俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。
107.ようやく叩き出した最後の結論
静寂がただ目の前を通り過ぎ去るように、空気が流れるように、俺はただスタッキングチェアに腰を下ろしている。それは水無月桜も同じだったが、なぜか俺だけが動揺していた。
平然と座り、こともあろうか隠していた秘密--神無月が俺の作品のイラスト担当になること、を明かしたというのに、不自然に落ち着いている。
逆に、明かされた秘密に対して驚きを隠し得ないのはさながら、俺だったのだ。
ゆえに驚きのあまり思わずスタッキングチェアから一度、腰を浮かしてしまったが、自分の行動に対し思い返すと、どうにか平静を保つことができた。
しかし、どこからその情報を得たのかはともかくーーそれは担当編集者であるから得られても不思議ではない。俺が気になったのはいつ、神無月が水無月にイラストレーターとしての相談を持ち掛けたのか、ということだった。
俺はティーカップ内に漂う水面に視線を逸らしつつ聞く。
「前々からって……いつからなんだ?」
「あなたが出版するかもしれない、そんな話が上がった頃かしら」
酷い現実だ。俺は率直にそう思った。いくら気に入っている作家のイラストを描くことになったとはいえ、それは新人だということを忘れてはならない。
さらに、それは二度言うことになるが、気に入っている作家だ。デビューのきっかけになるとはいえ、ならなかった時は、顔を潰すことになる。それに、ジャンルはライトノベル。表紙に描かれるイラストで売り上げが左右されることも多いだろう。
だからといって、どうして早くそのことを俺に言ってくれなかったのか、相談してくれなかったのか、と責める筋合いは俺には当然ない。水無月も、彼女なりに神無月に対する配慮なのだろう。
もし俺にこのことを話してしまえば、俺がデビューしなくても別に構わないというスタイルを通してしまうかもしれないと思ったのだろう。
結果的にそうなってしまったことだが、通過した過程が違う。
俺は視線をティーカップから正面へと戻し、水無月の瞳に直結させる。
「なあ、俺って利他的主義に見えるか?」
キョトンとした表情を醸し出すと、水無月はさらに眉間に皺を寄せた。
「客観的に見ればそうでしょう。現実的に言うところ、プロのイラストレーターに任せてしまえば、あなたの作品が売れる確率は上がるのだから」
「だから俺は少なくともあいつのリスクを背負ってるってことにはなる」
「だけどな。俺はそれで売れても嬉しくないんだよ。もちろん、多くの人に読んでもらえる機会が増えるんだ。全く嬉しくないわけじゃないが」
一般人からしてみれば、俺は神無月にデビューのきっかけを与えている、言い換えればデビューのリスクを請け負っている俺はまさに利他的主義だと言われてもおかしくないだろう。
「それでも、俺は自分の力で、自分の作品を世に知らしめたことにはならない。それは、プロのイラストレーターのおかげでそうなったんだしな」
「ま、逆に俺の作品が低評価すぎて、何の面白みもない、感じられないんだったら、それはそれでイラストレーターさんに迷惑をかけてしまうが」
笑いながら喋る俺は、饒舌になったように、次から次へと言葉が溢れてくる。多分、それは自分が日々思いながら、それでも口に出せなかった本音なのかもしれない。
「だから利他的主義じゃない」
「誰かのためになんてそんな大層なことをした覚えはないし、そのつもりも断じてない。あるとしたら7割の自己中心的、利己的主義だ」
水無月は、困ったように聞いた。
「どこにそのエゴイストが隠されているのかしら?」
「そうだな……」と俺は考える。自分のことを考えるというのは少々難しい。理由は簡単、ただ闇雲に自分がどう考えているかで決めつけてはならないからだ。ゆえに、自分が思う自分と他人が思う自分。その両方を取り入れつつ、俺は応えた。
「たとえば、神無月のことを低評価している俺だな。あいつのことを身勝手にも技量が無いクリエイターだとみてしまっている俺が少なくともいる。実歴という概念があるのはやっぱり嫌なもんだな」
「それは客観的な事実なのだから仕方のないことじゃない」と水無月は反論する。
「ああ、そうだ。そしてそれは俺も変わらない。俺もあいつも実績がないのは同じだ。それゆえに、一緒に作品を創っていきたいと思っている自分もいる。同じ新人、境遇、そんな人と共に作業できるなんて珍しいと思わないか?」
水無月は視線を俺から外し、テーブル上の自分の著作物に合わせると「それはさぞかし楽観的なことね」と言葉を洩らした。
「ああ、俺はポジティブだ。陰キャで、クラスの中でもカースト下位に位置して、学業、運動能力ともに考えれば全くあんたの比にならないさ。噂話も滞ることがないのは唯一の玉に瑕なところだが、それを除けばどこにでもいる能天気な男子高校生なんだよ」
溜息をふと漏らすと、水無月は再び俺を見つめ直した。その表情からは、深刻さも、緊張もなく、ただ薄ら笑いがあるということは読み取れた。
「そうね、あなたは前からそんな人だった。自分から利他とも利己とも言えず中途半端な人間。そしてそれこそがあなたのモットーを汚さない最も楽ともいえる方法ね」
ようやく達したというわけか。俺が考え、悩み、最終的に叩き出した結論。
「神無月は俺と同じ高校の生徒。そして同級生。同クラス。ここまで『同』がつく仲ってそうはいないんじゃないか?……まあ目の前にいるがな」
「そうね」と口元を隠すように掌で顔を覆う水無月は頬がほころんでいた。
「面倒事は基本的にやらない。やるとしたらすぐに終わらせる。それが俺のモットーだ」
俺と水無月、どちらも分かりきっていることなのに、今一度こう大袈裟に主張するとなんだか歯痒いものがあるのだと、心の底で感じた。
平然と座り、こともあろうか隠していた秘密--神無月が俺の作品のイラスト担当になること、を明かしたというのに、不自然に落ち着いている。
逆に、明かされた秘密に対して驚きを隠し得ないのはさながら、俺だったのだ。
ゆえに驚きのあまり思わずスタッキングチェアから一度、腰を浮かしてしまったが、自分の行動に対し思い返すと、どうにか平静を保つことができた。
しかし、どこからその情報を得たのかはともかくーーそれは担当編集者であるから得られても不思議ではない。俺が気になったのはいつ、神無月が水無月にイラストレーターとしての相談を持ち掛けたのか、ということだった。
俺はティーカップ内に漂う水面に視線を逸らしつつ聞く。
「前々からって……いつからなんだ?」
「あなたが出版するかもしれない、そんな話が上がった頃かしら」
酷い現実だ。俺は率直にそう思った。いくら気に入っている作家のイラストを描くことになったとはいえ、それは新人だということを忘れてはならない。
さらに、それは二度言うことになるが、気に入っている作家だ。デビューのきっかけになるとはいえ、ならなかった時は、顔を潰すことになる。それに、ジャンルはライトノベル。表紙に描かれるイラストで売り上げが左右されることも多いだろう。
だからといって、どうして早くそのことを俺に言ってくれなかったのか、相談してくれなかったのか、と責める筋合いは俺には当然ない。水無月も、彼女なりに神無月に対する配慮なのだろう。
もし俺にこのことを話してしまえば、俺がデビューしなくても別に構わないというスタイルを通してしまうかもしれないと思ったのだろう。
結果的にそうなってしまったことだが、通過した過程が違う。
俺は視線をティーカップから正面へと戻し、水無月の瞳に直結させる。
「なあ、俺って利他的主義に見えるか?」
キョトンとした表情を醸し出すと、水無月はさらに眉間に皺を寄せた。
「客観的に見ればそうでしょう。現実的に言うところ、プロのイラストレーターに任せてしまえば、あなたの作品が売れる確率は上がるのだから」
「だから俺は少なくともあいつのリスクを背負ってるってことにはなる」
「だけどな。俺はそれで売れても嬉しくないんだよ。もちろん、多くの人に読んでもらえる機会が増えるんだ。全く嬉しくないわけじゃないが」
一般人からしてみれば、俺は神無月にデビューのきっかけを与えている、言い換えればデビューのリスクを請け負っている俺はまさに利他的主義だと言われてもおかしくないだろう。
「それでも、俺は自分の力で、自分の作品を世に知らしめたことにはならない。それは、プロのイラストレーターのおかげでそうなったんだしな」
「ま、逆に俺の作品が低評価すぎて、何の面白みもない、感じられないんだったら、それはそれでイラストレーターさんに迷惑をかけてしまうが」
笑いながら喋る俺は、饒舌になったように、次から次へと言葉が溢れてくる。多分、それは自分が日々思いながら、それでも口に出せなかった本音なのかもしれない。
「だから利他的主義じゃない」
「誰かのためになんてそんな大層なことをした覚えはないし、そのつもりも断じてない。あるとしたら7割の自己中心的、利己的主義だ」
水無月は、困ったように聞いた。
「どこにそのエゴイストが隠されているのかしら?」
「そうだな……」と俺は考える。自分のことを考えるというのは少々難しい。理由は簡単、ただ闇雲に自分がどう考えているかで決めつけてはならないからだ。ゆえに、自分が思う自分と他人が思う自分。その両方を取り入れつつ、俺は応えた。
「たとえば、神無月のことを低評価している俺だな。あいつのことを身勝手にも技量が無いクリエイターだとみてしまっている俺が少なくともいる。実歴という概念があるのはやっぱり嫌なもんだな」
「それは客観的な事実なのだから仕方のないことじゃない」と水無月は反論する。
「ああ、そうだ。そしてそれは俺も変わらない。俺もあいつも実績がないのは同じだ。それゆえに、一緒に作品を創っていきたいと思っている自分もいる。同じ新人、境遇、そんな人と共に作業できるなんて珍しいと思わないか?」
水無月は視線を俺から外し、テーブル上の自分の著作物に合わせると「それはさぞかし楽観的なことね」と言葉を洩らした。
「ああ、俺はポジティブだ。陰キャで、クラスの中でもカースト下位に位置して、学業、運動能力ともに考えれば全くあんたの比にならないさ。噂話も滞ることがないのは唯一の玉に瑕なところだが、それを除けばどこにでもいる能天気な男子高校生なんだよ」
溜息をふと漏らすと、水無月は再び俺を見つめ直した。その表情からは、深刻さも、緊張もなく、ただ薄ら笑いがあるということは読み取れた。
「そうね、あなたは前からそんな人だった。自分から利他とも利己とも言えず中途半端な人間。そしてそれこそがあなたのモットーを汚さない最も楽ともいえる方法ね」
ようやく達したというわけか。俺が考え、悩み、最終的に叩き出した結論。
「神無月は俺と同じ高校の生徒。そして同級生。同クラス。ここまで『同』がつく仲ってそうはいないんじゃないか?……まあ目の前にいるがな」
「そうね」と口元を隠すように掌で顔を覆う水無月は頬がほころんでいた。
「面倒事は基本的にやらない。やるとしたらすぐに終わらせる。それが俺のモットーだ」
俺と水無月、どちらも分かりきっていることなのに、今一度こう大袈裟に主張するとなんだか歯痒いものがあるのだと、心の底で感じた。
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