幸福戦争
3、対峙する真実
人間が五感を感じるとき、僕たちは目、耳、口、鼻を用いている。目は視覚、耳は聴覚、口は味覚、鼻は嗅覚。それぞれ器官ごとに役割が振り分けられるというのに五番目の感覚だけがイレギュラーな立ち位置に立っている。「触覚」、肌が外気に触れることによって感じるそれは不確かな情報なのにおびただしい量で僕を迫ってくる。
今僕に降り積もる恐怖はたぶん、そんな感覚なんだろう。
視界を開けると眼前に海洋、下部には栄える市場。海へと続く道はどれも坂なのは判別できるが、肝心の道が見えないほど店の看板やら何やらで埋め尽くされている。
「どこだこりゃあ、俺はこんなとこに来た覚えはないぞ」
僕たちはおそらく高台から見下ろしているのだろう。空高い場所で散歩しているような感覚。
屋敷の一室から打って変わって高層マンションの一室へと変貌する。何の変哲もない壁が窓ガラスに様変わりしているのだ。
『ここがロストシティだよお』
いつの間にか雲と同じ高さにあった僕たちの居場所は街の建造物の高さと並行していた。
『君たちは巨大なエレベーターってやつに乗車したってわけだよっ』
「ここはいわゆる地下空洞ってのか?」
彼、ケリーは思わず僕しかいない部屋で言葉を漏らす。傍から見れば独りごとのように見えるけれど、今のは別の意味なんだと察した。
『そーーうだともっ!どうだい?薄汚く陰湿な世界だと思ったかあい?』
僕を蚊帳の外に彼らは会話を始めた。
「ああ。灯も希望もなく犯罪行為がのさばる街かと予想してたぜ、俺が生きていた故郷みたいなんじゃねえかなってな。だが……」
「人間が想像できることは、人間が必ず実現できるってか。なんともまあ桃源郷じみてんのな。俺は少なくともここまでとは想像できなかったぜ、」
『歓喜、幸喜、良喜っ……なんと喜びに溢れた言葉だねえ。君たちをここに連れてきて良かったよお』
「本当だな、明るすぎるくらいの町並みの風貌だ。どこもかしくも活気があるようだぜ」
『そうだろおう……』
「ああ、反吐が出るくらいにな。偽りの幸福にすがるなんてこと、どっかの誰かが言ってたのを嫌でも思い出してしまうくらいにな」
反響音が聞こえなくなった部屋がたたずむ。どうやら声の主は彼の捨て台詞を咀嚼しているかのようだ。
数秒の沈黙が続いたあと、再び声が聞こえた。
『……君の言い分は理解できるねえ。ヒトが幸せだと感じるのは他人それぞれ個人の主観だからね、ちょうど趣味、趣向がばらばらに分裂しているように』
『しかしだあねえ。議論より行動してみてその考えを定着させて欲しいんだよお。事件は会議室で起こっているんじゃあないんだよ』
僕たちの背後で物音がしたのだがどうやら降りてきた階段が消失したらしく代わりに両扉が備わっていた。
『ほーーらあ、ここから私たちの世界への一歩だよお』
緩やかに開くその大扉に目をやると、一気に新鮮な空気が流れてくる。それは本物の空気ではないはずなのにそう感じる、僕はある意味嗅覚が麻痺していたのかと誤認してしまうほどの再現度だと思った。
「そういやこの紐は一体何に使うつもりなんだっ?」
彼は扉が開く音に負けじと声を荒げたが、声の主はそんな疲れるようなことをするまでもなく冷静にかつ高揚したような口ぶりだった。
『それはねえ……君たちが君たちでいるためだよっ。外部から来た人間なんだってあ・か・し』
「こんな引っ張ったら切れそうなやわな糸がか?」
威勢がいいように、または自慢するように言い放った。
『ふふふん……よーーく見ててえ』
声が途切れた数秒後、僕たちの前に文字や地図が空中に投影された。それは普段僕らが使用するコンテンツの一種だった、いやそれすら低レベルの技術に見えてしまうほど緻密に計算され設計されていた。
『見たことあるでしょう。まあ当たり前だよねええ。だって君たちが私たちの世界の技術を勝手に盗んだんだからねえ。卑怯、卑屈、非行なことだねえ』
僕たちが盗んだ……?
『今君たちに私の声が届いているのだってこの技術のおかげなんだよねええ、直接脳内にシグナル伝達を行っているんだよお』
僕は彼らが一体どんな人物なのかあまり知らない。ただ僕たちと同じ側であるというあまりにも簡単なことしか知らないのだ。だからこそ、僕は必要最低限だと思うことさえも重要すぎる案件だと感じてしまう。
「どういうことだよ!僕が君たちのものを盗んだって?何が何だか分からない……」
『それはいつか分かるよ』
最後に放たれた言葉は、この世界で泣き叫ぶ我が子を慰めるような慈しみのような憐れみを抱いていた。
そして現在に至る。
突然の出来事だったせいなのか、今までの映像が脳内で録画、再生されているようなループ現象に至る。そのうえ一面緑の森だらけの場所の下にここまで活気溢れているとは現実味が無いと言ったらありゃしない。
「ったくよ、辺りを見回してこいって投げ出すのはどうかと思うぜ」
バザーが催されていた通りの最終地点、ターミナルである中央広場で気休めする僕ら。彼が一つ買い物を済ましてからすぐさま僕のもとへ戻ってきた早々出た言葉である。
「とは言いつつ楽しんでいるじゃないか、ケリー。説得力に欠けるよ」
彼はその手にぶら下げていた手提げを僕らが座っているベンチの隅に置き、一方の手で美味そうに新鮮なアイスクリーム頬張る。
「いんや、貰ったものは遠慮なく使わせてもらうのが俺の主義なんだけどよ。どうやらこの紐ただものじゃねえかもしれねえぞ」
そう言いつつ、僕に左手を見せつけた。あと少しのところでコーンから落下しそうになる白い塊。
「あらゆるリソース兼アクセス権とはね」
「ある時は身体や、気候などの様々な情報の、またある時は金銭管理、身分証明の提示。僕らのデバイスが惨めに感じるよ」
口に頬張ったまま彼は眉間に皺を寄せた。どうやら彼も僕と同じくとある疑念を抱いていたらしい。
「そうだな……俺たちが発明者じゃなく、まさか偽造をしかけた犯罪者呼ばわりとはな」
今まで信じていたものを信じられなくなって信じるべきか再び考え直さなければならない時、人はこんな境地に至るのか。『何も信じられない』と。それは当たり前のことであると客観的に観れば当たり前のように信じられるのだけれど、そう簡単に物事が運ばないからヒトは過ちを起こしてしまう。そんな他人の脆弱性を語り切ったって事は進まないのに、僕はまたここに戻ってきてしまう。暗い、開けることのない闇夜に独り取り残される。遠海の向こう側には赤熱の炎に埋まっているようだ。
「おいっ、どこ見てんだよ」
そしてまた世界に引き戻される。どちらが本当の世界なのか僕にはもう識別出来なくなるのではないか、そう思った。
けれど、彼がパートナーで居る限り僕は永遠と迷い込まずに居られるような安心感があったせいなのか、僕はもう取り返しがつかないことになっていた。
「……ここはどこだ?」
彼と別行動して間もなく、僕は知らぬ場所に連れ込まれてしまった。
今僕に降り積もる恐怖はたぶん、そんな感覚なんだろう。
視界を開けると眼前に海洋、下部には栄える市場。海へと続く道はどれも坂なのは判別できるが、肝心の道が見えないほど店の看板やら何やらで埋め尽くされている。
「どこだこりゃあ、俺はこんなとこに来た覚えはないぞ」
僕たちはおそらく高台から見下ろしているのだろう。空高い場所で散歩しているような感覚。
屋敷の一室から打って変わって高層マンションの一室へと変貌する。何の変哲もない壁が窓ガラスに様変わりしているのだ。
『ここがロストシティだよお』
いつの間にか雲と同じ高さにあった僕たちの居場所は街の建造物の高さと並行していた。
『君たちは巨大なエレベーターってやつに乗車したってわけだよっ』
「ここはいわゆる地下空洞ってのか?」
彼、ケリーは思わず僕しかいない部屋で言葉を漏らす。傍から見れば独りごとのように見えるけれど、今のは別の意味なんだと察した。
『そーーうだともっ!どうだい?薄汚く陰湿な世界だと思ったかあい?』
僕を蚊帳の外に彼らは会話を始めた。
「ああ。灯も希望もなく犯罪行為がのさばる街かと予想してたぜ、俺が生きていた故郷みたいなんじゃねえかなってな。だが……」
「人間が想像できることは、人間が必ず実現できるってか。なんともまあ桃源郷じみてんのな。俺は少なくともここまでとは想像できなかったぜ、」
『歓喜、幸喜、良喜っ……なんと喜びに溢れた言葉だねえ。君たちをここに連れてきて良かったよお』
「本当だな、明るすぎるくらいの町並みの風貌だ。どこもかしくも活気があるようだぜ」
『そうだろおう……』
「ああ、反吐が出るくらいにな。偽りの幸福にすがるなんてこと、どっかの誰かが言ってたのを嫌でも思い出してしまうくらいにな」
反響音が聞こえなくなった部屋がたたずむ。どうやら声の主は彼の捨て台詞を咀嚼しているかのようだ。
数秒の沈黙が続いたあと、再び声が聞こえた。
『……君の言い分は理解できるねえ。ヒトが幸せだと感じるのは他人それぞれ個人の主観だからね、ちょうど趣味、趣向がばらばらに分裂しているように』
『しかしだあねえ。議論より行動してみてその考えを定着させて欲しいんだよお。事件は会議室で起こっているんじゃあないんだよ』
僕たちの背後で物音がしたのだがどうやら降りてきた階段が消失したらしく代わりに両扉が備わっていた。
『ほーーらあ、ここから私たちの世界への一歩だよお』
緩やかに開くその大扉に目をやると、一気に新鮮な空気が流れてくる。それは本物の空気ではないはずなのにそう感じる、僕はある意味嗅覚が麻痺していたのかと誤認してしまうほどの再現度だと思った。
「そういやこの紐は一体何に使うつもりなんだっ?」
彼は扉が開く音に負けじと声を荒げたが、声の主はそんな疲れるようなことをするまでもなく冷静にかつ高揚したような口ぶりだった。
『それはねえ……君たちが君たちでいるためだよっ。外部から来た人間なんだってあ・か・し』
「こんな引っ張ったら切れそうなやわな糸がか?」
威勢がいいように、または自慢するように言い放った。
『ふふふん……よーーく見ててえ』
声が途切れた数秒後、僕たちの前に文字や地図が空中に投影された。それは普段僕らが使用するコンテンツの一種だった、いやそれすら低レベルの技術に見えてしまうほど緻密に計算され設計されていた。
『見たことあるでしょう。まあ当たり前だよねええ。だって君たちが私たちの世界の技術を勝手に盗んだんだからねえ。卑怯、卑屈、非行なことだねえ』
僕たちが盗んだ……?
『今君たちに私の声が届いているのだってこの技術のおかげなんだよねええ、直接脳内にシグナル伝達を行っているんだよお』
僕は彼らが一体どんな人物なのかあまり知らない。ただ僕たちと同じ側であるというあまりにも簡単なことしか知らないのだ。だからこそ、僕は必要最低限だと思うことさえも重要すぎる案件だと感じてしまう。
「どういうことだよ!僕が君たちのものを盗んだって?何が何だか分からない……」
『それはいつか分かるよ』
最後に放たれた言葉は、この世界で泣き叫ぶ我が子を慰めるような慈しみのような憐れみを抱いていた。
そして現在に至る。
突然の出来事だったせいなのか、今までの映像が脳内で録画、再生されているようなループ現象に至る。そのうえ一面緑の森だらけの場所の下にここまで活気溢れているとは現実味が無いと言ったらありゃしない。
「ったくよ、辺りを見回してこいって投げ出すのはどうかと思うぜ」
バザーが催されていた通りの最終地点、ターミナルである中央広場で気休めする僕ら。彼が一つ買い物を済ましてからすぐさま僕のもとへ戻ってきた早々出た言葉である。
「とは言いつつ楽しんでいるじゃないか、ケリー。説得力に欠けるよ」
彼はその手にぶら下げていた手提げを僕らが座っているベンチの隅に置き、一方の手で美味そうに新鮮なアイスクリーム頬張る。
「いんや、貰ったものは遠慮なく使わせてもらうのが俺の主義なんだけどよ。どうやらこの紐ただものじゃねえかもしれねえぞ」
そう言いつつ、僕に左手を見せつけた。あと少しのところでコーンから落下しそうになる白い塊。
「あらゆるリソース兼アクセス権とはね」
「ある時は身体や、気候などの様々な情報の、またある時は金銭管理、身分証明の提示。僕らのデバイスが惨めに感じるよ」
口に頬張ったまま彼は眉間に皺を寄せた。どうやら彼も僕と同じくとある疑念を抱いていたらしい。
「そうだな……俺たちが発明者じゃなく、まさか偽造をしかけた犯罪者呼ばわりとはな」
今まで信じていたものを信じられなくなって信じるべきか再び考え直さなければならない時、人はこんな境地に至るのか。『何も信じられない』と。それは当たり前のことであると客観的に観れば当たり前のように信じられるのだけれど、そう簡単に物事が運ばないからヒトは過ちを起こしてしまう。そんな他人の脆弱性を語り切ったって事は進まないのに、僕はまたここに戻ってきてしまう。暗い、開けることのない闇夜に独り取り残される。遠海の向こう側には赤熱の炎に埋まっているようだ。
「おいっ、どこ見てんだよ」
そしてまた世界に引き戻される。どちらが本当の世界なのか僕にはもう識別出来なくなるのではないか、そう思った。
けれど、彼がパートナーで居る限り僕は永遠と迷い込まずに居られるような安心感があったせいなのか、僕はもう取り返しがつかないことになっていた。
「……ここはどこだ?」
彼と別行動して間もなく、僕は知らぬ場所に連れ込まれてしまった。
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