俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。
093.有形無形を知り得る人物
図書館からの帰路。俺と水無月は夕暮れの最中、商店街を歩いている。まだ初夏といった頃合いなので、辺りの視界が悪くなるほど暗くなってはいないが、嫌になった夏の日差しが弱くなっているのは肌で分かる。
取材ならぬ読書の勧めを受けた俺は、水無月に対して重要な要件について思い出した。
無論、俺は小説家であり、隣を歩く彼女ーー水無月桜はその担当編集者。そこから導き出される容易な質問はただ一つであるのだ。
「この本をいつまで読まなきゃならないのかは分かったが、原稿の方の〆切はどうするんだ?今回の図書館のシーンとかまだ続き書いてないぞ……」
「何を言っているのかしら?もう言ったじゃない」
そこまで疑問符を投げられても、ぶつけられても俺にもハテナマークしか生まれないんだが。というか、俺が口を滑らした?水無月直々に〆切の日付を教えたのではなく、俺自ら?
ああ、そういうことか……って、それは卑怯ってやつではないのか!!
「まさか……それも明後日ってことか?」
 
「そのまさかよ」と言わんばかりに無言で圧力をかけてくるこの編集者様。本当に末恐ろしいものだ。水無月家なのかと違和感を一瞬でも感じてしまった俺が馬鹿らしい。
嫌が応にも命令を拒否させないような重圧を出したり、罵詈雑言の嵐を吹き荒らす首尾一貫冷徹至上主義水無月桜。如月桜なる、いかにも即座にベールを剥がされそうな名前であるが、中身は完璧至上主義、そして厳格さの持ち主でもある。
だからこそ、創作物に対する想いは誰よりも熱く、俺は水無月のその部分を尊敬している。
ひょんなことから、俺の編集者が水無月に決定され、さらに言えば水無月雅美という人物に試されていたようだし。
なんだか、水無月家と俺にどんな関係が、いや腐れ縁があったのか知らないが、こうなった以上(水無月が俺の担当となった以上)、それなりの恩返しをする必要はあるだろう。
彼女がいなかったら俺の作品が出版されることには至らなかったし、結果としてだ。
「なぁ、訊きたいことがあるんだがいいか?」
結果として、ここで俺は水無月桜という人物を想像しているうちに、些細なことながら疑問が浮かんだ。
「花火大会の話はどうなったんだ?」
なんというか、率直に、夏祭りの取材の結果はどうなったんだ、ラブコメ小説は書けたのか、と聞けばよかったのだ。それなのに、俺はあの一日の終始(第3.5章)を思い出しているうちに我ながら恥ずかしくなってしまったのだ。なんだ……自分で言いながら、情けない。
「順調よ」
「あなたのおかげでいいものが書けそうよ、まさにセレンディピティね」
セレンディピティーー偶然、物事に出会ったり、予想外の発見をする。そんな金属探知機のような物体だったのか俺は。
といっても嬉しくないわけではないが、一応役に立ったというのもあるし、そこまで悪い気持ちではない。デートのように見えた、見せかけた俺と水無月との一件は仕事上の関係であるし、それ以上にも以下でもない。
といって別にあの日の出来事がつまらないものであるとも思わない。水無月は分からないが、俺としては結構楽しかった方だ。
水無月邸が大通りから見え始め、別れの挨拶を口にしようとした時。
「あっれれえ?これはこれは水無月さんにーー」
遮られた。
その声は、少しだけ高くなったハイトーンボイスでどこか聞き覚えがあった。掛依真珠とは別の意味で恐れている人物、生徒のもので、実の先輩であるというのにも関わらず下級生の俺を「センパイ」などと明らかに物をねだる時の声音で話しかけてくる女。
俺よりもやや低身長、天使のような面持ちで俺のペンネームを校内で知っている人物の一人。
由井香だった。
「センパイじゃないですかぁぁ!!」
そして抱き着いてきた。あの時と同じように。あの時ってありすぎて全部を思い出すのも一苦労だが。全身の重みを背中に乗せ、右腕が動かせない。それは案の定、理性がそうさせているのだ。
要は水無月を編集者としての立場から降ろさせる原因(059話)をそのまんま、同じようにこの商店街の通りでやったわけだ。しかも本人の目の前で。
もし、由井先輩が水無月を編集者から降ろすために、部室にいた俺に抱き着いてきたとするなら相当の性悪の持ち主ではないか。回り回って計画的すぎるというかむしろその能力を別の場所で使ってほしいというところであるが。それは考え過ぎだろうか。
「どうしてセンパイが女の子と二人きりでいるんですかぁ?あれれ、もしかして付き合ってるとかーー?」
やはりその質問か。高校生で男女二人で行動することがそんなにも怪しまれることなのか?別に男女間の友情があったとしてもいいじゃ……ないか。
「違うわ」
そんな俺を代弁するかのように語った、反論した、抵抗した。
「部活の件でやるべきことがあったからこうして二人でいるだけよ」
「変なご想像や妄想は勝手にしてもらっていいのだけれど、あまり噂話は流さないでくださる?本当ではなく、あらぬ疑いをかけられてはこちらもそれなりに面倒だから」
なんときっぱりと俺の目の前で断固として拒絶する。抱き着いてくる俺に対して言っているようで、由井先輩に言っているのだとしてもそこそこ、なんというか心が痛む……
一方、言われた本人由井香はあたかもそれは周知の事実であるかのような風貌で口にした。堂々と、驚きもせずに。
「へえ……なら問題は無事解決したみたいね」
と自分だけが全てを知っている全知全能の神の如く、まるで上から見下ろすかのように聞こえ、その顔は猫かぶりしているようなものではなくなっていた。不自然な笑みを漏らしていたのである。
「ならもういいやーー、じゃあ二人の邪魔をするのも悪しということで、さよならぁ」
一瞬だけ普段の口調、表情が違った由井先輩ではあったが、より一層先輩の正体が気になって仕方が無かった。
「あ、でもセンパイは私のものですからね、渡しませんよーー。水無月さん?」
あたかも千変万化を自ら作り出す姿に怪しみや妖しさを印象付けながら正体は明かさない。
ピエロだ。俺は素直にそう思った。
だから最後に言い放った彼女の言葉も、それこそまやかしのように感じたのも納得できる。
「いや……如月さんかな?」
まるで考えて絞り出した答えのようなその一言に、俺と水無月はそのまま由井先輩が視界から消えるまで立ち尽くすままであった。
取材ならぬ読書の勧めを受けた俺は、水無月に対して重要な要件について思い出した。
無論、俺は小説家であり、隣を歩く彼女ーー水無月桜はその担当編集者。そこから導き出される容易な質問はただ一つであるのだ。
「この本をいつまで読まなきゃならないのかは分かったが、原稿の方の〆切はどうするんだ?今回の図書館のシーンとかまだ続き書いてないぞ……」
「何を言っているのかしら?もう言ったじゃない」
そこまで疑問符を投げられても、ぶつけられても俺にもハテナマークしか生まれないんだが。というか、俺が口を滑らした?水無月直々に〆切の日付を教えたのではなく、俺自ら?
ああ、そういうことか……って、それは卑怯ってやつではないのか!!
「まさか……それも明後日ってことか?」
 
「そのまさかよ」と言わんばかりに無言で圧力をかけてくるこの編集者様。本当に末恐ろしいものだ。水無月家なのかと違和感を一瞬でも感じてしまった俺が馬鹿らしい。
嫌が応にも命令を拒否させないような重圧を出したり、罵詈雑言の嵐を吹き荒らす首尾一貫冷徹至上主義水無月桜。如月桜なる、いかにも即座にベールを剥がされそうな名前であるが、中身は完璧至上主義、そして厳格さの持ち主でもある。
だからこそ、創作物に対する想いは誰よりも熱く、俺は水無月のその部分を尊敬している。
ひょんなことから、俺の編集者が水無月に決定され、さらに言えば水無月雅美という人物に試されていたようだし。
なんだか、水無月家と俺にどんな関係が、いや腐れ縁があったのか知らないが、こうなった以上(水無月が俺の担当となった以上)、それなりの恩返しをする必要はあるだろう。
彼女がいなかったら俺の作品が出版されることには至らなかったし、結果としてだ。
「なぁ、訊きたいことがあるんだがいいか?」
結果として、ここで俺は水無月桜という人物を想像しているうちに、些細なことながら疑問が浮かんだ。
「花火大会の話はどうなったんだ?」
なんというか、率直に、夏祭りの取材の結果はどうなったんだ、ラブコメ小説は書けたのか、と聞けばよかったのだ。それなのに、俺はあの一日の終始(第3.5章)を思い出しているうちに我ながら恥ずかしくなってしまったのだ。なんだ……自分で言いながら、情けない。
「順調よ」
「あなたのおかげでいいものが書けそうよ、まさにセレンディピティね」
セレンディピティーー偶然、物事に出会ったり、予想外の発見をする。そんな金属探知機のような物体だったのか俺は。
といっても嬉しくないわけではないが、一応役に立ったというのもあるし、そこまで悪い気持ちではない。デートのように見えた、見せかけた俺と水無月との一件は仕事上の関係であるし、それ以上にも以下でもない。
といって別にあの日の出来事がつまらないものであるとも思わない。水無月は分からないが、俺としては結構楽しかった方だ。
水無月邸が大通りから見え始め、別れの挨拶を口にしようとした時。
「あっれれえ?これはこれは水無月さんにーー」
遮られた。
その声は、少しだけ高くなったハイトーンボイスでどこか聞き覚えがあった。掛依真珠とは別の意味で恐れている人物、生徒のもので、実の先輩であるというのにも関わらず下級生の俺を「センパイ」などと明らかに物をねだる時の声音で話しかけてくる女。
俺よりもやや低身長、天使のような面持ちで俺のペンネームを校内で知っている人物の一人。
由井香だった。
「センパイじゃないですかぁぁ!!」
そして抱き着いてきた。あの時と同じように。あの時ってありすぎて全部を思い出すのも一苦労だが。全身の重みを背中に乗せ、右腕が動かせない。それは案の定、理性がそうさせているのだ。
要は水無月を編集者としての立場から降ろさせる原因(059話)をそのまんま、同じようにこの商店街の通りでやったわけだ。しかも本人の目の前で。
もし、由井先輩が水無月を編集者から降ろすために、部室にいた俺に抱き着いてきたとするなら相当の性悪の持ち主ではないか。回り回って計画的すぎるというかむしろその能力を別の場所で使ってほしいというところであるが。それは考え過ぎだろうか。
「どうしてセンパイが女の子と二人きりでいるんですかぁ?あれれ、もしかして付き合ってるとかーー?」
やはりその質問か。高校生で男女二人で行動することがそんなにも怪しまれることなのか?別に男女間の友情があったとしてもいいじゃ……ないか。
「違うわ」
そんな俺を代弁するかのように語った、反論した、抵抗した。
「部活の件でやるべきことがあったからこうして二人でいるだけよ」
「変なご想像や妄想は勝手にしてもらっていいのだけれど、あまり噂話は流さないでくださる?本当ではなく、あらぬ疑いをかけられてはこちらもそれなりに面倒だから」
なんときっぱりと俺の目の前で断固として拒絶する。抱き着いてくる俺に対して言っているようで、由井先輩に言っているのだとしてもそこそこ、なんというか心が痛む……
一方、言われた本人由井香はあたかもそれは周知の事実であるかのような風貌で口にした。堂々と、驚きもせずに。
「へえ……なら問題は無事解決したみたいね」
と自分だけが全てを知っている全知全能の神の如く、まるで上から見下ろすかのように聞こえ、その顔は猫かぶりしているようなものではなくなっていた。不自然な笑みを漏らしていたのである。
「ならもういいやーー、じゃあ二人の邪魔をするのも悪しということで、さよならぁ」
一瞬だけ普段の口調、表情が違った由井先輩ではあったが、より一層先輩の正体が気になって仕方が無かった。
「あ、でもセンパイは私のものですからね、渡しませんよーー。水無月さん?」
あたかも千変万化を自ら作り出す姿に怪しみや妖しさを印象付けながら正体は明かさない。
ピエロだ。俺は素直にそう思った。
だから最後に言い放った彼女の言葉も、それこそまやかしのように感じたのも納得できる。
「いや……如月さんかな?」
まるで考えて絞り出した答えのようなその一言に、俺と水無月はそのまま由井先輩が視界から消えるまで立ち尽くすままであった。
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