俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。
122.俺たちは「恋愛」を理解できない不器用人だ
恋愛。
恋愛とは何なのか。
どんな形を取り、どんな役割を担い、どんな変化をするのか。不確定な事実ばかりだが人間には必要不可欠な要素である。
生きるとか死ぬとか、それこそ人間が決めた概念には曖昧なものばかりだが、必要性があるのに、曖昧なままというのは俺としては責任逃れのような気がするが。
とどのつまり、俺が言いたいのは、恋愛という行為はどこからどこまでのことなのかが分からないってことだ。
友達だと思ってた異性からいきなり告白されたとか、付き合っていたと思っていたら相手はそうじゃなかったとか。異性関係、友人関係は思い込みが付き物。
創作上、そんな複雑な関係というものはそれはそれは有難い蜜みたいなものなんだろうが、実際、自分が登場人物に成り代わってみると最悪なものだ。
いやしかし、一度、恋愛というものを経験していればこうやって熟考することもないのだろう。
「あんたは好きな人とか出来たことはないのか?」
「ないわよ。ああ、その返しといっては何だけれど、私はあなたに同じ質問はしないわよ。答えが見え見えだもの」
「へいへい」と俺は流す。高校に入学してあんた――水無月と神無月の他によく喋る女子なんていませんよ。だからって中学の頃のことなんて思い出したくもないが。
中学というと、俺が当時付き合っていたと思っていた女子と二人でデートに行こうとした時のことだ。
集合場所に向かうとそこには俺と同じクラスメイトの男とその女子が仲睦まじく彼氏彼女のように話していて、仕舞いには俺を待たずに二人きりで立ち去っていったのだ。
まるで自分の座る席が無くなった映画館に来たみたいで俺はそのまま自宅に逆戻り。それきり連絡はおろか、クラス内での疎外感も著しくなった。そんな味気なくて、後悔しかない記憶だ。
だから恋愛はおろか、付き合う、って意味を未だに理解できない。
「そういや昨日はどうだったんだ?明嵜さんから編集の依頼があったんじゃなかったか」
神無月と明嵜、それに出版協会の白井と話をした翌日。文芸部の活動として招集がかかったのだが、今は俺と水無月の二人しか集まっていない。
部室は相変わらず長机で正方形を枠どったような配置で、俺は水無月を視界の斜め左に入れるように、ある程度距離をとって座っている。
「ああ、その話ならもう平気よ。あの人ったら何でもないような点ばかり指摘していたし、あったとしても誤字ぐらいだったわ」
「突然連絡が入って急な用事かと思ったんだが、それを聞く限り、別段緊急な変更とかがあったわけじゃないんだな」
「そうなのよ。特に急ぐことでもないのに慌てることはよくあるのだけど……」
「だけど……?」
「メールで添付ファイルだけ送って、それだけってどうかと思うんですけど!!」
珍しく憤怒を顕わにする水無月、普段なら怒る時だって冷ややかな目で人を見くだすとか、あまり情動的にならないはずなのに、今日に限って違っていた。
「しかもその〆切は本日中って言われ、どこが悪いのか具体的に教えて欲しいと言ったメールは送っても返事がすぐに返ってこない、挙げ句の果てに来たと思ったら、知り合いと談話してたーーなんて酷い言い訳。もう散々だったわ」
〆切が間に合いそうも無く、担当が作者に原稿を急かしたり催促文を送るのはよくある話だが……
「あの担当、何考えているのかしら?」
ふんっと、不機嫌そうに眉間に皺を寄せているところを見る限り、立場がまるで逆だ。
だがしかし、明嵜さんが何をしていたのかは言うまでもなく当事者だった俺が一番知っている。
「まあまあ、あの人もそれなりに忙しかったんじゃないか?編集者だって編集だけじゃなくて事務的なことも多いだろう」
「私はあなたの作品の担当なんだけど」
ブーメラン。宥めようと思ったら棘になって戻ってきたよ。
そしてさらにブーメランは俺の手元に戻らず、また飛んでいく。
「あなたの所為で思い出したくもない昨日の記憶が呼び起こされたわ……」
ん?昨日、水無月と俺に遭った出来事とは……白井が俺を呼びとどめる前に起きたのはたしか……
「なんだ、手を繋いだことか?」
俺が言葉を発した途端、突然椅子から立ち上がり、俺の席に近づいてきた。いくら距離を取っているとはいえ、さすがに数歩ほどで接近できる。
無表情な顔付きでそのまま俺の横まで歩み寄る。
なんだ?まさか、昨日のように掌を抓まれるのか、いや、そんな生ぬるくないのかもしれない。もしかしたらいきなり右腕を上げて俺の頭頂部にハンマーのように振り下ろしてくるのかもしれない。
いくら何でも他言無用とは言われたが、本人に対して振ってはならないとか、そんな手厳しいことあるだろうか。
まあ、忘れたいことをわざわざ思い出されてそれこそ心底虫唾が湧くとかは分からなくもないが……
水無月は俺が座る席の隣まで近寄り、腕を振り下ろす……ことなく隣の席に着席した。そこまでの一連の流れの中で一言も発さないでいたことが何より不気味だったが、さっきまでの無表情な顔はなくなっていた。
代わりに残っていたのは。
「その…………あのことは……お相子よ」
頬一杯を赤く染め上げた純粋そうな少女の姿だった。
思わず、誰ですか、と問いたくなるほどの別人ぶりでリアクションに戸惑ってしまったが、気を取り直して聞き返す。
「お相子って、何がだ?」
「だから……言ったじゃない」
俺の横に座っているのは誰だろう。一向に視線を合わせようとしない、いや、合わせないのは普段通りなんだが、いつもなら目線を合わせるまでもないのだ。これは目線を合わせられない、といった表情だ。
「繋いだことよ……あなただって祭りの時にいきなり繋いできたじゃない……忘れていたなんてことは言わせないわ」
祭り……祭りとは田土手花火大会のことか!!看病してくれた礼として二人で花火大会を過ごすといった嬉しいのか嬉しくないのかよく分からなかったあの日か(076話)!!
「言っていることはたしかに正しい。だが、納得しろって言われるたら首を縦に振れないな……それにあれは付き合っている装いを敢えてしてたんだろ?」
小説のネタを手に入れるため、恋人同士というシチュエーションで花火大会を楽しむことになったのだ。だから決して本意ではない、本意ではないが……
「ふんっ。そんなこと知らないわ。あなたから先に繋いできた事実は変わらないもの」
机の上に肘をつきながら弄ぶような口調になりつつある水無月。いつもの彼女に戻るのならそれはそれでいいことなんだが、
「まぁた既定事実だからってわけですかい……」
「当たり前でしょう」
それで俺が犠牲になるというのはどうかと思うんですけどね……ま、こっちの水無月の方が俺としても話しやすいし接しやすいからケースバイケースといったところだろうが。
俺の顔を視界に映さないようにするためか、肘をついている方の左手を入れ替え、今度は右手で肘をつく。窓の向こうへとそっぽを向く水無月。
そうすると余計に顔が赤くなっているように見えるんだけどな。
恋とは不可解で、不気味で、やはり俺には到底理解できないものだ。
そうして無言のまま10分後。
俺達のもとに現れたのは、
「いえーーい✌ここにて惨状!!神無月茜だよ」
破天荒で、意味を履き違えている陽気さ100%の少女だった。
恋愛とは何なのか。
どんな形を取り、どんな役割を担い、どんな変化をするのか。不確定な事実ばかりだが人間には必要不可欠な要素である。
生きるとか死ぬとか、それこそ人間が決めた概念には曖昧なものばかりだが、必要性があるのに、曖昧なままというのは俺としては責任逃れのような気がするが。
とどのつまり、俺が言いたいのは、恋愛という行為はどこからどこまでのことなのかが分からないってことだ。
友達だと思ってた異性からいきなり告白されたとか、付き合っていたと思っていたら相手はそうじゃなかったとか。異性関係、友人関係は思い込みが付き物。
創作上、そんな複雑な関係というものはそれはそれは有難い蜜みたいなものなんだろうが、実際、自分が登場人物に成り代わってみると最悪なものだ。
いやしかし、一度、恋愛というものを経験していればこうやって熟考することもないのだろう。
「あんたは好きな人とか出来たことはないのか?」
「ないわよ。ああ、その返しといっては何だけれど、私はあなたに同じ質問はしないわよ。答えが見え見えだもの」
「へいへい」と俺は流す。高校に入学してあんた――水無月と神無月の他によく喋る女子なんていませんよ。だからって中学の頃のことなんて思い出したくもないが。
中学というと、俺が当時付き合っていたと思っていた女子と二人でデートに行こうとした時のことだ。
集合場所に向かうとそこには俺と同じクラスメイトの男とその女子が仲睦まじく彼氏彼女のように話していて、仕舞いには俺を待たずに二人きりで立ち去っていったのだ。
まるで自分の座る席が無くなった映画館に来たみたいで俺はそのまま自宅に逆戻り。それきり連絡はおろか、クラス内での疎外感も著しくなった。そんな味気なくて、後悔しかない記憶だ。
だから恋愛はおろか、付き合う、って意味を未だに理解できない。
「そういや昨日はどうだったんだ?明嵜さんから編集の依頼があったんじゃなかったか」
神無月と明嵜、それに出版協会の白井と話をした翌日。文芸部の活動として招集がかかったのだが、今は俺と水無月の二人しか集まっていない。
部室は相変わらず長机で正方形を枠どったような配置で、俺は水無月を視界の斜め左に入れるように、ある程度距離をとって座っている。
「ああ、その話ならもう平気よ。あの人ったら何でもないような点ばかり指摘していたし、あったとしても誤字ぐらいだったわ」
「突然連絡が入って急な用事かと思ったんだが、それを聞く限り、別段緊急な変更とかがあったわけじゃないんだな」
「そうなのよ。特に急ぐことでもないのに慌てることはよくあるのだけど……」
「だけど……?」
「メールで添付ファイルだけ送って、それだけってどうかと思うんですけど!!」
珍しく憤怒を顕わにする水無月、普段なら怒る時だって冷ややかな目で人を見くだすとか、あまり情動的にならないはずなのに、今日に限って違っていた。
「しかもその〆切は本日中って言われ、どこが悪いのか具体的に教えて欲しいと言ったメールは送っても返事がすぐに返ってこない、挙げ句の果てに来たと思ったら、知り合いと談話してたーーなんて酷い言い訳。もう散々だったわ」
〆切が間に合いそうも無く、担当が作者に原稿を急かしたり催促文を送るのはよくある話だが……
「あの担当、何考えているのかしら?」
ふんっと、不機嫌そうに眉間に皺を寄せているところを見る限り、立場がまるで逆だ。
だがしかし、明嵜さんが何をしていたのかは言うまでもなく当事者だった俺が一番知っている。
「まあまあ、あの人もそれなりに忙しかったんじゃないか?編集者だって編集だけじゃなくて事務的なことも多いだろう」
「私はあなたの作品の担当なんだけど」
ブーメラン。宥めようと思ったら棘になって戻ってきたよ。
そしてさらにブーメランは俺の手元に戻らず、また飛んでいく。
「あなたの所為で思い出したくもない昨日の記憶が呼び起こされたわ……」
ん?昨日、水無月と俺に遭った出来事とは……白井が俺を呼びとどめる前に起きたのはたしか……
「なんだ、手を繋いだことか?」
俺が言葉を発した途端、突然椅子から立ち上がり、俺の席に近づいてきた。いくら距離を取っているとはいえ、さすがに数歩ほどで接近できる。
無表情な顔付きでそのまま俺の横まで歩み寄る。
なんだ?まさか、昨日のように掌を抓まれるのか、いや、そんな生ぬるくないのかもしれない。もしかしたらいきなり右腕を上げて俺の頭頂部にハンマーのように振り下ろしてくるのかもしれない。
いくら何でも他言無用とは言われたが、本人に対して振ってはならないとか、そんな手厳しいことあるだろうか。
まあ、忘れたいことをわざわざ思い出されてそれこそ心底虫唾が湧くとかは分からなくもないが……
水無月は俺が座る席の隣まで近寄り、腕を振り下ろす……ことなく隣の席に着席した。そこまでの一連の流れの中で一言も発さないでいたことが何より不気味だったが、さっきまでの無表情な顔はなくなっていた。
代わりに残っていたのは。
「その…………あのことは……お相子よ」
頬一杯を赤く染め上げた純粋そうな少女の姿だった。
思わず、誰ですか、と問いたくなるほどの別人ぶりでリアクションに戸惑ってしまったが、気を取り直して聞き返す。
「お相子って、何がだ?」
「だから……言ったじゃない」
俺の横に座っているのは誰だろう。一向に視線を合わせようとしない、いや、合わせないのは普段通りなんだが、いつもなら目線を合わせるまでもないのだ。これは目線を合わせられない、といった表情だ。
「繋いだことよ……あなただって祭りの時にいきなり繋いできたじゃない……忘れていたなんてことは言わせないわ」
祭り……祭りとは田土手花火大会のことか!!看病してくれた礼として二人で花火大会を過ごすといった嬉しいのか嬉しくないのかよく分からなかったあの日か(076話)!!
「言っていることはたしかに正しい。だが、納得しろって言われるたら首を縦に振れないな……それにあれは付き合っている装いを敢えてしてたんだろ?」
小説のネタを手に入れるため、恋人同士というシチュエーションで花火大会を楽しむことになったのだ。だから決して本意ではない、本意ではないが……
「ふんっ。そんなこと知らないわ。あなたから先に繋いできた事実は変わらないもの」
机の上に肘をつきながら弄ぶような口調になりつつある水無月。いつもの彼女に戻るのならそれはそれでいいことなんだが、
「まぁた既定事実だからってわけですかい……」
「当たり前でしょう」
それで俺が犠牲になるというのはどうかと思うんですけどね……ま、こっちの水無月の方が俺としても話しやすいし接しやすいからケースバイケースといったところだろうが。
俺の顔を視界に映さないようにするためか、肘をついている方の左手を入れ替え、今度は右手で肘をつく。窓の向こうへとそっぽを向く水無月。
そうすると余計に顔が赤くなっているように見えるんだけどな。
恋とは不可解で、不気味で、やはり俺には到底理解できないものだ。
そうして無言のまま10分後。
俺達のもとに現れたのは、
「いえーーい✌ここにて惨状!!神無月茜だよ」
破天荒で、意味を履き違えている陽気さ100%の少女だった。
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