幸福戦争

薪槻暁

3、終わりと始まりの終結

「」


「」


 砂塵舞う砂地や砂漠でじりじりと絞め殺すような蒸し暑い乾燥地帯。


 無数の本達は我先に読んでくれと言わんばかりに僕の方へと自己主張しているようで息をすることさえも辛く感じた。


 湿気を逃がすための乾燥機が至る所に配備されているために湿度はものの数パーセント。ラフな格好でも恒温動物が生活に難を示すほどの乾燥域であるのにも関わらず僕はとある人物の到着というほんの些細な動機のために待ち続けている。


 僕の居場所はというとテンプル騎士団直属情報管轄区域及び書類管理区域一要約すると「国営図書館」というわけである。


 僕は一階エントランスが一望でき、向こうからは死角の位置に陣取る。まさに絶好の狩場だ。


 これも彼の言う紛争国における戦闘対策マニュアル通りに執る策であるということを恐らくこの後訪れる敵も理解しているであろう。が、僕にとってその不安要素はむしろ興奮を嗜める材料の一部と化している。


 金属と金属が互いに摩耗する音と共に手持ちのAKの弾倉を装填する。




 「ここを離れていてくれ」




 彼女に遺した言葉になってしまうのかもしれないと夢うつつ自分語りをしてしまう。あのまま僕は彼女を助けて救おうなんて安易な考えをしていたらきっと彼女にとっては裏切り行為になってしまうだろうと、そう脳裏に過ったので僕は引き留めた。誰かを助けて救うことは何も害悪でも悪態や醜悪なことでもない、寧ろ感謝されるべき行為である。だがしかしそれは世間が感じる、いわば世論ということになりイレギュラーを無視するという資本主義の典型的な例であるということも無視してはならない。この場合にとっての僕がそうだ。誰かを救うのは喜ばしいことだが、彼女には彼女を救う人が毅然として決まっている。




「僕には守れない」




 釈然としないようで「どうして?」と頬を膨らめながら僕を眺める人がそこにいる。


 だからこそ、僕はあと一押し、再度背中を押してやらなくてはならない。




「僕には君を守れる自信が無いんだ。とやかく言うのはもういいから僕と彼だけにしてもらえないかな」




 男の我がままという、これまた時代が古臭いような捨て台詞を語った。なんてキザで胡散臭い言葉だろうと自分で放った言葉を噛み締めて思う。


 そんな僕の思いの裏腹に気付いたのか、そうでないのかは置いておいて傍で話相手になっていたその人物は僕を不満げにも離れていった。




「ごめん」




 誰かを憎むことや恨むことはいともたやすく出来てしまう行為だけれど、誰かを愛すことは本当に難しいとしみじみと感じた。










「やっときたね」




 僕はポケットに乱雑に突っ込んでいた小指ほど大きさの小型デバイスを取り出し耳にかける。電子波長とγ波長が一致すれば音信通話が可能になるこのデバイス、僕のには一つしか波長登録されていない。




『当たり前じゃねえか、借りを返してねーんだからな』


「僕からは君と何ひとつ貸し借りなんてしてないような気がするんだけどね」




 エントランス付近、入口入ってすぐの図書管理カウンターの横で突っ立っている男の姿。




「それに君はそんな佇んでいるだけでいいのかい?僕をやる前に僕がやってしまうよ?」


『ならやってみろよ』




 瞬間、爆風が巻き起こる。違う、煙幕の中に砂を紛らせている砂塵煙幕だ。爆弾を使用すれば自分の身に危険がおよぶ、かといって煙のみの煙幕などすぐに解消されていしまうのが落ちだ。そこで考案されたのがこの砂塵煙幕、細かな塵が煙と相重なって視覚に悪影響を二重にももたらすのだ。




「まったく君が小細工ばかりなのはいつになっても同じだね。本気にかかってこないと僕が先に片をつけるよ?」




 演習風景でもそうだった。普段、私生活では豪語、剛力、豪傑なのだがそれは全て口から出た錆のようなもので実践ともなればあろうことか敵に対しても一つ躊躇いを作ってしまう。




 それが僕と彼が変わらず、同じペアだった要因でもあった。僕は部隊長で彼はその隊員という上下関係はいつにたっても変化は起きず、ましてやその入れ替えなど雲の上のようなことだった。


お前先輩はいつもそうだ。作戦に対して温情を持っていると思いきやそうでない、反骨精神の塊。いつだって生きた心地がしなかったぜ。なんせいつものように隣に死神が座っていたんでな』




 僕は本棚に寄り掛かり溜息を溢す。そして僕は思わず笑みという状況に全くそぐわない表情を顕わにしてしまう。




「そういう君も柔らかだったよ。柔らかすぎてうっかり潰してしまいそうになるほどね。悪意無くても消失させてしまう僕の気持ちを理解できるかな」


『はっははははは。理解できるかって?それは人間と死神が意思疎通できるかって話だよな』




 突然の轟音とも呼べるほどの笑い声が一階、本棚が密集している場所から聞こえる。ちょうど僕の真下だ。




「そうだよ」




 しかし返ってくる返事は期待通りの返事ではなかった。




『できねーよ』


『頭のネジが1本、いや100本狂って外れたロボットと会話できるか?あんたそれだけぶっ飛んでんだよ』


「君が僕を卑怯と呼ぶのは気にしない。がだ、君が、君自身がこの世界、あの国を理解していないことが、それだけが気にくわない」




 そこで僕は目が乾燥する原因を自分から引き剥がすかのように瞳に指先を触れ、そして透明なシートを取る。




『もうお説教は懲り懲りなんだよ』


「それはこっちの台詞だ!」




 僕と彼で互いにライフルの銃口を地面に、そして天井に向けて丸い小物体銃弾は瞬時に空を切る。残留し床に積もった塵が再び舞い上がり僕らを煙の中へと誘う。




お前はケリーは知らないとそれだけで済ましているのが罪だとなぜ分かろうとしない!知らないことが罪なんじゃない、!!」




 また僕はらしくもないこと他人の言葉の引用をしてしまう。




『だったらなぜ俺にも、誰にも言わず自分で決めて突っ走しっていったんだよ。俺だって知りたかった、知ろうとした。だがそうする俺の態度を何事もなく、跡形もなく葬った。素知らぬふりをして自分には関係ないと主張しながら俺を、殺した』




 僕には訳が分からなかった。弾が尽きたライフルをその辺に放り投げ、変わりに腰に巻き付けてある手榴弾の栓を抜き、穴の開いた床に投げ捨てる。




「殺した?僕が?君を?」


『とぼけたって無駄な話なんだよ!』




 僕が投げた場所と少し離れた場所で爆音が聞こえる。するとその直後にお土産という名の黒い卵が返された。僕は目視で確認した後に、その黒い塊が地面に触れず投げ上げられて漸く自由落下しそうなタイミングで蹴りを入れる。おそらく彼と同じ方法だろう。




「とぼけてない。本当に訳が、分からない」


『そう言ってまた同じ間違えた道を通るってことをどうして理解しない!知ろうとしないことが罪だったら猶更あんたのほうが罪深いじゃねーか!』




 自分が主張した「悪」についての理論を自分で変えて新たなものとすることに文句など言えない。しかしその前提となる確立された主張、いわば周知の事実とされる事柄を引用しているにもかかわらず、その逆を語るのは愚者のやることだ。




「僕が間違えていることは噛み砕ける。けど君のためじゃない」


『なら、誰のためなんだよ』




 ここで自分の為だ、と言えばそれで収束したのかもしれないけれど僕の胸底にあるわだかまりがそうさせてくれるはずなかった。それは元より知っていたことだけれど。




「僕じゃない他人あのひとの」


「言わせねーよ」




 いつの間にか僕の前にはその男が立っていた。彼は僕が続く言葉を遮るように留めておくよう念を押すように僕にのしかかってきた。




 彼はおもむろに自身の指先を目に触れて透明なそれを取り出し、跡形もなく拳の中で潰した。




「あーあー、それじゃ命令規則じゃないのかい?」




 眼球に装着することが義務付けられているコンタクトに似たそれは軟化素材小型デバイス。ナノマシンが内蔵されたそのデバイスは人間でいえば目と同じ機能を持っている。つまりはそのデバイスで外部を録画しその映像データをライブで母国に送っているのだ。そう、僕や彼のようにいわゆる外国と呼ばれる国へ訪れる場合、必ずと言っていいほどそれを装着させ、させた上層部の役人は偉そうに椅子に深く座りながらモニタリングしているということだ。


 だからこそ、僕がここにいることもこういった結末に至ったことさえも当事者にならなくても当事者のように振舞っているのだろう。




「俺とお前との話し合いの中で不十分で不都合な関係にあったブツを取り除いただけだって言えば何とかなる」


「珍しく剛健だね。どうしたの?気分や調子でも上がったの?」




 彼は僕のこそばゆい様で同時にかすかな怒りもこみ上げたように僕に怒号に似た一言を炸裂させた。




「黙れ」




「…………」




 沈黙と漂流した空気感。淀んだ大気の流れに逆らうような彼の威勢のよさ。こんな状況なのにふいに笑顔が生まれる。


 気付いたの内に入るのか、それとも気付かないうちだったのか、はっきりとではないが気付いたのうちに入るのだろう。




「僕はね……」




 まるで悪者が正義のヒーローに懺悔するような声音で、かつおどろおどろした様子を消し去って、




「自分の存在理由が知りたかった」




 なぜ僕がこの立ち位置なのだろうか、どちらが正義でどちらが悪なのか判然と区別出来やしない。




「あの国に来てからは勝手に、自分の都合のいいように、合理的な回答のように、僕は生きてきた」




 言葉を噛み締めるように、一言一言をすりつぶす様に、




「時には恩師に追いつくように、またある時には誰かを救うために、そしてまたある時には誰かを守るためにってね」


「そこに……」


「自分の居場所を見出せなかったのか」




 僕の言いたいことを先回りされて不愉快だ、という感情は生まれず、逆に自分を理解してくれたことの嬉しさを覚えたような気がする。つくづく実感する、どうして人間はこうも単純なのかと。




「そうだね。僕は自分の帰るべき居場所を見失ったんだ。初めは生まれ故郷、次いで僕を救ってくれた君のいる地、何もかも信用性はなくなり残ったのは僕自身という孤独に生きるちっぽけな人格だけ」




 そう、初めは物理的に、次は社会的に殺された。しかも運がよいのか悪いのか知らないが、後者は前者の滅亡に因果があるという。




「だったらよ……」




 意外だった。




「作ればいいじゃねーかよ、その居場所ってやつをよ。お前さんだけじゃなくてあんたのように誰かを求めている人の為の場所だ。それが先決なんじゃねーの、こうやってやりたくもない対峙させられて何も誰も助かんねーよ」




 現実味が無いだとか、理想論に過ぎないだとか、今はそんなのどうだっていいような気がした。結局のところ、僕にはそれが必要だったのか。


 僕の投稿する旨を察したのか、彼は僕に向けていた銃口を下げていく。




「ヒトの過ちは繰り返されるからこそ、その螺旋構造を断ち切るってことだね」




 最愛の人、親友だった人、家族だった人、大切だった人、人それぞれ、各々人自身が自分以外の特別な人物を失った時、「どうして自分が救えなかったのか」と自問自答する。それは半ば強制力のような力が働いていてどうしても、したくなくてもそう考えてしまう、という方が正しいが。何が悪かったのか、何がそうさせたのか、事の発端は自分ではないはずなのに自分が犯人だと思い込みがちになる。例えば恋人の運勢が悪いという事実を知っていたのに当の本人には伝えず、そのまま帰らぬ人となり果ててしまうということや、自分以外の些細な出来事をまるでそのことが死んだ原因であると自然的に洗脳されてしまうのだ。


 それをあえて分からせる、世に言うけじめというものをつけさせてくれたようだった。




「そうだ」




 僕の長い問いに終わりが、結末がようやく見えたような気がした。

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