〈感情高度文明都市〉Dear:*** from massnomadic
34.I can know you and her...
「私の記憶を覗いた感想はどうだ。愚かか?阿呆か?それとも滑稽か?」
印刷機に紙が取り込まれ刷り込まれるように、僕の脳内に男の記憶が刻まれた。彼が、鈴波海人のこれまで生きてきた人生。
「関係のある人物から回収する………ってまさかそれはエモーショナーのことなのか?」
「ああそうさ。まず私は没入型ディスプレイを開発したんだ、しかも意識をそのままスキャンさせることが出来るものを」
「そしてデジタル空間中の移動を可能にさせたのだ」
「それがこの世界、つまりホログラムワールドってことなのか………?」
彼は「ああ」と再度頷く。真っ白な肌の女性を目の前にして僕の方へ視線を向けてきた。
「妻の記憶を取り戻すため、関係のある人物たちに残る記憶、印象などを1つに結集させる。そのためには感情と記憶を区別する必要があったのだ」
「感情……ということは、エモーショナーはそこで分けられた感情を入れ込まれたホログラムヒューマンということなのか?」
「正しい、その通りさ」
「だけど、どうして分ける必要なんてあったんだ?すべてのデータを1つにまとめるのがお前の目的だったじゃないか」
「カウントするためだ。例えを挙げよう。Aという人物が妻に対して優しいという感情を70%抱いているとして、Bという人物は20%、それぞれAの中の記憶、Bの中と区別を付けなければ誰がどんな印象を得たのか識別できなくなってしまうだろう?」
「私も思ったさ、わざわざ記憶と感情を分けなくても結果は得られるのではないかと。だが、全部無駄だった、優しさの、憎しみの、と一面が強く出ている各々の人物が何度もカウントされ、100%を超えてしまったんだ」
要するに彼は意識、記憶不明の妻を元の状態に戻すべく、この世界を作り出した、というわけか。
しかし、ならばニクシミだけでなくミユや一般人の脳内に埋め込まれたMBTは何のために利用してきたのだろうか。ホログラムワールド、かつ彼がこの世界の創造主であるならばホログラムである彼らの脳内を覗くなんて朝飯前のはずだ。
「エモーショナーがどうして生まれたのかは分かった。けど、どうしてMBTを生み出したんだ?記憶を、感情を他人と共有させて何がしたいんだ?」
彼は不敵な笑みを漏らした。自虐的な意味を兼ね備えて。
「まさかっ、この世界の住民に対して娯楽を提供したとでも思っているのか?」
「あるわけないだろう。私はただ研究をしていただけだ。妻の病を治すために、脳内で行われる電気信号の授受を調べるために」
僕は唖然としていた。彼の依然として変わらないエゴの塊のような姿に呆気を取られていたのだ。
「脳の詳細を調査するには中身を知っていなくてはならない。しかし、現実ではそれが叶わなかった。何せわざわざ脳の中に手を触れこもうなど人智を逸した行為だったのだからな」
人智を逸した行為。現実世界でなければ、デジタルの世界であればそれをしてもいいということなのだろうか。否、そんなわけはないはずだ。
「けれど、この世界で生きている人たちには気持ちがあるはず。何がしたいとか、したくないとか、少なくとも自分で生きて行こうとする力がある。それを無下にするって言うのか!!関係のある人物、それは身内だって入るんだろ!!」
「お前に私の何が分かる‼‼‼‼」
「エモーショナーと対話する時、私はお前の中の記憶を垣間見た。しかしなんだ、息子も娘もいない、頼れる友人も周囲にはおらず、挙句の果てには嫁からも逃げられた。初めから独りのお前に大切な人が非情にも世界から奪われるこの苦しみをどうして解せる!?」
「分かるよ。頼れる人がいなくて、一人孤独に取り残されて……だからこそ僕は理解出来る。君の家族のことを」
「な………んだ……と、私ではなく私の家族だと?」
想像していたことと違ったためか、彼は落ち着きを失っていた。視線を僕から彼の妻に向けると同時に僕は答えた。
「奥さんの意識を失ってしまった悲しみは僕には分からない。僕は妻自身から逃げ出されてしまったからね」
どうしていきなり離婚まで発展してしまったのか今思っても身に覚えがない。けれど知らず知らずにその原因を作ってしまったのだろう。
「だけど、君の子供たちのことは分かる。だって僕は孤独だったから、頼れる人がいなかったから。だからこそ、倒れた母親を、母親にやけになっている父親を持つ、子供たちの気持ちが分かるんだよ。誰にも悩みを打ち明けられないんだから」
「そ、そんなはずは……」
その時だった。まさに彼が僕の言葉によって崩れかかろうとした時、僕の背後から声が発せられた。それはもう身に染みるほどの親近感を抱かせ、まるで子が親の間違いを指摘するように。
「パパ…………」
あどけなさを頬に残したミユは口にしたのだ。
それは、今まで隠されていた記憶全てを思い出したかのような声だった。
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