俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。

薪槻暁

076.温かな掌と群青色の桜

 到着してからはすさまじいものだった。




『今日ってこんなに人が来るの~~?』


『人多すぎじゃないか?』




 俺も周りの人間と同調せざるを得ない、それほど人が多い。ただの田園なのでそれほど大規模というわけではないが、それでも喩えるとするなら新宿ど真ん中に位置するスクランブル交差点のように縦横無尽に人が歩き回っている感じだ。まぁ、むしろ規模が小さいために人があふれかえっているというのも否めないが。




 夏祭り、正式名称は田土手夏花火大会であるが、この田園風景の土地にお金を落としてもらう格好の機会に当たる。


 しかしまぁ開催される場所が最寄駅から遠いし(徒歩30分)、道が少ない(車道が三本しかない)と問題は多々あるが、それでもこんな観光客が来るというのはそれなりに有名であるからというのもあるのだろう。ついこの前、テレビで「全国花火特集」なんて番組でも取り上げられたし、少なくとも前年よりも今年の方が来場客が増えている。




 打ち上げ場所は河川敷であるため、土手沿いに屋台やらレジャーシートやらが満遍なく佇んでいるし、ようやく土手に登り詰めた俺は人だかりのために疲弊してしまった。




「ねえねえ、この後どこ行く?」


「えーー、そうだなぁ……じゃあ、リョウが食べたいものとかどうかな?」




 土手を歩いていると横を通り過ぎるカップル、そうだ、俺は仮にこんな光景を見たとしても何も得るものは無いと食わず嫌いをしていたのだったが、今振り返ってみると俺自身もその一人、一部分として加わってしまうのか。本当に将来何が起きるか分からないものだ、と思いつつもそんなことは無いのだろうと胸の内でほくそ笑む。


 自身の過去と現在が矛盾する中、本当の自分が何処にあるのか見失いそうになる。子供の頃に決めた守らなくてもいい決め事を頭の中から捨て去るように、それを過去へと受け流す。


 どうしてあの時こんなことしていたんだろう、と思い出す記憶へと移すために。


 いやしかし、ここまで感傷的に浸るというか、まるで昔懐かしい懐古の記憶を哀愁漂く思い出すのは、まだいささか年齢が幼すぎるというもので、かの有名な哲学者に言葉を借りてこの場を占めようか。


ーー慣習とは反対の道を行け。そうすれば常に物事はうまくいくーー




 そんなわけでどこか区切りをまるで付けたように納得した俺は、出会うべきその人物ーーこの場を招待状ならぬ招待場を設けた当該者がどこにいるのか、辺りを見渡すのだが…………




「これじゃあ分かんねえって!!」




 無造作に動き回り絶え間なく入れ替わる人の群れの中でただ一人を探すなんて、畳の中のノミを探すのと同等レベルの至難の業だ。いやそれは言い過ぎなのかもしれないが、取り敢えず中々に難易度が高い。


 だからといって俺はこのまま行く当てもなく徘徊するというのも悪影響になりかねないし、俺はズボンの右ポケットに手を突っ込みスマホを取り出す。




「こんな時に役に立つとはな」




 俺と水無月の編集者問題に区切りがついた時に交換した連絡先ーー水無月の電話番号を知っているのだ。スマホの電話アプリを起動し、水無月のものを数少ない連絡先から探していると何やら辺りが騒がしくなった。どうやら土手の下に降りた先、さっき俺が登ってきた田道に注目が浴びさせられていた。


 誰か有名人でもロケバスでも来たのかと俺は思ってもみたが、そこまでの規模の大きさでそれはないだろうと却下しては、いやもしかしたら可能性はゼロではないことを考えたら、と混迷していると逆に好奇心が溢れ返ってしまいそうになる。


 だから、俺は人の群衆を掻き分けてやっとのことで人混みから顔を出し、民衆の目線の先に出した。


 土手の下にあったのはなんと、車だった。しかもワゴン車。


 人が右往左往している道へ無理に侵入してきたこの車は。軽自動車ではなくワゴン車、歩道を埋めるように土手の下で居座っている。


 洪水のように人が溢れかえっているようだが、どうやら歩行者が通れないらしい。


 全く、だからこう迷惑ばかりかけて、かけられる場所は苦手なんだが……


 俺はワゴン車が到着していることに集中してしまい、手元に握っていたスマホのことを忘れていた。ふと我に返ったように画面を見てみるとすでに回線がつながっていたようなので即座に耳元に画面を当てつけると、




『今到着したわ』




 一言冷水のようなものを浴びせられた。




「俺もとっくに到着してる。で、どこにいるんだ?」




 『土手の下』と返答。今到着したことを考えると、さっきのワゴン車の話でもするのだろうか。『なぜこんな場所に車で来るのかしら?効率というものを知らないのかしら』、なんて話をとりあげて。


 だがしかし、そんな俺の予想もことごとく散った。


 『あっ見つけたわ』と言葉を残してから突然電話を切られたので俺は水無月がいるであろう土手の下を眺めるとワゴン車の中から一人の少女が現れた。


 土手はそれなりに高低差があるので下にいる人々の顔まではよく見えないが、少女は青い着物をきている。基調は深い青色の着物。土手の上に繋がる道も未だ混んでいるというのに、側溝のコンクリートブロックの上を歩きながらこちらに向かってくる。


 ん?ちょっと待て。


 違和感を持たなくてはいられなかっただろう、何せ水無月が回線を切った後にこの、こちらに向かってくる少女は車を降りたのだ。


 ということはつまり…………




「はぁっ……はあっ…………やっぱり下駄で歩くのは疲れるわね」




 普段の長い髪は頭で小さくまとめられ、桜の花びらがまとまった髪飾り、深い青色がベースで所々に朝顔が描かれている、いやそこは名前の通り「桜」じゃないのか。




 足元を見れば下駄を履いており、これでは俺がまったくの場違いだ。


 俺の脳内をどうやって見破ったのか、考え事をそのまま的中させられた。




「ねえ……いくらあなたが無粋な人であるとは知っていたけど」




 だから俺は言われる前に答えた。




「悪いな、Tシャツに半ズボンなんて小学生のような恰好をしていてよ」




 「いえ……」と言葉を濁す水無月、今思えば俺もそれなりにコーディネートぐらい考えてくるべきだった。一応取材の一環として。




「じゃあ、行こうぜ」




 俺は不愛想な格好であるのに手を差し出す、今思えば断られても仕方がない話だとは思った、何せ不釣り合い過ぎて天秤が壊れてしまうのではないかというほど俺と水無月とは似合わなかったからだ。




 それでも、




「いいわ、行きましょう」




 断るという意味の「OKいいわ」ではなく、受け入れるという意味合いで、水無月は俺の差し出した手を繋いだ。初めて握った掌の感触は丸く柔らかく、自分の手を触れていては分からないであろう感覚だった。


 温かく包まれた俺と水無月との掌は繋がれたまま、




 会場の真っ只中に入り込むことになった。

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