俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。

薪槻暁

075.いきなり我が身とは関係ない祭事に関わらなくてはならないようですが……?

 水無月が俺の担当編集者に戻った記念に二人で夏祭りに行くというのはいかがなものか?


 そんな離婚したてのカップルが数日足らずして寂しさを抱いて再度付き合うなんて話は俺にとっていつまでも関係の無い話ではあるが、今まさにその理想像が崩れかかっている。いやしかし俺は二人だけ、女性と一緒に過ごすというデートにしか見えない所業をそこまで嫌っているわけではない。


 だからといって好んでいるわけでもないと、曖昧な返事しか出せない俺は、色恋沙汰なんてテレビや本の向こう側とばかりに、いつまでも自分に関りが無いと諦めていたのだろう。何せ勉強だって基礎的な知識は教えられる程度だし、運動だって何の変哲もない記録をたたき出すぐらいだったからだ。


 勉強は偏差値が高い奴が教え、運動能力や特技がある奴はそれだけでステータスになり、女子達はそういった外面やら数値しか見ない、まぁ俺にもそれは腐るほど理解できたが。要は自分のランクが高まるからだ。自分の彼氏がこういった人物だ、なんて他人に自慢話が出来なくては居ても立ってもいられない人種なのだ。


 ゆえに俺は彼氏彼女らがうろうろ徘徊しているような夏祭りなどの祭事に自ら足を踏み入れることはまずなかった。あったとしてもそれは旧友である坂本から誘われて行ったことしかないだろう。外見しか見ないような人間と共に過ごすことなど俺もその一員になったように思えて嫌な気しがしてならなかったのだ。


 坂本も俺ではなく違う誰かを誘えばいいんじゃないかと提案したこともあったが、それじゃお前は引きこもるだけだろうとなんと社会で生きる術を教えるがごとく俺に説教をしてくれたのだった。




 まぁ、こと細かに祭事なる夏祭りをまるで因縁を付けるように語ってきたわけだが、どうしてこうも長々と論じてきたのか?


 それは現在の俺が歩いている場所がその解決策に最も近いのだろう。


 俺がたらたらと熱い午後5時という夕刻に歩いている場所、それは田田園駅から三駅ほど離れた田土手駅から徒歩10分のところだ。周りを見渡せば田畑と住宅街が点々とするだけでそれ以外は何もない。そんなド田舎の田道を歩いているのだが。


 人が多すぎる‼


 どうしてここまで多いのか、と思わなくてはいられないほどの人の群れ。どこかのテーマパークの入園前の光景かよ、と勘違いしてしまいそうだがここはただの農道。何の変哲もない道。ならどうしてこんな辺鄙な場所に人が群れているのか。




「ねえ、あとどれくらいで打ち上げ始まるの?」




 「あと数分ほどじゃないか?」と彼氏らしき男が答える。




 そう、今まさに俺が行こうとしている場所は何度も毛嫌いし、絶対に行くことはないと決意をしたはずの因縁の場所、夏祭り、に来ていたのだ。しかも俺はこの後、現地で水無月と落ち合うことになっている。言っておくが俺と水無月との間に新しい関係が芽生えたとか、新たな想いやら感情が生まれたわけでもない。あいつはただ俺に淡々と淡白にこう言ったのだ。




「明日、夏祭りがあるのだけど、あなた暇?」




 俺は水無月家にお邪魔していながらも、紙上における赤印を訂正していた。何を言っているんだ、とお思いになるかもしれないが、一言で言い表すと。編集していた、に尽きる。


 作家が物語を構想している最中に話しかけられると一体どうなるのか。どうなるのか、と予想することでもあるまいが、結局、俺は水無月が何を言い出したのか全く耳に入ってはいなかったのだった。


 だからただ俺は聞かれたことに対して「あ、ああ暇だ」と雑に返答したのだが、それを聞いた水無月は当然ながら、




「分かったわ、じゃあ明日現地で会いましょう」




 と吐き捨てるように俺の言葉に応じたのだった。まぁ、この編集者のことだから取材やら己の仕事のために行くのだろうと俺は諦めて乗じた、ということだ。




 そして今に至る。




「ったく、またあいつは俺の使い勝手が荒いんだよな……」




 はぁ、と溜息を溢しながら歩く俺、当然のことながら見知らぬ周りの人からは慰めることもないのだろうと、この場特有の心地に気を抜かれていたのだろう。


 肝を抜かれるって感じに。




「どうしたの?マガト?」




 驚かされた。


 我が肝臓を引っこ抜いた……わけではなく、ただ平然と俺の横を歩いていただけの人物、神無月茜だった。人が多すぎて知っている人がいないだろうと、過信していたのだが、まさかこんな鉢合わせがあるとは…………


 というか、度肝を抜かれるってどんな表現だよ。




「って、まさかマガトが来るなんて思ってもみなかったよーー、何でまたこんな人が多いところに?」


「俺が来てはいけない理由でもあるのか?」 


「ううん、マガトなら『こんな面倒な場所に行くわけない』なんて言いそうだなって思ったの」




 なんと俺の今まさに考えていることを言い当てるとは、やるな。しかし知ったかは良くないんじゃないか?俺を誘ったのだから、神無月もまた水無月に誘われているのだろう?




「そんなこと言ってよ、神無月も同じ奴に誘われたんだろう?」




 そこで俺は瞬時に何かがおかしいと感じた。それは神無月がまるで訳が分からないとでも言いたげに首をかしげていたからだ。




「?そんなことあるわけないでしょーー?だって私はいとこに呼ばれたんだよ、マガトに関係があるとは思えないし、別の人と間違えてるんじゃない?」




 嘘をついているようには到底おもえない純粋な顔で答えた神無月に俺は疑問を抱くことは無かったが、代わりに水無月に対して嫌な予感というのがしてならなかった。どうして俺だけなのか、と。


 すると、いつの間にか神無月の姿も何処いずこに消えてしまい、挙句の果てに、俺は再び一人、歩くことになった。

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