俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。
082.光っては消えるものと消えないもの ~comet~
満天の星空、自ら発する恒星たちの群れ。いつも空で佇んでいることが当たり前で不思議にも思わない。人間である俺の目に映るものは、見えるものは、変わらず光っていた。学術的には光る、というよりも燃えるとの方が正しいと主張されているが。
恒星、という言葉通り、頭上に広がる星々は常日ごろから恒久的に燃え続けていて、つまりは俺が生きている間にはその灯も消えることはないのだろう。だから俺には何も関係が無いが如く、それこそ夜空の星のことなんて気にかけることなど今までには数えるぐらいしかない。
だが、こうして今、空を覆いつくす綺羅星をその目に映すと、恒久的であるわけがなく一瞬にして真っ黒な暗闇へと溶け込んでしまうのだと、今更ながら痛感してしまう。
「comet、夜空に光り輝く星々か」
彼女は無言で俺を促すように、ただ一言も発さず、目くばせもせず、広がった星を見上げていた。まるでこれが自分が描いていた理想像のように、自身を空へと移しこむように。
すると思いついたように、ふさがっていた口がゆっくりと開いていった。
「本当は、星っていうのはこんなにもうるさくなくて、骨に響くことも無くて、ただそこにあるだけなのだけど」
「光り輝くことは同じ」
「cometもそう。光り輝いて真っすぐに何処かへ向かって、最後には消える。星と違うのはやっぱり『動いている』ってこと」
俺は何も言わなかった、いや言えなかったというのが正しいのだろう。悲しいとも嬉しいとも辛いとも怖いとも違う。
彼女の落ちては流れていく川のほとりの枯れ葉のような言葉はそんな単調な感情で言い表せないような気がしたのだ。この宇宙の果てはどうなっているのだろう、という果てなき悩みを抱えているかのような言い方で、俺はそこでようやく分かったのだった。
どうして今まで無垢だと、純粋だと、純情だと思ってしまったのか。
「人間も何一つ変わりない、そこにあるだけの物じゃない。私はそれを生み出す彗星よ」
眩しいほどの煌めきが頭上で花開き、見入ってしまった頃にはもう跡形もなく消えてしまっている。
「消えて、また生まれる、輪廻の輪。その中から決して出ようとしても出られない。それがクリエイターの末路、通って通り抜けが出来ない一方通行なの」
如月桜という一人の作者は、誰よりも「作るということ」を理解している、俺は率直にそう感じた。とてつもなく広い夢や願望を持っているわけでも、誰かのためという単なる善人になっているわけでもない。
彼女はただ、創作者は儚くて、部品が無いロボットのように壊れやすく、散りやすいものだといつからか知ってしまったのだ。おそらく編集者を自ら切ったことがその所以だろうが、俺には真意など理解できるはずがない。
「俺だって分かっているつもりだ」
それでも、作者は読者の為に存在していたとしても、俺は何一つ自分の意思を貫くだろう。
「一世を風靡して、全国に知らない者はいないというほど名を轟かせても、一つの作品で終わったりはしない。たとえ終わったとしてもそれは世界が終わったと認めているまでだ。俺は決して諦めない、他人に呆れられて、つまらないと酷評されても書くことを止めない」
「私もそう信じているわ、いつだって誰よりも自分が何を生み出そう、そう信じなければ何も進まない。何もない、生まれない沼から出られなくなるだけ、と」
「でも……不安なのは変わらない、どうしたって誰も彼も私の作品に対して興味なんて湧かなくなる時が来てしまう。時代の流れに逆らえないのと同じよ。風潮やその人々の好奇心が一定に保たれることは……ないのだから」
それは変えようがない事実。周期単位で人々の流行対象が変化するように、興味もまた別のものに移り変わっていく。飽きられたものは使い捨てにされる、それは作品だって変わらない、話題やら物議を醸し出しても明日には忘れ去られる。そんなこともあったけか、と。
「不安……不安か。創作者ならいつだって感じているだろうな、『俺の今書いている作品は売れたとしてもそれはいつか忘れ去られる』ってよ」
「掘り起こしてくれる人がいなければ、埋まったままでしかいられない。自分がここにいるべき理由も見つからない」
「そうよ」と諦めたようにいう桜に、俺は問い詰めるわけでも責めるわけでもなく、語った。思っていることを言葉に変換するように、ひたすら自分の胸中を溢れさせた。
もしかしたら、俺はこの為に今まで書いてきたのかもしれないと思いながら。
「だからといって俺は作品を作ることを止めない。たとえ生み出した作品が飽きられそうで誰からも関心を受けられないとしても。俺は書くことを止めるわけにはいかない」
「我が子のように慕っている作品が誰からも興味関心を受けられなかったら、俺は悲しいというより寂しい」
「それでも俺は書き続ける」
「それはどうして?自分も自分が創り出した作品が何もされないことがどんなにつらいか、批評されるよりも痛いか。分かっているはずでしょう」
如月桜も俺と同じように自ら生んだかけがえのない「作品」を子供のように庇う。それは至って不自然でも変でもない。クリエイターとして当たり前の反応。
「だからあんたは書くのを止めるのか?書き続けてきた作品をそこらに捨てるのか?そんなことは育児放棄と変わらない。自分には手に負えないって自分で生んだくせに諦めて、結局他人のせいにして、しまいにはこんな世界に生まれてきた子供のせいにまでする」
「そんな人間に俺はなりたくないだけだ」
「俺はな。あんたがこれをどう感じて思うのかはあんた次第だ。俺には何も出来ない、創作を手伝えてもそれは作ることにはならない。手を貸すことしか俺には出来ないんだ」
黙っていた如月は1つ深呼吸をすると、震えていた掌が静寂に包まれていた。自分が今まで書いてきたことの情熱を取り戻すかのように落ち着きを取り戻していて、それはいつぞやの水無月桜へと戻っていったようにも見えた。
「そうね。悩んでいた私が馬鹿だったわ、こんな単純なことで、どうしてかしらね」
「そいつはきっと悩んでいた、相談したかったというよりかは単に聞いてほしかったんだろう?話を」
「ふっ」と微笑みを浮かべた水無月はもう俺の編集者へと、代わり映えのない前の姿へと戻っていた。
「そういえばあんたが言っていた『興味が湧いてくれる人がいなくなる』ってのはあり得ない話だ」
「?いきなりどうして?」と自然と疑う水無月、冷徹でも蔑むわけでもなくただ知りたいというように訊いてきた。
「俺がいる。たとえ全世界の人間がアンタの作品を忘れ去っても俺は必ず忘れやしない」
未だ、納得がいっていないようで眉間に皺を寄せている。まったく、どうしてここまで言わなくてはならないのだろうかね。
「俺はあんたのアシスタントだ」
満天に広がる夜空を埋め尽くしたのは、唯一淡い青色に染め上げた一輪の花だった。
恒星、という言葉通り、頭上に広がる星々は常日ごろから恒久的に燃え続けていて、つまりは俺が生きている間にはその灯も消えることはないのだろう。だから俺には何も関係が無いが如く、それこそ夜空の星のことなんて気にかけることなど今までには数えるぐらいしかない。
だが、こうして今、空を覆いつくす綺羅星をその目に映すと、恒久的であるわけがなく一瞬にして真っ黒な暗闇へと溶け込んでしまうのだと、今更ながら痛感してしまう。
「comet、夜空に光り輝く星々か」
彼女は無言で俺を促すように、ただ一言も発さず、目くばせもせず、広がった星を見上げていた。まるでこれが自分が描いていた理想像のように、自身を空へと移しこむように。
すると思いついたように、ふさがっていた口がゆっくりと開いていった。
「本当は、星っていうのはこんなにもうるさくなくて、骨に響くことも無くて、ただそこにあるだけなのだけど」
「光り輝くことは同じ」
「cometもそう。光り輝いて真っすぐに何処かへ向かって、最後には消える。星と違うのはやっぱり『動いている』ってこと」
俺は何も言わなかった、いや言えなかったというのが正しいのだろう。悲しいとも嬉しいとも辛いとも怖いとも違う。
彼女の落ちては流れていく川のほとりの枯れ葉のような言葉はそんな単調な感情で言い表せないような気がしたのだ。この宇宙の果てはどうなっているのだろう、という果てなき悩みを抱えているかのような言い方で、俺はそこでようやく分かったのだった。
どうして今まで無垢だと、純粋だと、純情だと思ってしまったのか。
「人間も何一つ変わりない、そこにあるだけの物じゃない。私はそれを生み出す彗星よ」
眩しいほどの煌めきが頭上で花開き、見入ってしまった頃にはもう跡形もなく消えてしまっている。
「消えて、また生まれる、輪廻の輪。その中から決して出ようとしても出られない。それがクリエイターの末路、通って通り抜けが出来ない一方通行なの」
如月桜という一人の作者は、誰よりも「作るということ」を理解している、俺は率直にそう感じた。とてつもなく広い夢や願望を持っているわけでも、誰かのためという単なる善人になっているわけでもない。
彼女はただ、創作者は儚くて、部品が無いロボットのように壊れやすく、散りやすいものだといつからか知ってしまったのだ。おそらく編集者を自ら切ったことがその所以だろうが、俺には真意など理解できるはずがない。
「俺だって分かっているつもりだ」
それでも、作者は読者の為に存在していたとしても、俺は何一つ自分の意思を貫くだろう。
「一世を風靡して、全国に知らない者はいないというほど名を轟かせても、一つの作品で終わったりはしない。たとえ終わったとしてもそれは世界が終わったと認めているまでだ。俺は決して諦めない、他人に呆れられて、つまらないと酷評されても書くことを止めない」
「私もそう信じているわ、いつだって誰よりも自分が何を生み出そう、そう信じなければ何も進まない。何もない、生まれない沼から出られなくなるだけ、と」
「でも……不安なのは変わらない、どうしたって誰も彼も私の作品に対して興味なんて湧かなくなる時が来てしまう。時代の流れに逆らえないのと同じよ。風潮やその人々の好奇心が一定に保たれることは……ないのだから」
それは変えようがない事実。周期単位で人々の流行対象が変化するように、興味もまた別のものに移り変わっていく。飽きられたものは使い捨てにされる、それは作品だって変わらない、話題やら物議を醸し出しても明日には忘れ去られる。そんなこともあったけか、と。
「不安……不安か。創作者ならいつだって感じているだろうな、『俺の今書いている作品は売れたとしてもそれはいつか忘れ去られる』ってよ」
「掘り起こしてくれる人がいなければ、埋まったままでしかいられない。自分がここにいるべき理由も見つからない」
「そうよ」と諦めたようにいう桜に、俺は問い詰めるわけでも責めるわけでもなく、語った。思っていることを言葉に変換するように、ひたすら自分の胸中を溢れさせた。
もしかしたら、俺はこの為に今まで書いてきたのかもしれないと思いながら。
「だからといって俺は作品を作ることを止めない。たとえ生み出した作品が飽きられそうで誰からも関心を受けられないとしても。俺は書くことを止めるわけにはいかない」
「我が子のように慕っている作品が誰からも興味関心を受けられなかったら、俺は悲しいというより寂しい」
「それでも俺は書き続ける」
「それはどうして?自分も自分が創り出した作品が何もされないことがどんなにつらいか、批評されるよりも痛いか。分かっているはずでしょう」
如月桜も俺と同じように自ら生んだかけがえのない「作品」を子供のように庇う。それは至って不自然でも変でもない。クリエイターとして当たり前の反応。
「だからあんたは書くのを止めるのか?書き続けてきた作品をそこらに捨てるのか?そんなことは育児放棄と変わらない。自分には手に負えないって自分で生んだくせに諦めて、結局他人のせいにして、しまいにはこんな世界に生まれてきた子供のせいにまでする」
「そんな人間に俺はなりたくないだけだ」
「俺はな。あんたがこれをどう感じて思うのかはあんた次第だ。俺には何も出来ない、創作を手伝えてもそれは作ることにはならない。手を貸すことしか俺には出来ないんだ」
黙っていた如月は1つ深呼吸をすると、震えていた掌が静寂に包まれていた。自分が今まで書いてきたことの情熱を取り戻すかのように落ち着きを取り戻していて、それはいつぞやの水無月桜へと戻っていったようにも見えた。
「そうね。悩んでいた私が馬鹿だったわ、こんな単純なことで、どうしてかしらね」
「そいつはきっと悩んでいた、相談したかったというよりかは単に聞いてほしかったんだろう?話を」
「ふっ」と微笑みを浮かべた水無月はもう俺の編集者へと、代わり映えのない前の姿へと戻っていた。
「そういえばあんたが言っていた『興味が湧いてくれる人がいなくなる』ってのはあり得ない話だ」
「?いきなりどうして?」と自然と疑う水無月、冷徹でも蔑むわけでもなくただ知りたいというように訊いてきた。
「俺がいる。たとえ全世界の人間がアンタの作品を忘れ去っても俺は必ず忘れやしない」
未だ、納得がいっていないようで眉間に皺を寄せている。まったく、どうしてここまで言わなくてはならないのだろうかね。
「俺はあんたのアシスタントだ」
満天に広がる夜空を埋め尽くしたのは、唯一淡い青色に染め上げた一輪の花だった。
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