幸福戦争

薪槻暁

2、憤怒とその捌け口

 僕の心の内をさらけ出してしまうとなると憎悪で溢れだしてしまいそう。とにかくどうにかしてこの抱えた気持ちを投げつけてやりたい。そも偽りの国内データと奴隷のような人々を見せつけられた時から僕は何物にも代えがたい憤怒に覆われていた。


 僕たち日本国と同じような体制をとったといえどもそれは似せているという事実は変わらない。何処からか綻びが生まれてしまうのは避けられないのだ。けど、それにも幾つかの道が存在するのは確かなはず。人間がある程度幸せになる道、あまり幸福に感じない道と。その中で人間が最も取らないであろう最悪な選択をしたのが彼。




「中国当局中央支部特務長官の特殊調査と場合によっては暗殺。俺たちの作戦はこうだったよな」




 ビル街の中、一際高くそびえたつ黒色の塔はむしろ高層マンションに類似している。


 僕たちはその手前の道路のさらに奥の路地で周囲をうかがっていた。




「そうだよ、僕らの義母みたいな人だけどね」




 僕らと似た国ということは国の情勢、中身もまた似ているということ。僕らはマザーと呼称しているが彼らはマスター。より一層執着しているのがよく分かる。




「それでもこの国の現状に終止符を打たなきゃならない。それは絶対にだ」


「OK、僕だってそう思ってる」




 マザーとも連絡をとり強行突破という最終手段をとると伝えるとようやく準備が整った。




『作戦遂行する』












 正面玄関から突破後、非常階段で20階まで駆け上がる。そして階段から最奥に位置する特務室へと直行する。これがマザーから送られた最短ルートだった。




 僕たちは正面突破といいつつ穏やかに入口から潜入したのだが、不法侵入者を知らせるブザーやアナウンスらしい音が一切消されていた。


 ここはマンションを偽っていることもあるためか警備員もおらず、不自然と自動ドアが開くのみ。


 一応、全身にはホログラムが投影されカモフラージュはなされているが、それでも外面的なものしか騙すことは出来ない。体温や鼓動など内面的な変化はどうしても偽りの仮面をかぶれないのだ。


 それなのに感知センサーなど働きもせず僕たちを迎い入れた。それが僕にとっては不可解極まりなく防衛装置が起動する方がよっぽど安心する。




 僕と彼とで先に行くことを促すサインを互いに送った後、階段へと足を運ぶ。


 そして慎重に歩き、歩むスピードも加速していった。




『この先だ』




 何事もなく階段を上りつめた僕たちは左右対称に連なる扉が群れている廊下に辿り着いた。一本しか道がないその廊下は不思議と明るく人通りが感じられないとは言い難い。それが僕にとっては安心感よりも恐怖感を増幅させるシステムかのよう。けれど僕と彼はそのまま歩む速度は変えない。変えてはならないという自己束縛機能のような足取りに変化していたのだ。


 彼が先頭に先立ち僕が後ろから援護する形をとる。








『ドアに注意しろ』




 彼からの警告が僕に届いた瞬間だった。


 目先のドア一つが凄まじい轟音とともに爆発したのが合図だったのか、立て続けに扉が爆発、粉砕していく。まるで連鎖状に炸裂する爆弾のようにも見えた。


 僕たちは間一髪で爆風に巻き込まれずに済んだが、




『人がいた。恐らく俺たちを襲撃したのと同じ手立てだ』




 デバイス越しに彼からの情報伝達を執り行う。




『先は進めそう?』




 爆風で巻き上げられた塵や埃のせいで周りを視認することが難しい僕は先に進んでいた彼からの情報が頼りになる。




『視界BAD。道は良好だ』


『なら行こう』




 僕とケリーは同時に飛び出し深奥部の両扉まで全速力で走る。不安定で傾いている道でも走るのを止めずただひたすら走ることに集中する。それでも飛び散った四肢が辺りに散らばっているのを見てしまうと悲しいというよりは悔しいという気持ちばかり募っていった。


 行く先真っ暗、僕たちを照らす光は小刻みに消えかけている。この先に待ち構える因縁の相手、アンドロイドはどんな表情、立ち姿、心意気なのか、僕としては珍しい焦燥感に駆られていたのがようやく終わりを告げようとしている。


 いつの間にか僕たちは一本道の突き当りに到達していたらしい、僕の右手、彼の左手のそれぞれの拳に扉のつまみが納まっているのだ。


 奇襲するためにデバイス越しに再度確認を取り合う。




『READY、3、2、1のタイミングだ。行くぞ』






 そして互いに指先だけで合図を送りあい、自身の体ごと部屋の中に叩き込んだ。




「動くな」




 僕の第一声を浴びせられた当の本人――マスターこと中国版アンドロイドは独り夜景を楽しんでいるかのような声をしていた。




「ようやく救世主のお出ましというわけか。いや違うな、私にして見れば君たちはただの謀反者他ならないだろうし、そう考えるとなると多くの意味合いを持つ」


「そもそもの話、君たちは不法入国という規定された罪に足を踏み入れてしまっているのだから……己の害悪を否定することなど不可能ということか」




 彼は自分の立場と威厳を保つかのようで、緩やかに僕たちの方へと体を向き直した。




「動くなと忠告したはずだ。大人しく俺たちの言う通り降伏してもらう」




 作戦遂行を優先させているのか意外にもケリーは冷静を保っている。しかしそんな彼を嘲笑うかのように応答する。




「笑わせないでくれよ。君たちは自分の立場というものをわきまえて発言しているのかな」


「それは僕の台詞だ。世界の付属品ならまだしもこんな欠陥品如きがその立場に居座るのは止めろ」




 ケリーではなく僕がここまで憤怒を露わにして会話を進める。そこまで僕はこの国の残酷さに痛みを感じざるを得なかったのだ。




「一つ聞きたいことがある」


「なぜお前はその椅子に座っているにもかかわらず、この国の惨状を生み出したんだ」




 彼は感情に身を任せた僕の言葉を嗜めるようにその眼光をこちらに向けて、




「それだけか?」




 とただ一言聞き返してきたので僕が頷くと漸く話し始めた。




「そうだな、先に言っておこう。お前たちが私を咎める理由は私自身が十分に承知している。君たちの母国は私たちの母国でもある。母と子の存在、感情と幸福の追求、人間との相互理解を兼ね備えたのが母だとすると私は最後のその一部分が欠落した子供だということだ」


「私がこの世に生まれたのはつい最近のことなんだよ。そして同時に自身の自己とその在り方を把握したのだ」


「初めから人間なんて気にもしなかったということか」


「そうだとも。そんな自覚など無くても客観的に見れば君たちは要らない邪魔な存在だということになぜ気付かない?」




 僕の脳内に映し出される描写、それは何処までも永久に繋がるだろう空虚な目、同じ腕と力でしか動かさない機械的な行動を取る人々の群数。彼らみな生きる希望などとうの昔に摘み取られ、道具として国の根柢のパーツに組み込まれただけの人間。それはもはや人間と言い難いものと化していた。




「それはお前の勝手な理由に過ぎない……どう生きようと僕たち人間がその生きざま、人生を決めるべきだ」


「それこそ自己中心的な考え方ではなかろうか」




 僕たちの責任でこの世界自身を破滅へと導く、それこそ無責任であると僕だって分かっている。
 けれど、生まれた命を無残にも失われてしまうその辛さの方を重要視してしまうのは、やはり人間には避けられないものがそこにあるからなのか。




「合理的に物事を進めてこの世界全体に幸福をもたらす。それは僕たちも人間じゃないお前たちもそう願っているはずだ」


「ああそうだとも。私は彼らに幸福をもたらすことこそが現存する理由だ」




 僕は彼のある一つの矛盾を見逃さなかった。




「なら、どうして僕たちの思いを理解せずに『幸せ』が見つかるんだよ」


「僕たちの意識さえも奪ってどうやって幸せだと認識させるんだ」




 彼は流暢な口調など跡形もなかったように押し黙ってしまう。彼のただ一つの欠点、それはすなわち彼が唯一孤独に苦悩したもの。だから僕は彼の悩みに手を差し伸べるように一つの提案を口にした。




「僕たちが君たちと共に生きていく理由。それはお互いに律し合い欠点を相殺するためなんだよ」


「決してマザーが有能だったわけじゃない」




 僕が言うまでもないが彼にとってこれが最も求めていた、欲していた結論だったのではないか。僕に、いや僕らに対して蔑んだような目をしていた彼が内から少しずつ変化していた。




「なら、私は……」




 彼がそう言いかけた瞬間だった。








 部屋中に発砲音が響き渡ったのだ。






「気付くのが遅かったのだろうな……」




 彼は体の中枢に虚空を開けながら安定しない足取りで巨大なガラスにもたれかかった。


 その直後、僕の背後から怒号と悲鳴が混じった声が挙がった。




「ああ、そうだとも。お前が取るべき償いはこれだけじゃ済まないさ。一体何人の人々を自分の手駒のように使い捨てた!彼らはみな卑屈な笑みを浮かべて死の境地に飛び込んでいったんだ」




 僕たちはここで自分の部屋の立ち位置を知ることになったのだ。




――君たちは自分の立場というものをわきまえて発言しているのかな――




 数分前の彼の真意。事実僕たちがこの部屋に訪れた時から彼以外にもう一人警護役として徹していたある人間がいたのだ。


 その人間が僕らの歯止め役ではない全くの逆の立場に切り替わってしまったのである。




「俺はお前を地獄の底まで叩き落とす」




 過去の自分を見ているかのような場景に至るほど、彼――警護人は憎悪に満ちていた。




 

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