俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。
108.Q.E.D.(曲谷孔)
結局、事の顛末というにはそれこそ大袈裟すぎるというか、巨大袈裟なので、軽く流すように(流していい話でもないが)語るとする。
俺が利他的主義ではない理由。言い換えるのならば、神無月のイラストを拒否しなかった理由は簡単だ。要するに、楽だったからだ。
作品について意見交換をするのも、個々に連絡を取り合うのも、時間的にも、気持ち的にも楽だったのだ。確かにプロのイラストレーターに頼めるのなら申し分ないほど頼りになるし、何といってもプロイラストレーターのファンが俺の作品の読者になる可能性が高い。
知らない人と話すのは苦手なんてコミュ症を発揮しているわけではなく、単に面倒なのだ。
もう一度言おう、俺が神無月をイラストレーターに決めたのは、面倒になるからだ。それに、もし断ったら学校で遭遇したときに会わせる顔がない。
「まったく、あなたの偏狭と言うか、偏屈ぶりは大したものね。別に理由なしに神無月さんに頼みたかった、って言えばいい話なのに」
「だったらこちらからも言わせてもらうが、早くそのことを話してくれたらよかったのにな」
水無月はそのまま不満そうに頬を膨らませる。
「まあ、言わずとも分かるがな。一応聞いておくが、それって俺の為に思ってのことなんだろ?あいつが回り回って俺のデビューに影響が出ないか不安、みたいな感じで」
しかし水無月の表情は俺の予想の斜め上を通過した。あからさまに肩をすくめたと思いきや「呆れた」と言葉通りの表情を面に出していた。
「あなたねえ……考えというか、人の気持ちまでもそこまで曲げないでくれないかしら?曲げるのはあなたの名前だけで十分よ」
曲谷孔。
「はあ!?他人の考えていることを察するのは確かに反論できないかもしれないが、名前は門前払いで変えようがないじゃねーかよ!!そいつはもうこの世の原子論を否定するのと同程度の難易度だぞ」
「そうよ。でもあんたなら出来る。出来るって」
「あのーー。ちょっとキャラ変わってません?」
「変わってないわよ。あなただってコペルニクス的転回をしても変ではないわ。それを信じてくれる人は誰一人いないと思うけれど」
「それは致命的な欠陥じゃないかよ!!」
キャラが戻ってくれたのは有難いが、その反動で性格が捻られてしまうのは逆効果だ。あ、いや前からこんな性格だったか。
「あなた、また私のことを妄想しているわね」
「してませんよ。肝に免じて言います。あらぬ妄想などするはずもないと、ここに誓おう」
「嘘臭いけれど、他人の考えを完璧に当てることは出来ないから、やめにするわ」
テーブルに置かれたティーカップを再び手に取ると、何か思いついたように聞いてきた。
「そういえば、あなた夏休みまでにしなくてはならないことがあるのは分かってるわよね?」
夏休みと言われても俺には暑い、長休暇!!ぐらいしか頭に浮かばないし、小説関連ならば年がら年中何があるのかはスケジュールに最低限書き込んでいるつもりなので、そのまま知っている限りのことを告げた。
「あれだろ?たしか……ゲラ刷りとかするんじゃなかったんだっけか?」
「それもそうだけど、他に思いつくことは無いの?」
水無月に関して小説関連の話以外の用件で重要視するというのは今までの経験上珍しいことだ。俺はこともあろうことか、彼女の異変ぶりに動揺してしまったようだ、すぐに返答できなかった。
まるで手際が悪いと言いたげに、三度呆れて言った。
「高校よ。高校の文化祭」
「それがどうかしたのか?一応言っておくがクラスの催しなんてそんな面倒なことには関わらないからな」
「だからといって私たちの部についてもそうやって放り投げるのかしら?前回はあんなにタイトルから記事まで奔走していたのに、今回は何もしないって話になるの?」
その件があったか……がしかし、前回の新聞の件では俺の小説の出版が関わっていたようだし、関与せざるを得ない、半ば強引な状況だったのだが。かといって益、不益の話から遠ざかるのなら何もしないというのは自分勝手な気もする。
「部長は何をするつもりなんだ?」
「あの人に聞いてアイデアがもらえると思うかしら?」
くっそう、もらえないどころか放棄されて俺たちに責任が回ってきたとしか考えようがない。どうせ、「私、そう言うの分からないからよろしくねーー」なんて言って逃げたんだろう。前から思ってはいたが本当に面倒な部活だ。
「無理だな。んで、早速のところ聞きたいんだが、水無月は何かやりたいことでもあるのか?俺は、その意見について参考程度にはさせてもらうが」
両手人差し指、親指で長方形を形作るように見せると、一つとある提案をしてきた。
「短編集なんてどうかしら?新聞のようなノンフィクション的な記事ではなく、普通に私達がフィクション的な内容の物語をオリジナルで作り上げる感じよ」
「まあいいが……そいつに報酬は出るのか?まさかタダで書くってことにはならないよな」
手の甲に顎を乗せつつ顔を歪ませたと思いきや、やれやれという感じで、
「一冊300円程度で売るから出ないことは無いわ……」
と俺に全く呆れてモノも言えないかのように答えると、現実味を増したように続けていった。
「それに、あなたはあなたでクラスとの繋がりを断ち切ってあげるから、その代わり文芸部に従事しなさい」
さらっとクラス行事には関わらないように繋がりを断ち切るところ恐ろしいな。
「ご苦労さんよ。ま、俺に関しては嫌な要件でもなさそうだし、とっとと片づけたいところだが、どうせあんたが編集する作業に入るんだよな?」
「勿論よ。あと私も別作品を創るわ。等価交換みたいなものね。私もあなたも作品を創るのだから、それらを互いに編集し合う。それでOK」
「あ、神無月さんにはそれはそれは印象強いイラストを描いてもらうことにするけど」
今思うと、さらっと凄い話に展開が進んでいるな。プロの作家となりかけの作家、イラストレーター。三人で生み出す初めての作品集。だったらコミケにでも参加してみればいいような感じもするが、前段階だ。高校という小さい範疇の中でどこまで売れるのか、確かめるいいチャンスだ。
「なるほどな。なら俺もやりがいがあるってもんだ」
そう、新たな思いが交錯する中、決意を噛み締めた。のだが……
「忘れていると思うけれど、そのために編集作業の日程とか、ゲラを刷る時期を早めるから覚悟しておきなさい」
地獄のような日々は未だに続くらしい。終わらない仕事の連鎖。
「あ、それと、私が書いたこの本、タイトル通り『序』の次には『破』も『急』もあるから自分で図書館に行って借りて読みなさいね?」
「だから、これ返すわ。いくら著者である私に返されても、これは図書館の所蔵物だし」
「渡されたときは困ったわよ」と溢しつつ、俺は叩き出される面倒事に埋もれそうになる。
「あと……」と水無月が言いだそうとした時、俺はこれから起こりうる負の予兆ーー嫌な予感を感じたので「そういえば用事があったんだ!!」なんてよくある逃げ文句を言いながら、そそくさとリビングを後にしようとした。
しようとした。というのも俺はリビングがある二階から一階に降りようとした時に、変わらず座っている水無月の方へ振り向いたのだ。別に格好を付けために別れ際に捨て台詞を言ったわけではないのだが、客観的にそう見えて仕方がない構図になってしまったのは俺としてもらしくないと自負している。
「念のため言っておくが……」
なんだか自分で言っててどこまでツンデレみたいな性格なんだと思うが、言いたいことは言っておいた方が気が楽だった。
「寝不足には気を付けろよ……ほら……またあのときみたいに体調を崩されるとこっちも面倒だから……」
自然と顔に熱が集まってしまうのは俺が原因ではない、この夏という季節が悪いんだ。俺は決して悪くない。
無言で返された俺はそれ以上なにも言わず、一階へと下ることに決めたのだった。
俺が利他的主義ではない理由。言い換えるのならば、神無月のイラストを拒否しなかった理由は簡単だ。要するに、楽だったからだ。
作品について意見交換をするのも、個々に連絡を取り合うのも、時間的にも、気持ち的にも楽だったのだ。確かにプロのイラストレーターに頼めるのなら申し分ないほど頼りになるし、何といってもプロイラストレーターのファンが俺の作品の読者になる可能性が高い。
知らない人と話すのは苦手なんてコミュ症を発揮しているわけではなく、単に面倒なのだ。
もう一度言おう、俺が神無月をイラストレーターに決めたのは、面倒になるからだ。それに、もし断ったら学校で遭遇したときに会わせる顔がない。
「まったく、あなたの偏狭と言うか、偏屈ぶりは大したものね。別に理由なしに神無月さんに頼みたかった、って言えばいい話なのに」
「だったらこちらからも言わせてもらうが、早くそのことを話してくれたらよかったのにな」
水無月はそのまま不満そうに頬を膨らませる。
「まあ、言わずとも分かるがな。一応聞いておくが、それって俺の為に思ってのことなんだろ?あいつが回り回って俺のデビューに影響が出ないか不安、みたいな感じで」
しかし水無月の表情は俺の予想の斜め上を通過した。あからさまに肩をすくめたと思いきや「呆れた」と言葉通りの表情を面に出していた。
「あなたねえ……考えというか、人の気持ちまでもそこまで曲げないでくれないかしら?曲げるのはあなたの名前だけで十分よ」
曲谷孔。
「はあ!?他人の考えていることを察するのは確かに反論できないかもしれないが、名前は門前払いで変えようがないじゃねーかよ!!そいつはもうこの世の原子論を否定するのと同程度の難易度だぞ」
「そうよ。でもあんたなら出来る。出来るって」
「あのーー。ちょっとキャラ変わってません?」
「変わってないわよ。あなただってコペルニクス的転回をしても変ではないわ。それを信じてくれる人は誰一人いないと思うけれど」
「それは致命的な欠陥じゃないかよ!!」
キャラが戻ってくれたのは有難いが、その反動で性格が捻られてしまうのは逆効果だ。あ、いや前からこんな性格だったか。
「あなた、また私のことを妄想しているわね」
「してませんよ。肝に免じて言います。あらぬ妄想などするはずもないと、ここに誓おう」
「嘘臭いけれど、他人の考えを完璧に当てることは出来ないから、やめにするわ」
テーブルに置かれたティーカップを再び手に取ると、何か思いついたように聞いてきた。
「そういえば、あなた夏休みまでにしなくてはならないことがあるのは分かってるわよね?」
夏休みと言われても俺には暑い、長休暇!!ぐらいしか頭に浮かばないし、小説関連ならば年がら年中何があるのかはスケジュールに最低限書き込んでいるつもりなので、そのまま知っている限りのことを告げた。
「あれだろ?たしか……ゲラ刷りとかするんじゃなかったんだっけか?」
「それもそうだけど、他に思いつくことは無いの?」
水無月に関して小説関連の話以外の用件で重要視するというのは今までの経験上珍しいことだ。俺はこともあろうことか、彼女の異変ぶりに動揺してしまったようだ、すぐに返答できなかった。
まるで手際が悪いと言いたげに、三度呆れて言った。
「高校よ。高校の文化祭」
「それがどうかしたのか?一応言っておくがクラスの催しなんてそんな面倒なことには関わらないからな」
「だからといって私たちの部についてもそうやって放り投げるのかしら?前回はあんなにタイトルから記事まで奔走していたのに、今回は何もしないって話になるの?」
その件があったか……がしかし、前回の新聞の件では俺の小説の出版が関わっていたようだし、関与せざるを得ない、半ば強引な状況だったのだが。かといって益、不益の話から遠ざかるのなら何もしないというのは自分勝手な気もする。
「部長は何をするつもりなんだ?」
「あの人に聞いてアイデアがもらえると思うかしら?」
くっそう、もらえないどころか放棄されて俺たちに責任が回ってきたとしか考えようがない。どうせ、「私、そう言うの分からないからよろしくねーー」なんて言って逃げたんだろう。前から思ってはいたが本当に面倒な部活だ。
「無理だな。んで、早速のところ聞きたいんだが、水無月は何かやりたいことでもあるのか?俺は、その意見について参考程度にはさせてもらうが」
両手人差し指、親指で長方形を形作るように見せると、一つとある提案をしてきた。
「短編集なんてどうかしら?新聞のようなノンフィクション的な記事ではなく、普通に私達がフィクション的な内容の物語をオリジナルで作り上げる感じよ」
「まあいいが……そいつに報酬は出るのか?まさかタダで書くってことにはならないよな」
手の甲に顎を乗せつつ顔を歪ませたと思いきや、やれやれという感じで、
「一冊300円程度で売るから出ないことは無いわ……」
と俺に全く呆れてモノも言えないかのように答えると、現実味を増したように続けていった。
「それに、あなたはあなたでクラスとの繋がりを断ち切ってあげるから、その代わり文芸部に従事しなさい」
さらっとクラス行事には関わらないように繋がりを断ち切るところ恐ろしいな。
「ご苦労さんよ。ま、俺に関しては嫌な要件でもなさそうだし、とっとと片づけたいところだが、どうせあんたが編集する作業に入るんだよな?」
「勿論よ。あと私も別作品を創るわ。等価交換みたいなものね。私もあなたも作品を創るのだから、それらを互いに編集し合う。それでOK」
「あ、神無月さんにはそれはそれは印象強いイラストを描いてもらうことにするけど」
今思うと、さらっと凄い話に展開が進んでいるな。プロの作家となりかけの作家、イラストレーター。三人で生み出す初めての作品集。だったらコミケにでも参加してみればいいような感じもするが、前段階だ。高校という小さい範疇の中でどこまで売れるのか、確かめるいいチャンスだ。
「なるほどな。なら俺もやりがいがあるってもんだ」
そう、新たな思いが交錯する中、決意を噛み締めた。のだが……
「忘れていると思うけれど、そのために編集作業の日程とか、ゲラを刷る時期を早めるから覚悟しておきなさい」
地獄のような日々は未だに続くらしい。終わらない仕事の連鎖。
「あ、それと、私が書いたこの本、タイトル通り『序』の次には『破』も『急』もあるから自分で図書館に行って借りて読みなさいね?」
「だから、これ返すわ。いくら著者である私に返されても、これは図書館の所蔵物だし」
「渡されたときは困ったわよ」と溢しつつ、俺は叩き出される面倒事に埋もれそうになる。
「あと……」と水無月が言いだそうとした時、俺はこれから起こりうる負の予兆ーー嫌な予感を感じたので「そういえば用事があったんだ!!」なんてよくある逃げ文句を言いながら、そそくさとリビングを後にしようとした。
しようとした。というのも俺はリビングがある二階から一階に降りようとした時に、変わらず座っている水無月の方へ振り向いたのだ。別に格好を付けために別れ際に捨て台詞を言ったわけではないのだが、客観的にそう見えて仕方がない構図になってしまったのは俺としてもらしくないと自負している。
「念のため言っておくが……」
なんだか自分で言っててどこまでツンデレみたいな性格なんだと思うが、言いたいことは言っておいた方が気が楽だった。
「寝不足には気を付けろよ……ほら……またあのときみたいに体調を崩されるとこっちも面倒だから……」
自然と顔に熱が集まってしまうのは俺が原因ではない、この夏という季節が悪いんだ。俺は決して悪くない。
無言で返された俺はそれ以上なにも言わず、一階へと下ることに決めたのだった。
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