俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。

薪槻暁

112.ひとときの謀略

「それで、何をしに行ったのかしらね、この羽虫さんは」




 普段通りの俺の呼び方に違和感を感じず、そのまま冷房機から流れ出た冷気のような言葉だと聞き流す。自分でも異常だと勘付いているのは……無論言うまでもない。




「それについては何も言えません。文化祭で何をするのか聞いてみようとしたはずなのに、ただ関係の無いことを喋って終わったなんて、そんなこと口に出来ません」


「思うんだけどさーー言えないって言ったくせに、マガト普通にしゃべってない?矛盾してない?」


 流せばいい箇所を流さずにさらっと言い出すところ、神無月の典型的行動パターンだ。


「そういうところ口に出さなくていいところだからね」


 「ん?なんで?」と嘯いたうそぶいた表情はなく、本当に分かっていないよう。これだから稀にクリティカルを出す人物は好きになれないんだ。


「さすが矛盾作り天才男ね。何もしないでただおしゃべりを女性と二人きりで楽しんで、挙句の果てには嘘の羅列」


「いやいやいやいやちょっと待てよ。そりゃ、とんだ誤解を招く発言だぞ。俺は担任と話し合いをしていたんだ」


「でも女性って事実は変わらないわ」


 なんだか、ムキになったように言葉が強い水無月は俺に視線を合わせようとしない。


「だけどよーー。いくらそれは言い過ぎじゃないか?悪気があってただ何も話さなかったわけじゃないんだ」


「そうだよ、みな。やっぱり、マガトは話したくて掛依先生と話したわけじゃないんだよ、一応仕事の一環でやったことだしさ。今回ばかりはそこまで言わなくてもいいんじゃないかな?」


 でかした神無月!!これで水無月もこれ以上口出しは出来ないだろう。俺と神無月、水無月の二対一だ。数の暴力、多数決の原理で俺の勝ち……。


「んーーでも、二人きりってのはちょっと、考えられないけどねーー」




 余計なことを。


 さっきまで俺を弁護するような口調だったのに、これでは立場が逆転。


 まさか、俺を追い詰める気か。


 裏切ることを前提条件として敢えて口車に乗っておく。そして時が経って信頼における関係まで発展させてから、相手を貶める。そんなドラマ的展開ありなのか!?


 って、自分でも考えすぎか。神無月と水無月が俺を嵌めることがあったとしても彼女らが俺に対して労力を費やすはずもないだろうし。




「でもまあ、今回のところはいいわ。そこまで重要視しなくても良い話だし」




 やはりそこまでは考え込んでいないようだ。今や水無月は話を流そうとしている。ならそうと、どうしてここまで俺を追求する話になったのか教えて欲しいんだがな。


 そうして、ふと一瞬だけ安堵に包まれていた時、不意に襲われた。これはまさしく不意打ちというやつだろう。




「だからその罪滅ぼしのために、曲谷さん。あなたには今年、文化祭で出す短編集の内容を考えてもらいます」




 無慈悲に告げられたその言葉はまさに、前回、渡された本を読むようにという課題と同じぐらいの重さがあった。しかし、一つだけ違和感を拭えないことがある。


 一瞬だけ安堵に、不安を払拭させた安心感というものに漬け込まれ落とし込まれたようないわゆる


 目の前に餌を吊り下げられ、まんまと口にしてしまった魚のような、いわゆる一杯食わされた感覚。




「まさか……さっきの態度はこれを見越してのことだったのか……?」




 担任と戯れ合っていたのではないかと疑問を投げられたその瞬間から俺はこの二人の計画のドツボに嵌まっていたのだ。全ては彼女らの思うがままだったということなのか。




「そんなわけないじゃーーん」


「そんなわけ……ないでしょう」




 同時に口にした言葉はほとんど意味合い的には変わらないはずなのだが。




「なるほど……聞いた俺が間抜けだったよ……」




 ぷぷぷ……と今にも噴き出しそうな頬を隠している奴と、まるでこれ以上にないほど思うがままになったのか、あまりの滑稽さに俺の顔から目線を逸らす奴。


 こんな二人を見て何も感じない人間がいるだろうか。いや、いないだろう。それは何故かって?




ーー何で、面倒事はいつも俺が引き受けなきゃならないんだよーー




 今、この場で自分の無念ぶりに呆れ返っている俺がいるからだ。


 しかし、その後適当に提案した俺の案が、すんなり通ったことには驚いた。


 文化祭の出し物、すなわち文芸部での文化祭活動内容はオリジナルの短編集の販売、ということになったのだった。

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