幸福戦争

薪槻暁

3、眼前に広がる至福のひととき

 僕は国内でテログループの調査を続けていた一方、少なくとも他人と過ごしてきた人物の中で最も多い彼ーーケリーは国外で同じ行動をしていた。




「ったくぼおっとどこを見ているのかと思えば考え事をしていただあ。まさか俺が帰国するまでずっとそんな状況だったんじゃないだろうな」


「そんなわけあるかい。君だって予想よりも早帰りじゃないか。作戦が順調に進んでいないんじゃないかい?」


「違うわい。これも作戦の内だ」


「というか言っていなかったな。俺の作戦内容については」












 そういえばとほんの一週間前の会話を思い出す。それはいつもと何ら変わらない日常的な風景。ということはつまり今僕らが話し合っている場所、メインストリートの中心部ちょうどに位置するよくあるカフェテリアのことだった。


「疲れたな、まさか一つの作戦でここまで大規模というか簡単に済む内容じゃなくて驚かされたぜ」




 そう、この日ーー彼と僕とでパーティーを一時的に解散する前夜のこと。僕らは前作戦、すなわち中華人民国潜伏捜査について語り合い、そしていつもの思考結果を互いに出し合う機会の日だった。




「もともと作戦を遂行するメンバーが僕らしかいなかった時からそんな感じは薄々感じたんだけどね」




 僕は含みのある笑みをその顔に浮かばせる。対する彼はというと、




「本当か?緊急脱出の時はあんなおっかないような表情を作っていたっていうのによ」




 苦笑いを返され、僕は戸惑いを作る余裕もないほど焦りに焦っていた。




「ま、まあ。あんなことはそうはないしね。訓練ではやってたけど実演はしたことはなかったからさ」


「まーたそんなこと言ってよ。今度はたかが人ひとりのために身を投げだすときた」


「だから何だって言うのさ?」




 僕は唾を一度飲み込んでから彼の次に発せられる言葉を受け入れる準備を整えた。




「この頃感情的になりすぎじゃないか?」




 作戦途中や遂行後でも何度も考え続けた僕の行い、まさにそれそのものだった。




「いくら他人を救いたいって祈願してもさ、それは当の本人が生きていなかったらその願いは叶いっこないってのはお前が一番分かっているだろう。死んだら元も子もないって話だよ」


「確かにそうだね。感情に身を任せればいつか僕の身が壊れるってことは僕自身が分かっているよ。けど、目の前で命の灯が消える瞬間に何もしないってのはそれもそれで辛いんだよね」




 彼は黙認を試みたようだが、再度僕に問い始めた。




「ああ、お前が誰かを救いたい衝動に駆られるのはよく分かるさ。なんたって俺だってこの仕事を伊達にやってるわけじゃあないからな」


「だがな、やっぱり今のお前にはもう一度言っておかなきゃならない」


「いいか、あまり感情的になりすぎるな。お前の自尊心がそいつに奪われたらそれは、最期だ」




 僕が彼の助言を固唾を飲んで聞き入っていたのはどうやら一瞬のようで、


 時計の針が17:00を経過したことを知らせると同時に僕らの右手デバイスに連絡受信が入った。




「どうやらまた招集らしいぜ。なんだか毎度毎度忙しいこったな」




 データ受信欄をクリックし、掌に視覚的にも傍受されないような保護フィルターをかけながら情報を確認する。


 僕は彼よりも先に作戦リストを読み上げ彼にもその内容を伝える。




「ん?珍しいな僕はウチで調査だってよ。内容は……うん、前会った人たちみたいだね」


 あくまでも僕たちが会話を進めているこの場には周りに民間人がいることを忘れてはならない。だからこそ「ウチ」は僕たちの国、すなわち日本で行う作戦という意味で「前会った人たち」というのはその名の通り僕たちしか知り得ない人々の存在、「テンプル騎士団」を指す。




「あ?俺は場所も内容も全くと言っていいほどお前と違うぞ」




 僕と彼の作戦に差異が生まれることはそうはなかった。これは偶然の出来事ではなく長年共に過ごすパートナーは戦力や作戦速度の面から観ても段違いに異なるというとある学者による一説のためだった。


 だからこそ、彼と作戦はおろか場所までもが異なっていたのは驚くべきというよりも何かの間違いなどではないかと不思議に感じた。




「本当だ、僕はウチだけど君はソトみたいだね。ん?でも作戦の内容には違いはないんじゃないか?」


「手段が違えば作戦内容もおのずと変化するのは当たり前だろう」




 僕はひとつ安心感を覚えながらも咄嗟に冷静になることを思いだし、ある疑問を浮かばせた。




「なぜこの場所なんだ?」




 彼が調査と称して訪れた地、それは自然が永久に居座るアフリカ大陸だった。














「んで、なんでこんなに早く帰ってこれたの?」




 店長が勧める至高の傑作品とも呼ばれるローストコーヒーがテーブルに届いた時、僕はまた彼に作戦の現状を問い詰めていた。




「だから言わなかったか?俺は場所はアフリカで期間は一日足らずして帰ってくるってよ」


「どういうことだい?」




 何もせずただ時間だけを過ごしていたのかと予想立ててしまった僕は軽い苛立ちを覚えたのだが、それもすぐに収まった。




「だから、作戦内容は「調査」だろ?わざわざ現地に降り立って荒らしたりしないんだよ」


「俺は上空のコックピットの窓から地上の様子を覗いただけなのさ。けどそれだけじゃないぞ、帰ってきてからも情報収集を続けた」




 そこまで早く帰国するのならなぜ伝えてくれないのかと少しばかり恨みがましいような気持に駆られたが、今となってはどうでもいいことだった。


 なにせ、




「ってことで、再びパーティー結成ってことだ。よろしくな相棒!」




 彼は変わらない無邪気なのかよく分からない笑顔で声を挙げる。対する僕はというと注文したローストコーヒーを口に含んでただ頷くのみ。




 なんだか、今まで苦悩していたのが一気に吹っ飛んだ気がした。




 心の蟠りが居座り続けていることを知らずに……

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