俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。
077.明らかに絵面がデートのような気がするのですが……?
夏休み初頭の午後6時頃の今というと灯りが無くとも常に明るい時間帯。それでもなお屋台の橙色のランプが点々と点灯しているので明暗が少なからず生まれている。だからか、屋台が連なった河川敷は何もないそんな土地に活気を溢れさせているようで別世界のようにも見えてしまう。
別世界、または異世界というべきか、この世と一線を画する場所なんて一度も訪れたことなんて無いが。
何か焼いた後の煙が煌々と立ち、風に流されているためなのか、辺りは甘い香りや炭火の臭いが混ざっている。まぁ、いわばこれこそが祭りの醍醐味だ。一風を変えてまた一興というところか。
しかし、良いこともあれば悪いこともあるというのは何処へ行っても変わらないのがこの世の原理というやつで、一興もあれば興ざめもなくはないのである。
いとすさまじってやつだ。
事細かに俺の現在進行形の心情を語ることが必要性がないというわけではないが、そもそも俺がどうしてここまですさまじっているのか。
それは周囲の人間の他にならない。
風情溢れかえる場所だというのに、そんなものはお構いなしのリア充がうやうや蔓延っているし、腕を組みながら屋台の方を指差し白い雲のような物体をねだる女子中学生や、写真投稿をするためなのかカラフルに濁った液体の中に黒い物体が入っている飲み物ーー確かタピオカと言ったか、をひたすら撮影している女子高生が笑い散らかしている。
ギャップという言葉でこれまた一興、いとおかし、なんて言えたら気にもしないのだろうが、残念ながら俺はそこまでの風情の持ち主ではない。
だとしても、それこそ考え散らかすのも興ざめのような気がしてーーしかも現状況の俺にとってブーメランであることもあって、小言を言うのは考えるのは止めることにした。
さて、どこもかしくもいたずらに広がる人々の群れのなかに俺たちは溶け込んでいるわけだが、
「なぁ、なんで俺だけなんだ?」
と俺は訊いた。どうして神無月は呼ばなかったのか、取材ならばあいつもいたほうが為になるのではないか、と。一応言っておくが俺は未だにここへ来させられた理由を知らされていないが、呼んだ理由を考えてみると、「取材」の一言しか頭に浮かばない。
「本当にあなたはデリカシーがないというか、面白味に欠ける人ね」と水無月。ひどくため息を溢した水無月を見ると、これは聞かない方がよかったのだと、内心後悔した。
「おそらくあなたもこれがただのデートじゃないってことはよく分かっていると思うけれど、『取材』よ?」
やはりか。俺はすかさず「それくらい分かってる」と答えた。
「良かったわ、まさか私とデートすることを本気に考えていると思ったけどそうじゃないみたいね、薄々自意識過剰の変態なのかと思って後ずさりしたわ」
「ハイハイ、気になさらんでも俺は一度たりとも考えていませんよ」
「…………それもどうかと思うのだけれど」と虚ろげに応えた水無月。だから俺は何を返せばいいんだって話だ。まさかそこまで気を落とされるとは、この編集者の考えていることはよく分からないが。今のは俺としても女心を理解していなかったのでこちらにも非があるし、謝罪することにした。
「分かったよ分かった。俺の言い方を許してくださいな、その贖罪といっては何だが何か欲しいものとかないのか?」
水無月はふっと切り替えたように「なら、あれがいいわ」とお面が売っている屋台を指差した。面を売る屋台、もっといえば面しか売らない屋台だ。祭りに来て早々、面を被りたいと思っているのなら、この編集者さんはやはり茶目っ気があるものだ。飾っ気のなく、素っ気ない人間だと内心思っていたことを謝らなくてはならないじゃないか。
だから俺は聞いた、本当にそれで良いのか、と。
「?これでいいのか?何か食べるものとか飲むものでもなく?」
「私、まだお腹すいてないし」
時々棘を出すように俺を突き放そうとする言い方で答える水無月。二重人格と言われてもおかしくないんじゃないか。
と、そんなことも言えるはずもなくーー状況悪化させるだけだけだし、それこそ風情を解していないというもので、水無月のセレクトを乞うた。
「どの面がいいんだ?」
キャラクターの面から狐の面まで多彩で種類が豊富な中から水無月が選んだのは黒い狐の面だった。無難に無難を重ねた選択のようで俺は何も思うことはなかったのだが、後々考えたところ、それこそが水無月桜という人間に隠された一面であると分かったのである。
俺は店主に黒い狐の面を指して購入すると、水無月は屋台が連なった道から離れた芝生の上に隠れるように立っていた。
「なんでいきなり離れるんだよ、見失うところだったじゃないか」
「知り合いがいたのよ、もし二人でいるところを見られたら面倒なことになるでしょう?」
少しばかり恥じらいを感じさせながら答える水無月、教室では日常的とは言わずとも平然と話しかけてくるのだが。恐らく格好が格好だからだろう、制服なら生徒全員統一されているが着物は別だ。それに取材で来ているなんて話が通じるわけがないし、もちろん俺たちからも言えない。
まぁ、そんなこんなで屋台から離れたわけではあるが。
「ほら、買ってきたぞ」
俺は面を水無月に渡すと異変に気づいた。
「気づくの遅いわよ、それはあなたが着けるの」
水無月は頭に面を被るほどのスペースがない。どうしたって桜の髪飾りが邪魔になる、外せばもちろんつけられるがせっかく整えられた髪がそれでは台無しだ。
「二人でいてもバレないようにするためよ」
なるほどそんな使い方があるとは思いもしなかったと、面を着けてから思った。
そこまで広くない河川敷に催される屋台の数々に来訪した観光客に加えられ埋没する俺と水無月。その中で着物を着ている女子を隣に歩く黒い狐の面を被った短パン少年。自分でもどうしてこんなひどい絵柄になったのだろうとは思うが……
「なあ、これじゃあ逆効果じゃやないか?」
むしろ被ったことで行き交う俺の知り合いでない全くの他人が二度見してくるし、何あれーー不審者?などと小学生辺りの子供たちに呼ばれる始末。まさか不格好な姿で歩くとここまで注目を浴びることにはなるとは、いや水無月がいるから余計なのか。
「それでも私と一緒に過ごしているということは知られることはないことマシだと思いなさい」
「それって俺のことだけを考えて被らせてるんじゃないんだよな」
あの一件(編集者と縁を自分から切ったこと)を匂わせる発言をしてしまったことに俺は後から失敗したと感じたが、
「当たり前よ」
と逆に突き放してくれるように答えてくれたのは俺としても有り難いと思った。この編集者もさり気無く他人を気遣い、自分が犠牲になることも厭わない性格の持ち主だとはますます敬うほかに無くなる。
「それに、やっぱり予想通りハプニングが起きたわよ」
「どうしたんだ……」と訊こうとした時だった、突然俺の口元に手を当てつけて喋らないようにと先制された。
「ああ!!やっぱりみなだーー、いえーーい✌」
人がごった返す中からピースサインを掲げてこちらに向かってきたのは、先ほど出会い、どうして来ているなどと不躾にも程がある質問をしてきた、
神無月茜であった。
別世界、または異世界というべきか、この世と一線を画する場所なんて一度も訪れたことなんて無いが。
何か焼いた後の煙が煌々と立ち、風に流されているためなのか、辺りは甘い香りや炭火の臭いが混ざっている。まぁ、いわばこれこそが祭りの醍醐味だ。一風を変えてまた一興というところか。
しかし、良いこともあれば悪いこともあるというのは何処へ行っても変わらないのがこの世の原理というやつで、一興もあれば興ざめもなくはないのである。
いとすさまじってやつだ。
事細かに俺の現在進行形の心情を語ることが必要性がないというわけではないが、そもそも俺がどうしてここまですさまじっているのか。
それは周囲の人間の他にならない。
風情溢れかえる場所だというのに、そんなものはお構いなしのリア充がうやうや蔓延っているし、腕を組みながら屋台の方を指差し白い雲のような物体をねだる女子中学生や、写真投稿をするためなのかカラフルに濁った液体の中に黒い物体が入っている飲み物ーー確かタピオカと言ったか、をひたすら撮影している女子高生が笑い散らかしている。
ギャップという言葉でこれまた一興、いとおかし、なんて言えたら気にもしないのだろうが、残念ながら俺はそこまでの風情の持ち主ではない。
だとしても、それこそ考え散らかすのも興ざめのような気がしてーーしかも現状況の俺にとってブーメランであることもあって、小言を言うのは考えるのは止めることにした。
さて、どこもかしくもいたずらに広がる人々の群れのなかに俺たちは溶け込んでいるわけだが、
「なぁ、なんで俺だけなんだ?」
と俺は訊いた。どうして神無月は呼ばなかったのか、取材ならばあいつもいたほうが為になるのではないか、と。一応言っておくが俺は未だにここへ来させられた理由を知らされていないが、呼んだ理由を考えてみると、「取材」の一言しか頭に浮かばない。
「本当にあなたはデリカシーがないというか、面白味に欠ける人ね」と水無月。ひどくため息を溢した水無月を見ると、これは聞かない方がよかったのだと、内心後悔した。
「おそらくあなたもこれがただのデートじゃないってことはよく分かっていると思うけれど、『取材』よ?」
やはりか。俺はすかさず「それくらい分かってる」と答えた。
「良かったわ、まさか私とデートすることを本気に考えていると思ったけどそうじゃないみたいね、薄々自意識過剰の変態なのかと思って後ずさりしたわ」
「ハイハイ、気になさらんでも俺は一度たりとも考えていませんよ」
「…………それもどうかと思うのだけれど」と虚ろげに応えた水無月。だから俺は何を返せばいいんだって話だ。まさかそこまで気を落とされるとは、この編集者の考えていることはよく分からないが。今のは俺としても女心を理解していなかったのでこちらにも非があるし、謝罪することにした。
「分かったよ分かった。俺の言い方を許してくださいな、その贖罪といっては何だが何か欲しいものとかないのか?」
水無月はふっと切り替えたように「なら、あれがいいわ」とお面が売っている屋台を指差した。面を売る屋台、もっといえば面しか売らない屋台だ。祭りに来て早々、面を被りたいと思っているのなら、この編集者さんはやはり茶目っ気があるものだ。飾っ気のなく、素っ気ない人間だと内心思っていたことを謝らなくてはならないじゃないか。
だから俺は聞いた、本当にそれで良いのか、と。
「?これでいいのか?何か食べるものとか飲むものでもなく?」
「私、まだお腹すいてないし」
時々棘を出すように俺を突き放そうとする言い方で答える水無月。二重人格と言われてもおかしくないんじゃないか。
と、そんなことも言えるはずもなくーー状況悪化させるだけだけだし、それこそ風情を解していないというもので、水無月のセレクトを乞うた。
「どの面がいいんだ?」
キャラクターの面から狐の面まで多彩で種類が豊富な中から水無月が選んだのは黒い狐の面だった。無難に無難を重ねた選択のようで俺は何も思うことはなかったのだが、後々考えたところ、それこそが水無月桜という人間に隠された一面であると分かったのである。
俺は店主に黒い狐の面を指して購入すると、水無月は屋台が連なった道から離れた芝生の上に隠れるように立っていた。
「なんでいきなり離れるんだよ、見失うところだったじゃないか」
「知り合いがいたのよ、もし二人でいるところを見られたら面倒なことになるでしょう?」
少しばかり恥じらいを感じさせながら答える水無月、教室では日常的とは言わずとも平然と話しかけてくるのだが。恐らく格好が格好だからだろう、制服なら生徒全員統一されているが着物は別だ。それに取材で来ているなんて話が通じるわけがないし、もちろん俺たちからも言えない。
まぁ、そんなこんなで屋台から離れたわけではあるが。
「ほら、買ってきたぞ」
俺は面を水無月に渡すと異変に気づいた。
「気づくの遅いわよ、それはあなたが着けるの」
水無月は頭に面を被るほどのスペースがない。どうしたって桜の髪飾りが邪魔になる、外せばもちろんつけられるがせっかく整えられた髪がそれでは台無しだ。
「二人でいてもバレないようにするためよ」
なるほどそんな使い方があるとは思いもしなかったと、面を着けてから思った。
そこまで広くない河川敷に催される屋台の数々に来訪した観光客に加えられ埋没する俺と水無月。その中で着物を着ている女子を隣に歩く黒い狐の面を被った短パン少年。自分でもどうしてこんなひどい絵柄になったのだろうとは思うが……
「なあ、これじゃあ逆効果じゃやないか?」
むしろ被ったことで行き交う俺の知り合いでない全くの他人が二度見してくるし、何あれーー不審者?などと小学生辺りの子供たちに呼ばれる始末。まさか不格好な姿で歩くとここまで注目を浴びることにはなるとは、いや水無月がいるから余計なのか。
「それでも私と一緒に過ごしているということは知られることはないことマシだと思いなさい」
「それって俺のことだけを考えて被らせてるんじゃないんだよな」
あの一件(編集者と縁を自分から切ったこと)を匂わせる発言をしてしまったことに俺は後から失敗したと感じたが、
「当たり前よ」
と逆に突き放してくれるように答えてくれたのは俺としても有り難いと思った。この編集者もさり気無く他人を気遣い、自分が犠牲になることも厭わない性格の持ち主だとはますます敬うほかに無くなる。
「それに、やっぱり予想通りハプニングが起きたわよ」
「どうしたんだ……」と訊こうとした時だった、突然俺の口元に手を当てつけて喋らないようにと先制された。
「ああ!!やっぱりみなだーー、いえーーい✌」
人がごった返す中からピースサインを掲げてこちらに向かってきたのは、先ほど出会い、どうして来ているなどと不躾にも程がある質問をしてきた、
神無月茜であった。
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