〈感情高度文明都市〉Dear:*** from massnomadic
25.emotional center and lost girl
***B
「そういえば今日の髪型はツインテールじゃないんだね」
「いきなり何を言い出すのかと思えば私の髪の話とは…………拍子抜けね。そんなの動きやすい格好にするために決まってるじゃない」
ベンチがあったところ、薔薇の園から北上して今はひまわり畑を抜けている最中。
僕は普通の黒のポロシャツに、デニムズボン。ミユは僕らが出会った頃と同じ服装、真っ白な純白のドレスを身に着けていた。けれど、前と違うところが一つある。それはミユの髪型がツインテールからポニーテールに変わっている点だ。二本が一本になっただけとはいえ、印象が全然違う。
「確かに、その髪型だとスポーツとかやりやすそうだけど………なら何で服装は変えなかったのかな?」
動きやすい格好だからって、服装がドレスじゃ、支離滅裂ではないだろうか。
「そんな小さなこと考えなくてもいいでしょう!!嫌われるわよ、そういう人」
「もう嫌われてるけどね」
「それもそうね。見損なってたけど今の返しは見直したわ」
「うれしくないよ、そんなとこを評価されても……」
会話を続けながら歩いているとようやくひまわり畑が抜けたようだった。1km先に巨大な塔が上空に向けてそびえている。この都市部には異端とも思える光景だった。
「あそこにレンさんを操作するドクターって人がいるんだね。そしてMBTを作った開発者も」
ミユは無言のまま頷いた。
「複雑、なのよね。私としてもMBTを使っている住民の一人だからさ。それが当たり前だと思って使ってきたから、一概に悪い、って言っても、それは自分勝手じゃないのかなって」
きっとそれは仕方のないことなんだと思う。僕だって生まれた頃には自動車や自転車がわんさか存在していた。利用するのが当たり前だと思っていたし、それが無い時代なんて考えられなかった。
「平気だよ。僕だって君の立場だったらそう思ってる。だから背負わないで、君一人の問題ではないんだから」
だから言えた。今まで僕なんかが言える立場ではないと感じていたけれどこの時ばかりは自信があった。
「何かあったら………助けなさいよ」
「はいはい。言われなくてもそうするよ。これでも君の兄なんだから」
「は?急に兄貴面すんなし。キモ」
と、また罵倒されてしまったのだけれど、目的地はすぐそこに迫っている。この世界に来た意味。それがまだどんなものなのか分からないけれど、きっと明るみになるのだろう。
日が傾いているのを目端で確認した後、僕はミユと共に花畑を抜けたのだった。
***
花畑が抜けてから塔、感情思念センターまで長くかからなかった。近くから見てみると東京タワーなんか比にならないほど高く、真っ白で不気味だった。地面から空を目指して伸びている塔は先に行くにつれて細くなっていて、先端付近で膨らみがある。おそらく展望台のようなものだろう。
花畑と塔の間には物陰一つすら存在しない荒野だったので、僕らは堂々と道の真ん中を歩いてきた。
「静かだね」
ミユの言う通りだった。出入口はただ一つ塔を登るための正面玄関しかなくて、石積みで出来た門も開きっぱなし。門番は近くにいないし、監視カメラも見当たらない。
用心しながら門を抜けると再び全面ガラス張りのエントランスが僕を迎えた。これは全自動らしく僕が目の前に立つと左右に勝手に開いた。
一見、会社のような内装で受付嬢が座りそうな二席ほどの椅子が中央にあった。そしてその右隣に自動改札機のような入口。おそらく職員はそこから入って行くのだろう。
だが、不気味なほど人気が無かった。もちろん、受付嬢はいないし、出入りする職員だって一人もいない。話し声はおろか、気配がまったくしなかったのだ。
「ねえ。ミユ………」
その時だった。僕が背後を振り返ろうと、後をついてきているミユの姿を確認しようとしたとき。
「な…………」
誰も居なかった。僕だけを残して。人気が無いと思ったのは職員だけじゃない、僕が知っている存在も含めてのことだったのだ。
ガラス張りの自動ドアを左から右へと隅々まで確認するが、どこにもその姿はない。ならば、と再び受付嬢のあたりを、改札口付近も見てみるが、やはり誰も居ない。
いや待てよ。ミユの姿が見えなくなったのは今だ。ここに入ってくるまでの間、門をくぐった時、ミユの姿はあっただろうか。
「まさかドアの向こうにいるってことなのか?」
急ぎ足で外へ出ようとする。だが、そんな僕の焦りを感じ取ったのか、それとも楽しんでいるのか、どちらか分からないけれど。
『外にもいないヨ』
何ともゲーム感覚のような声がエントランス内を反芻させた。
どこからともなく聞こえてくる声、アナウンス機能でも使っているのだろう。
「ミユをどこにやった」
僕は問いかける。
だが、声主はまるで知っている秘密をはぐらかすかのような声で答えた。ククッ、という不気味な嗤いを交えて。
『ククッ。そんな焦らなくても。あの子なら私のすぐそばにいるよ』
「お前がドクターなのか?」
『お。私のことを知っている身なのかね。ならニクシミ君と何か関係があるとみて間違いないか』
声だけしか耳に届いていないが、どんな顔をしているのかは分からなくもなかった。
「笑っているのか?」
『どうしてそう思うかね、そう言える根拠があるのなら教えて欲しい』
「質問を質問で返すな。俺はお前に聞いてるんだ」
『ニクシミ君に引き続いて私が関わるのはどうしてまたこうも強気なんだろうねえ。でもまあいいヨ』
『笑っているとも』
僕の両手に力が入る。血が出るほどじゃないけれど、傷がついてしまうほどに。痛みを忘れていたのだと思う。ミユを拐われた怒りのせいで。
「お前はどこにいる?」
『中央部感情思念体管理室。まぁ私の執務室みたいなところだね』
燃え上がるような熱を暴発させないように留め、先を見据えなくてはならない。ここで暴れてしまえば元も子もない話だ。
ぐっと、視線を天井に向けて、僕は改札口を突破した。
***
まさかこの塔に来るとは。
自分が管理しているエモーショナーと悪縁で繋がっているかのような運命だ。腹立たしいほどに実験の計画に支障がきたされている。いくら憎しみの成分を強めたとはいえ、身内までにその影響が出てしまうとはな。
そしてこの少女だ。姿があのエモーショナーと瓜二つ。ニクシミがこの少女と関わっていたのはそれが理由なのか。だとしたらとんだ酔狂話ではないか。まったく、頭が狂ってしまうほどの笑いが込み上げてくる。
「ククッ。だが、オモシロイという別のベクトルを発現させた検体だ。もしかすると利用価値があるだろうな」
今は麻酔薬を打って眠りについている。だが、ベッドから転げ落とすなどの衝撃を与えれば簡単に起き上がってしまうほどの効力だ。
「おっと、そろそろ侵入者のお出ましかな。どんな体験話をしてくれるか、楽しみだ」
エモーショナーと何を話したのか知らなければ。無我に近かったニクシミに自意識を、感情を芽生えさせた理由、動機、およびその過程だ。
「そして…………逸れてしまった計画は私自身がこの手で修正する」
椅子の背もたれに重心を移しつつ、目下のモニターを覗いているのだった。
「そういえば今日の髪型はツインテールじゃないんだね」
「いきなり何を言い出すのかと思えば私の髪の話とは…………拍子抜けね。そんなの動きやすい格好にするために決まってるじゃない」
ベンチがあったところ、薔薇の園から北上して今はひまわり畑を抜けている最中。
僕は普通の黒のポロシャツに、デニムズボン。ミユは僕らが出会った頃と同じ服装、真っ白な純白のドレスを身に着けていた。けれど、前と違うところが一つある。それはミユの髪型がツインテールからポニーテールに変わっている点だ。二本が一本になっただけとはいえ、印象が全然違う。
「確かに、その髪型だとスポーツとかやりやすそうだけど………なら何で服装は変えなかったのかな?」
動きやすい格好だからって、服装がドレスじゃ、支離滅裂ではないだろうか。
「そんな小さなこと考えなくてもいいでしょう!!嫌われるわよ、そういう人」
「もう嫌われてるけどね」
「それもそうね。見損なってたけど今の返しは見直したわ」
「うれしくないよ、そんなとこを評価されても……」
会話を続けながら歩いているとようやくひまわり畑が抜けたようだった。1km先に巨大な塔が上空に向けてそびえている。この都市部には異端とも思える光景だった。
「あそこにレンさんを操作するドクターって人がいるんだね。そしてMBTを作った開発者も」
ミユは無言のまま頷いた。
「複雑、なのよね。私としてもMBTを使っている住民の一人だからさ。それが当たり前だと思って使ってきたから、一概に悪い、って言っても、それは自分勝手じゃないのかなって」
きっとそれは仕方のないことなんだと思う。僕だって生まれた頃には自動車や自転車がわんさか存在していた。利用するのが当たり前だと思っていたし、それが無い時代なんて考えられなかった。
「平気だよ。僕だって君の立場だったらそう思ってる。だから背負わないで、君一人の問題ではないんだから」
だから言えた。今まで僕なんかが言える立場ではないと感じていたけれどこの時ばかりは自信があった。
「何かあったら………助けなさいよ」
「はいはい。言われなくてもそうするよ。これでも君の兄なんだから」
「は?急に兄貴面すんなし。キモ」
と、また罵倒されてしまったのだけれど、目的地はすぐそこに迫っている。この世界に来た意味。それがまだどんなものなのか分からないけれど、きっと明るみになるのだろう。
日が傾いているのを目端で確認した後、僕はミユと共に花畑を抜けたのだった。
***
花畑が抜けてから塔、感情思念センターまで長くかからなかった。近くから見てみると東京タワーなんか比にならないほど高く、真っ白で不気味だった。地面から空を目指して伸びている塔は先に行くにつれて細くなっていて、先端付近で膨らみがある。おそらく展望台のようなものだろう。
花畑と塔の間には物陰一つすら存在しない荒野だったので、僕らは堂々と道の真ん中を歩いてきた。
「静かだね」
ミユの言う通りだった。出入口はただ一つ塔を登るための正面玄関しかなくて、石積みで出来た門も開きっぱなし。門番は近くにいないし、監視カメラも見当たらない。
用心しながら門を抜けると再び全面ガラス張りのエントランスが僕を迎えた。これは全自動らしく僕が目の前に立つと左右に勝手に開いた。
一見、会社のような内装で受付嬢が座りそうな二席ほどの椅子が中央にあった。そしてその右隣に自動改札機のような入口。おそらく職員はそこから入って行くのだろう。
だが、不気味なほど人気が無かった。もちろん、受付嬢はいないし、出入りする職員だって一人もいない。話し声はおろか、気配がまったくしなかったのだ。
「ねえ。ミユ………」
その時だった。僕が背後を振り返ろうと、後をついてきているミユの姿を確認しようとしたとき。
「な…………」
誰も居なかった。僕だけを残して。人気が無いと思ったのは職員だけじゃない、僕が知っている存在も含めてのことだったのだ。
ガラス張りの自動ドアを左から右へと隅々まで確認するが、どこにもその姿はない。ならば、と再び受付嬢のあたりを、改札口付近も見てみるが、やはり誰も居ない。
いや待てよ。ミユの姿が見えなくなったのは今だ。ここに入ってくるまでの間、門をくぐった時、ミユの姿はあっただろうか。
「まさかドアの向こうにいるってことなのか?」
急ぎ足で外へ出ようとする。だが、そんな僕の焦りを感じ取ったのか、それとも楽しんでいるのか、どちらか分からないけれど。
『外にもいないヨ』
何ともゲーム感覚のような声がエントランス内を反芻させた。
どこからともなく聞こえてくる声、アナウンス機能でも使っているのだろう。
「ミユをどこにやった」
僕は問いかける。
だが、声主はまるで知っている秘密をはぐらかすかのような声で答えた。ククッ、という不気味な嗤いを交えて。
『ククッ。そんな焦らなくても。あの子なら私のすぐそばにいるよ』
「お前がドクターなのか?」
『お。私のことを知っている身なのかね。ならニクシミ君と何か関係があるとみて間違いないか』
声だけしか耳に届いていないが、どんな顔をしているのかは分からなくもなかった。
「笑っているのか?」
『どうしてそう思うかね、そう言える根拠があるのなら教えて欲しい』
「質問を質問で返すな。俺はお前に聞いてるんだ」
『ニクシミ君に引き続いて私が関わるのはどうしてまたこうも強気なんだろうねえ。でもまあいいヨ』
『笑っているとも』
僕の両手に力が入る。血が出るほどじゃないけれど、傷がついてしまうほどに。痛みを忘れていたのだと思う。ミユを拐われた怒りのせいで。
「お前はどこにいる?」
『中央部感情思念体管理室。まぁ私の執務室みたいなところだね』
燃え上がるような熱を暴発させないように留め、先を見据えなくてはならない。ここで暴れてしまえば元も子もない話だ。
ぐっと、視線を天井に向けて、僕は改札口を突破した。
***
まさかこの塔に来るとは。
自分が管理しているエモーショナーと悪縁で繋がっているかのような運命だ。腹立たしいほどに実験の計画に支障がきたされている。いくら憎しみの成分を強めたとはいえ、身内までにその影響が出てしまうとはな。
そしてこの少女だ。姿があのエモーショナーと瓜二つ。ニクシミがこの少女と関わっていたのはそれが理由なのか。だとしたらとんだ酔狂話ではないか。まったく、頭が狂ってしまうほどの笑いが込み上げてくる。
「ククッ。だが、オモシロイという別のベクトルを発現させた検体だ。もしかすると利用価値があるだろうな」
今は麻酔薬を打って眠りについている。だが、ベッドから転げ落とすなどの衝撃を与えれば簡単に起き上がってしまうほどの効力だ。
「おっと、そろそろ侵入者のお出ましかな。どんな体験話をしてくれるか、楽しみだ」
エモーショナーと何を話したのか知らなければ。無我に近かったニクシミに自意識を、感情を芽生えさせた理由、動機、およびその過程だ。
「そして…………逸れてしまった計画は私自身がこの手で修正する」
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