている。
「そうなのか」
俺は一言で返し、彼女の表情を凝視することが出来なかった。
だが、彼女はそのまま続けた。
「私って、実はここに住んでたんだ」
「そうだったのか」
「……ってそれだけ?他には言うことないの?」
彼女の普段通りの口調と姿に少し安心感を覚え、
「他に?……じゃあ……なんでここに住み続けなかったんだ?」
改めて眼前の街並みの方に顔を向け、答えた。
「…………おばあちゃんが死んだの」
「そのころは二世帯住宅でね、父と母、それに父方の祖父と祖母のみんなで暮らしてたの」
俺は黙り込み、聞き取ることに専念した。
「けど、おばあちゃんが死んじゃってから変わったの。なにもかも」
「おじいちゃんはショックで重度の認知症になってさ、お父さんが付きっきりで見ないと生活できなくて」
「お父さんはそれで仕事を辞めざるを得なくなっちゃったの」
「母親が看病していればよかったんじゃないか?」
俺の問いに、一度頷いてから再度話を続けた。
「私もお母さんもそうしたんだ。でもおじいちゃんの記憶に残っていたのがお父さんだけで……受けつけようとしなかったの」
「そしたらね、お父さんも疲れてたのかな。私とお母さんに当たってきたの」
「だからお母さんとこの街を出て行った」
今まで聞きたかった話、内容。それらが半年間、語られなかった理由がやっと理解したような気がした。
だが一方で、俺は彼女の過去に触れたことに一種の罪悪感を感じた。
それまで無言だった俺に顔を向ける。その表情は純白で朗らかなものだった。
「ってなんで、こんな話してるのかな? ごめんね。変な気を遣わせちゃって」
なぜそんな顔を。俺はあの日の彼女と瓜二つである理由を問う。
俺は分かるはずもない、答えなき疑問を問い続けた。
俺の見えない所で悲哀の色を浮かべる彼女の姿が脳裏に残ったままで。
後方から歩み寄ってくる彼女――佐藤瀬名は何度も愚痴を漏らしていた。
対する俺は歩き疲れた足を癒すため、目の前に広がるその風光明媚な風景を眺められるベンチに座っている。
「こっち、早く来いよー。良い眺めだぞ」
ぶつぶつ何やら文句を吐きながら、俺の隣に座ってきた。
「ふーん。まあ中の上ぐらいの眺めだね」
そうやって物事を過小評価するのも今となっては気になることもなくなった。
彼女とあの喫茶店で会ってから約一年、お互いをここまで知る仲になったその証明である。
改めこの場所はどこかというと俺が住む町から30㎞は離れたところに位置する山。
山といってもなだらかな斜面で、軽く登れる標高だったこともあり、俺と佐藤は山頂に建立されている神社に参拝することにしたのである。
「なんでこの時期に参拝なんてするの?受験だって来年でしょ」
隣に座る彼女は長らく考え続けていた疑問を俺に振る。
「健康祈願だ」
言い放った俺の単純な答えに呆れた表情を浮かべ、
「君、もしかして心配性だったりする……?」
と冗談めいた会話を進めた。
ところどころ部分的に朱色が抜けた鳥居。その向かう先には今は静寂に包まれる広間があった。
「なんか、静かだね……」
「ああ……」
それもそう、この神社に管理主が毎日滞在しているわけではなく、今日は俺と佐藤以外だれもいなかった。
 
人気がないことで一層神域に近づいていると感じさせる。
そのまま広間を突っ切り、拝殿に参拝しに向かった。
「君は健康祈願を願ったの?」
参拝を終えた後、再び彼のベンチに座った。登ってきて眺めた風景と下ってきたそれとでは全く違うものに見えた。
「さあな。口に出したら願いは叶わないから言わないよ」
頬を膨らませて不満そうにする彼女の姿。
やはり行きと帰りでは違うようだ。
太陽からの眩しい夕差しが彼女の頬を照らし、顔の反対側はさらに暗部と化す。
「この神社ってさ、私一度だけ行ったことあったんだ」
吐息を混じらせながら呟く。
「今日初めて来たーって感じみたいだったけど、なつかしいなって思った」
日が沈む終焉の時と、夜の到来を知らせる時が入り交じっている。
「そうなのか」
俺は一言で返し、彼女の表情を凝視することが出来なかった。
だが、彼女はそのまま続けた。
「私って、実はここに住んでたんだ」
「そうだったのか」
「……ってそれだけ?他には言うことないの?」
彼女の普段通りの口調と姿に少し安心感を覚え、
「他に?……じゃあ……なんでここに住み続けなかったんだ?」
改めて眼前の街並みの方に顔を向け、答えた。
「…………おばあちゃんが死んだの」
「そのころは二世帯住宅でね、父と母、それに父方の祖父と祖母のみんなで暮らしてたの」
俺は黙り込み、聞き取ることに専念した。
「けど、おばあちゃんが死んじゃってから変わったの。なにもかも」
「おじいちゃんはショックで重度の認知症になってさ、お父さんが付きっきりで見ないと生活できなくて」
「お父さんはそれで仕事を辞めざるを得なくなっちゃったの」
「母親が看病していればよかったんじゃないか?」
俺の問いに、一度頷いてから再度話を続けた。
「私もお母さんもそうしたんだ。でもおじいちゃんの記憶に残っていたのがお父さんだけで……受けつけようとしなかったの」
「そしたらね、お父さんも疲れてたのかな。私とお母さんに当たってきたの」
「だからお母さんとこの街を出て行った」
今まで聞きたかった話、内容。それらが半年間、語られなかった理由がやっと理解したような気がした。
だが一方で、俺は彼女の過去に触れたことに一種の罪悪感を感じた。
それまで無言だった俺に顔を向ける。その表情は純白で朗らかなものだった。
「ってなんで、こんな話してるのかな? ごめんね。変な気を遣わせちゃって」
なぜそんな顔を。俺はあの日の彼女と瓜二つである理由を問う。
俺は分かるはずもない、答えなき疑問を問い続けた。
俺の見えない所で悲哀の色を浮かべる彼女の姿が脳裏に残ったままで。
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