幸福戦争
3、現実を見なくてはならない時
「なあ、なんで俺たち小部隊って二人編成なんだ?」
これは、そうだ今のこの状況を予想なんて出来もしない日のことだ。
僕なのに、僕じゃない誰かが答えた。
「またかい?前も話したじゃないか。いい、進軍するときに丁度いい数がその程度なんだよ。例えば三人だとしてそのうち二人が進軍して、一人が待機するでしょ?それだと待機する人が一方を確認してももう一方の確認は疎かになってしまう」
「ああ、そうだ、そんな感じだったな。でーそれだと作戦の効率が悪いわなんやらで、二人に帰結したってわけか」
「そうだよ。二人ならお互いの安否を確認しあいながら進軍もできるしね」
まるで僕は水面下で溺れる少年のようだ。だって水面上で彼らが談笑していてそれを下から覗いているのが僕なんだから。
過去の在ったことを思い出すことを何て言ったっけか。
「でもまだ、もう一つ理由があるんだよ」
彼の耳にささやくように僕は言っていたようだ。
それに呼応して驚いたようだが、そんなことは天地がひっくり返っても起きないだろうと過信する彼がいる。
『ああ、これは走馬灯ってやつなんだ』
ベースキャンプ地に戻った孤独に包まれた男は裏切られたような感情や自身を責め立てるような感情にも陥ることもなく、ただ一点虚空を見つめていた。かと言って気力が抜け脱力したわけでもなく彼はこうなるんじゃないかと予想しきっていたよう。
青空を呆けていた彼のもとにとあるメッセージの受信音が響き渡る。
「なんだよ……ってふふっははは!!」
不気味に轟く笑い声はまるでこの森の主のようだ。
『ササキ小隊を拘束。もしくは排除を決行せよ』
人間性が感じられる文面なんてもうそこにはない、あるのは自分の立場が危うくならないための予防策。
「ったく、俺には嫌な仕事しか回ってこねえな。なんだ?これが俺の贖罪ってかよ、笑えない話だぜ」
ライフルを背中に掛けてリュックのように見せるカモフラージュを加工する。そして念のために小型拳銃の弾倉に弾が充分に入っているか確認しポケットに突っ込む。
「さあさあ、最後の戦いとなるぜ。相棒」
浅い眠りに落ちた時、僕は悠然とその時を過ごしていく。それは当たり前の話で、ああそうなんだと納得するしかないような夢物語。浅はかな知恵とどうしようもない人生経験なんてものはそこには必要なくて、ただあるだけのものを見せられるのが夢。見たい夢なら、何度も夢に現れるように祈願する。そんなのは意味なんてものはなくあるのは確率という無慈悲な数値だけなんだ。今日は悪夢だった、昨日は清々しい夢だった。そんなのは必然であって偶然でもある。そう覚えられたのは、物心がついた頃よりもずっと先の話だ。
「寝てたでしょう?くーすか気持ちよさげな息遣いが聞こえたよ」
正方形の机と角にちょこんと腰掛ける少女の姿がある。正確には世界が横に見える形でだが。
「ああ、いい夢か悪い夢かどちらでもない夢を見た気がするよ。何というか報えない話だね」
僕は垂れかかった涎を溢さぬよう袖でふき取り重圧に駆られた頭を起こす。
「よく分かんないけどさ、ねえほんとにこんな場所に来るの?」
紙という媒体が主流だった時代こういった場は神聖なものだとも崇められた。僕たちには触れることすらできない文化なのだがその魂のような最も重要な心臓部には触れるというよりも違う感触を味わえる気がする。そうまるで痛々しい我が子を包むかのように、直で触れない苦しみを生み出すように。
「来るさ、来ないはずがない。痛みを分けて生きてきたんだからね、だからこそ痛いほど彼の考えはわかっているつもりだよ」
紙に描かれたその束となったものは「本」と呼ばれる。それらが密集して収束されている場所なら一つしかない。『図書館』だ。
「でもこれじゃあ、戦えないんじゃないの?あのケリーさんだっけ?その人だってあなたを殺しに駆けてくるんでしょ」
「そうだよ」
「だったらなおさらじゃないのっ?広くて戦いやすい場所の方が良いんじゃないの?」
「君の言う通り、戦いやすい場所がここってことだよ。まあ見てればわかるよ」
そう言いつつその小さな少女の掌に茶褐色に染められた文庫本が埋まっているのが見える。
「何を読んでたの?」
「ん?これ?」
僕が彼女の手にしたそれに興味ありげな態度を取ると彼女は意外そうな目で僕を見つめてきた。
「そう、それ」
そして差し出した彼女の手に僕も指差した。
「これは『幸福論』」
「なぜそんなものを?」
「そんなものなんて酷いなあ。この本だって真面目に書いた人がいるのに、その人に対して失礼だよーー」
丸い瞳をまるで星のように輝かせる彼女の姿は、そう世界を未だに知りもしないで憧憬ばかり寄せる小さくて脆くて壊れやすいような子供だ。
「私だってこの人みたいに何を幸せにすればいいかーーなんてお利口さんなこと考えたりするんだよ」
本の背表紙を人差し指でなぞる彼女の姿、そんな子供っぽい姿なのにどうしてか子供のようには見えない。
「自分で利口って言ってる時点でもう傲慢だね」
「あ、確かにホントだ。これじゃあ逆効果だね、もうこれだから日本語は難しいんだよー嫌になっちゃう」
違和感だ。
「でなんでこんな本読んでたんだ?」
「またまたーー、もういいや……んんでそうだねえ。口で語るのは文字に起こすよりも困難を極めますっと言いたいけどそれじゃ逃げていることと同じだかんなーー」
どうしてこんな泥のように纏わりついてくるんだ。
「うん。分かった!言えることなら一つだけあるよ」
彼女の頬や瞳と仕草を彼女からの言葉と比較するたびに僕は胸を削がれる。
「じゃあ、言うよーー」
聞きたくない。聞き入れたくない。けれどここで自分の耳を手で覆えってしまうことは許されない。
さっきまで座っていた机からひょいと立ち上がり僕の方へ振り向く。
「私じゃない誰かの「しあわせ」の在処を知りたいからなっ!」
彼女が持つ本……ではなくそれを持つ指に付く光り輝く反射物が視界に入った時、
ああ、傲慢だったのは僕の方だったんだ。
僕はそう感じた。
これは、そうだ今のこの状況を予想なんて出来もしない日のことだ。
僕なのに、僕じゃない誰かが答えた。
「またかい?前も話したじゃないか。いい、進軍するときに丁度いい数がその程度なんだよ。例えば三人だとしてそのうち二人が進軍して、一人が待機するでしょ?それだと待機する人が一方を確認してももう一方の確認は疎かになってしまう」
「ああ、そうだ、そんな感じだったな。でーそれだと作戦の効率が悪いわなんやらで、二人に帰結したってわけか」
「そうだよ。二人ならお互いの安否を確認しあいながら進軍もできるしね」
まるで僕は水面下で溺れる少年のようだ。だって水面上で彼らが談笑していてそれを下から覗いているのが僕なんだから。
過去の在ったことを思い出すことを何て言ったっけか。
「でもまだ、もう一つ理由があるんだよ」
彼の耳にささやくように僕は言っていたようだ。
それに呼応して驚いたようだが、そんなことは天地がひっくり返っても起きないだろうと過信する彼がいる。
『ああ、これは走馬灯ってやつなんだ』
ベースキャンプ地に戻った孤独に包まれた男は裏切られたような感情や自身を責め立てるような感情にも陥ることもなく、ただ一点虚空を見つめていた。かと言って気力が抜け脱力したわけでもなく彼はこうなるんじゃないかと予想しきっていたよう。
青空を呆けていた彼のもとにとあるメッセージの受信音が響き渡る。
「なんだよ……ってふふっははは!!」
不気味に轟く笑い声はまるでこの森の主のようだ。
『ササキ小隊を拘束。もしくは排除を決行せよ』
人間性が感じられる文面なんてもうそこにはない、あるのは自分の立場が危うくならないための予防策。
「ったく、俺には嫌な仕事しか回ってこねえな。なんだ?これが俺の贖罪ってかよ、笑えない話だぜ」
ライフルを背中に掛けてリュックのように見せるカモフラージュを加工する。そして念のために小型拳銃の弾倉に弾が充分に入っているか確認しポケットに突っ込む。
「さあさあ、最後の戦いとなるぜ。相棒」
浅い眠りに落ちた時、僕は悠然とその時を過ごしていく。それは当たり前の話で、ああそうなんだと納得するしかないような夢物語。浅はかな知恵とどうしようもない人生経験なんてものはそこには必要なくて、ただあるだけのものを見せられるのが夢。見たい夢なら、何度も夢に現れるように祈願する。そんなのは意味なんてものはなくあるのは確率という無慈悲な数値だけなんだ。今日は悪夢だった、昨日は清々しい夢だった。そんなのは必然であって偶然でもある。そう覚えられたのは、物心がついた頃よりもずっと先の話だ。
「寝てたでしょう?くーすか気持ちよさげな息遣いが聞こえたよ」
正方形の机と角にちょこんと腰掛ける少女の姿がある。正確には世界が横に見える形でだが。
「ああ、いい夢か悪い夢かどちらでもない夢を見た気がするよ。何というか報えない話だね」
僕は垂れかかった涎を溢さぬよう袖でふき取り重圧に駆られた頭を起こす。
「よく分かんないけどさ、ねえほんとにこんな場所に来るの?」
紙という媒体が主流だった時代こういった場は神聖なものだとも崇められた。僕たちには触れることすらできない文化なのだがその魂のような最も重要な心臓部には触れるというよりも違う感触を味わえる気がする。そうまるで痛々しい我が子を包むかのように、直で触れない苦しみを生み出すように。
「来るさ、来ないはずがない。痛みを分けて生きてきたんだからね、だからこそ痛いほど彼の考えはわかっているつもりだよ」
紙に描かれたその束となったものは「本」と呼ばれる。それらが密集して収束されている場所なら一つしかない。『図書館』だ。
「でもこれじゃあ、戦えないんじゃないの?あのケリーさんだっけ?その人だってあなたを殺しに駆けてくるんでしょ」
「そうだよ」
「だったらなおさらじゃないのっ?広くて戦いやすい場所の方が良いんじゃないの?」
「君の言う通り、戦いやすい場所がここってことだよ。まあ見てればわかるよ」
そう言いつつその小さな少女の掌に茶褐色に染められた文庫本が埋まっているのが見える。
「何を読んでたの?」
「ん?これ?」
僕が彼女の手にしたそれに興味ありげな態度を取ると彼女は意外そうな目で僕を見つめてきた。
「そう、それ」
そして差し出した彼女の手に僕も指差した。
「これは『幸福論』」
「なぜそんなものを?」
「そんなものなんて酷いなあ。この本だって真面目に書いた人がいるのに、その人に対して失礼だよーー」
丸い瞳をまるで星のように輝かせる彼女の姿は、そう世界を未だに知りもしないで憧憬ばかり寄せる小さくて脆くて壊れやすいような子供だ。
「私だってこの人みたいに何を幸せにすればいいかーーなんてお利口さんなこと考えたりするんだよ」
本の背表紙を人差し指でなぞる彼女の姿、そんな子供っぽい姿なのにどうしてか子供のようには見えない。
「自分で利口って言ってる時点でもう傲慢だね」
「あ、確かにホントだ。これじゃあ逆効果だね、もうこれだから日本語は難しいんだよー嫌になっちゃう」
違和感だ。
「でなんでこんな本読んでたんだ?」
「またまたーー、もういいや……んんでそうだねえ。口で語るのは文字に起こすよりも困難を極めますっと言いたいけどそれじゃ逃げていることと同じだかんなーー」
どうしてこんな泥のように纏わりついてくるんだ。
「うん。分かった!言えることなら一つだけあるよ」
彼女の頬や瞳と仕草を彼女からの言葉と比較するたびに僕は胸を削がれる。
「じゃあ、言うよーー」
聞きたくない。聞き入れたくない。けれどここで自分の耳を手で覆えってしまうことは許されない。
さっきまで座っていた机からひょいと立ち上がり僕の方へ振り向く。
「私じゃない誰かの「しあわせ」の在処を知りたいからなっ!」
彼女が持つ本……ではなくそれを持つ指に付く光り輝く反射物が視界に入った時、
ああ、傲慢だったのは僕の方だったんだ。
僕はそう感じた。
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