俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。

薪槻暁

129.身勝手な恋文句 Game5

 ***


「なぜだ」・「なぜかしら」


 タイミングよく声が重なった。合唱でもしていれば上手くハモっていただろうが、今ここではそんなスキル必要ない。


 文芸部室にて「恋愛とは何たるか」を学ぶべくタブレットのゲームアプリ(ノベルゲーム)をプレイしている最中の俺、水無月、神無月。恋の七日間と呼ばれるそのノベルゲームはタイトルから察せられる通りに七日間で恋が発展するという意味なんだろう。だが、どうにも都合が良すぎる。




「どうして走って腕を引っ張った挙句の果てに正面衝突したんだ?そしてなんだ、態勢を崩して運悪くキスしてしまったって、無理ないか?この話」


「しかも忘れ物を届けるために追いかけたというのに、肝心の渡した描写がないわよ」




 俺と水無月による異論の猛攻。さて神無月はどうなのか。




「んーーなんか」




 もじもじと言おうか言うまいか迷っている様子を見せる神無月。言いづらいこととはまさか……




「この三日月さんって人……みなに似てない?」




 やはりだ。触れてはならない沼地に踏み入れようとしている。それはムードブレイカーである神無月であったとしてもダメだ。
 



「え……それは具体的にどの部分のことを言っているのかしら?」




 掘ったよ、この人。まさか自分から墓穴を掘るとか無知にも度が過ぎてるよ。純粋さにも程があるよ。




「だって黒くて長い髪だし何より三日月って名前だし。三日月、水無月、なんか似てるような感じしない?」


「ふぇっ」


「ん、今何か言った?」


「い……いえ何も言ってないわ言ってない。んっ、コホン」




 ちょっと待って。今確かに「ふえっ」って「ふえーー」って言ったよね。初めてそんな腑抜けた声を聞いたよ。今まで厳格さの塊のような鬼編集者だと思ってきたけど、それはずるいって。そして咳払いして何事もなかったかのようなたたずまいやめてくれないか。




「と、とりあえずその話だとすると、あなたも同じようなものじゃない?神無月、似てなくもないでしょう?」


「たしかに!?そう言われるとそうだったね。てへっ」




 自分の頭をコツンと叩く神無月。うまい具合に話を纏められていると気づいていないのだろうか。




「まあ……それはいい。本筋は恋愛とはどんなものか知ることだろ?」


「私はこの方法からして無理だと思うけれど」


「今までプレイしてきたのを無意味にしたよこの人」


「んーーまだわかんないんじゃないかな。だってまだこの物語に出てきた二人が恋愛に発展してないしさ」




 そういえばそうだ。パンをくわえながら曲がり角で美少女とぶつかっても、それで終わらない。後に高校とか喫茶店だとか別の場所で再会してから恋愛に発展するはずだ。




「つまり、これを続けろと?」




 俺はタブレットを指差す。すると神無月はヘビメタでも聴いているかのように首を縦に振った。水無月を次に窺うと「そうね、まだ結論を出すのは早いわ」とポーズメニューだったゲーム画面に視線を移した。


 というわけで高校生活第三日目。おそらく起承転結の起が終わる頃だろうと思いつつ、プレイを続行した。
 



 ***


 僕の高校生活第二日目は破天荒なハプニングが起こって幕を下ろしたのだった。昨日といい今日といい、悪いのは自分自身なんだろうけど運勢は恐らく凶の連続だろうと、自分の悲運さに嫌気が差す。


 高校生活始まってすぐに付き合うカップルとかどうかと思うけれど、付き合うどうこう以前に超えてはならないラインを越えてしまったのはすさまじくやばい。


 嫌気が差す、なんて言って普通の男子高校生と価値観が違うんじゃないかと思われるかもしれない。男はああいった破天荒で、ハプニング的な展開を好む生き物だなんて言われるから猶更だ。


 だけど、僕にとっては単純に面倒だった。何もかも。




 第三日目。僕は相変わらずの起床、登校を終え、席に着いた。隣はやはり空のまま。


 普段なら席に着いたあと、ルーティーンとなったはずの挨拶があるはず。だが、それが今日に限ってなかった。どうせ、僕が恋をしているからなんて不純な動機の所為だろうけど。


 忘れた頃に「吾とオタク話でもしようではないか!!まずは俺tueeというジャンルについてだな………」とか何とか喋りかけてくるに違いない。


 チャイムが鳴り、これから朝のHRが始まるべく、担任が教室に入ってきた。


 その時だった。教室後方、僕の真横に位置するドアが一気に開け放たれる音。


 昨日、問題を起こした三日月、その本人だった。


「何見てんのよ」


 朝登校してきて早々出た挨拶がそれだった。いや、失敬挨拶じゃない、ガンを飛ばされた。


「逆にギリギリに登校。また、わき目もふらず教室に堂々と入ってきた人を見ない方がおかしいと思うが」


「棘があるよう言い方ね。少しは他人と会話するスキルでも身に着けたらどうかしら?」


「お相子だな」


 僕は三日月を、三日月は僕を、互いににらみ合う。何が起こったのか事実を知らない担任は、呆れるような声を洩らした。


「はいはい!!喧嘩は止めような、まだ高校生活始まって三日目だぞ?何があったのか俺は知らないが、仲良くした方が身のためだぞーー」


 今にも戦争の火種が切ろうとしていたころだったけれど、一度頭を冷やすことにしたのだった。


 それから、昼休みまで何も起こることは無かった。逆に言えばつまりは昼休みに何かが起きたといっているようなもので、昼休み、とある事件が起きたのだった。


 昼食を済ませればいい話だったのにどうしてこんな厄介なことになってしまったのか。タイムバックとしよう。


 ー昼時ー


「何が起きたというのだ?あれだけ仲睦まじかったキミたちが朝の一件から一言も話さないなど」


 予想通りだ。僕や三日月のこととなると打って変わる。何度も質問を投げかけてくるこの感じ、記者を目の前にして会見を開いているようだ。


「何にもないよ。ただの意見の相違ってだけ」


「はあ、なるほど。ギャルゲーで喩えるのならヒロインと仲良くなるための第一ステップというところだな!!くうう……吾は悲しいのに、嬉しくて涙が………出ない」


 袖で涙を拭う素振りを見せるブロッコリー頭の……(そういえば名前をまだ聞いていない)。


「いつもの調子に戻ってきたね………」


 周囲の目線が変わろうとしている、この二人は脈ありではないのだと薄々勘付いてくれたのだろうか。そうであったのならば嬉しい。隣の席は変わらず空白のまま。今朝のHRの件があってから一度も教室に姿を現していない。清清する。


 だが僕の澄み渡るような青空を覆うように、嫌がらせという名の雲が舞い降りてきた。


「おい、あれってあの陰キャが付き合ってるって噂の」


「そうそう。たしか入学式から休んだって人」


 三日月である。教室の後方、朝のHRと同じようなモーションで開け放たれた。


 数人で輪を作るように会話を楽しんでいる女子たち、群がるように座っている男子たち。その中を強引に掻き分けてーーというより後者は倒しながらこっちに向かってきた。


「何の用?」


 僕の席の隣に淡々と座る女生徒、三日月。無言のまま、ちっとも視線を合わせようとしない。


「戻る理由がないくせに来るなんて君らしくないね」


 皮肉で対応した。気が立っていたためか、いつもよりも突き放すような声音だった気がする。


 すると、三日月は咄嗟の判断というより、口にするのを躊躇したような素振りを見せた。口を半開きにするかと思いきや、閉じる。それを何度も繰り返していた。言うならば今朝見せた態度とは似てもくれず、いかにも純粋そうな面持ちだったのだ。それは怖いくらいに。


「あ…………あ」


 声に出そうとしてもうまく発音できない。言いたくないことを言う、というよりかは言いたいことが言えない、という感じだった。


 やがて意を決したかのように一気に声を挙げた。


「YESよ………」


 終始理解出来なかった。質問をしていないのにも関わらずいきなり答えたことにだ。


「ごめん、何のことかさっぱり分からない」


 だからきっぱり言った。嘘偽りなくだ。


 それなのに三日月は急に怒り始めたのだ。加熱していた水が突沸するように、感情が溢れ出てくるように。


「あ………あなたまさか、私にしたことは全て嘘だと言うの?」


 嘘偽りなく答えたと言うのに、虚偽宣告された。これだから理不尽と言う言葉が生まれるんだ。


「いきなり背後から襲った挙句、私の唇まで奪ったのに………全て無かったことにって……遊びだったのね」


「まってまって!!誤解しかない言い方は止めてくれ。ここ一応学校、学びの場、そういうの適さないから!!」


「知らないわ。登校しても昨日のことは無関心のままで、今聞いても知らなかった、なんて他人行儀な言い草。三度目の正直なんて言葉は存在しないわ。もうこの時点で解決したようなものだもの」


 教室中がざわめく。昼休みだというのに、昼ドラの雰囲気に変わりつつあるこの状況にもはや打開策などあるはずもなかった。


「あ……ああ……あああ‼‼‼‼吾はもうリミットオーバー。絶対に汝を許さん!!」


 再度、チャイムが鳴り響く。休み時間は終わりを迎えるというのに、辺りの騒がしさは変わらぬまま。


「もうあなたを許さない」


「吾は赦さん!!」


「号外ーー‼‼号外‼‼」


 教室から校内へとカオスがうつろいゆく昼時。


 僕は最悪な展開に呑まれているということに、いざ呆れるのだった。

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