俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。

薪槻暁

074.後日談ではない後日談 

 後日談……なのだろうか。もし、そうでないとしたら恐らく水無月、いや如月桜との決裂が解消されたことに結果には至ったのがあの日(前話)であるのならばそれはそれで後日談と言うことになるのだろう。いやしかし、それはそれ、つまるところ、これはこれ、というのもあり得る話なので終わったと思いきや、また何か俺が思う面倒事が始まってもおかしくない話なのである。






 結局、水無月と俺は元の担当編集者、作者という関係に戻り、神無月のイラスト修行にも携わることになった。水無月がこれほどまで編集者という立場を拒んだのは彼女にとって幾度となるトラウマがあったからなのだろう。作者である今でもその後悔を抱いているというのに、原因となった編集者にもならないとなるとトラウマに拍車をかけることと同類のようだった。




「ふーーん、で仲直りしたってことね、良かったじゃんかーーコングッラチュレーション」




 前回と同様に水無月の担当編集者である明嵜和音と某レストランで談話している。俺にとっては談話ではなく、臨時報告ならぬ最終報告ではるが。


 この場に俺と明嵜の二人で話し合うことを提案したのははたまた俺だった。水無月の住所を教えてもらえなかったら問題は解決しなかっただろうし、この人にも感謝しなくてはならないと俺の良心がそう働いたのだ。




「何もしなかった明嵜さんに言われても嬉しくないんですけどね」


「そんな言い草ないでしょうよ。ほら、如月先生水無月のpnの居場所とか」


「それは有難かったんですけど、彼女風邪ひいてたんですよ。担当なのに自分の作家の健康状態すら把握していないって少し無責任のような気がするんですが」


「それは、ねえ、私も悪かったと思っているよぅ(๑´ڤ`๑)テヘ♡」




 全く責任感のない編集者、どうしてこうも作者と編集者のバリエーションがあるのか。




「んでんで、と言うなんてどうしたの?したの?MA・SA・KA、付き合ってしまったとか……?キャーーーーー吊り橋効果!!」


「意味履き違えてますよ、明嵜さん。それとそんな関係になったことも今から過去に渡ってあるわけないですよ……まあ、そう見えなくもないこともしてしまったのは事実ですが……」


「そっか。それで……結局のところ掛依真珠さんを辞めさせたのはどんな理由だったわけ?」


 急に無尽蔵に真顔で話を切り替えようとするこの編集者は、やはりさんが似合いすぎて笑えない。というかどうしてここまで急激に自分の感情を切り替えられるのか、不思議で仕方ない。むしろ怖いくらいだ。




「それは直接あいつの口から聞き出しはしませんでしたけど、大体は分かりましたよ」




 アドバイザーでもある担当を辞退するように追いやった、傍目はためでは職を解するように命じる非道な会社員のように見えるが、それは違う。




「たぶん救いたかったんでしょうね」


「周りで責められている誰かが他人じゃなかった、という意味ではなくて、ただ助けたかったんですよ」




 ハテナマークを頭上に掲げる明晰、予想通りだ。




「掛依先生の陰湿な性格が天才派の水無月と不釣り合いのほかなくて、それを気にくわない奴が噂でも流したんでしょうね。だから自分の作品を幇助ほうじょしてくれた代わりとして自分を代償に、庇ったんですよ。『気に入らない奴がたとえ自分の担当だとしても問答無用に縁を切る如月桜』として」


「そうすれば噂の種もそっちに向かうだろうし」




 そっと口を開く明嵜の姿を見る限り何か心打たれるような、驚くような目をしていた。




「つまり……自分が敵役、疎まれる人を振舞うことで掛依さんを敵視させないように仕向けた、そういうことだよね?だよね?」




 だから確認を、自分が考え出した結論が俺のものと相違ないのか訊くのは不思議でも何でもなかった。




「その通りです」




 ただそれでもひとつだけ心残りがあったようで。




「でも……だからといってどうして如月さんが編集者として戻ってくることになったの??」


「『同じ過ちを繰り返すな』、そう言ったんですよ」


「どゆこと??」




 無論、俺には掛依真珠という編集者とは関わりもないし、その時の水無月桜とだって縁も欠片もない。


 だから今の俺とあいつ水無月であり如月でもある、彼女と何ら関係が繕っていないのかといえば、


 そうではないのだ。


 自らペンネームを明かし、俺の作品を赤い文字で染め上げ、羽虫のようだと俺を見下した水無月なる如月桜の記憶が俺には刻まれている。




「掛依という編集者を辞めさせ、何らかの因果かのように次は自分がその編集者という立場へと移った直後、俺のあの一件が起こった」


「言いたい肝心なことは、誰にも相談せずに一人で突っ走るなってことですよ」


「目の前に編集者がいるなら、作家がいるなら、そいつに相談する。当たり前のようであいつにとって当たり前じゃないことが出来なかった。だから俺が、同じ過ちを繰り返すな、そう言っただけです」




 満身創痍という言葉がある。身体中が傷つけられ、または精神的に苦痛にさせられる意味を持つそれは、きっと彼女にそっくりなのだと思う。


 誰にも相談できず、誰かから痛め付けられている実感もない。それでも無意識に自分や他人に苦しめられているように感じてしまう。




「やっぱり曲谷君が正解だったようだね」




 ぼそりと溢した明嵜の言葉にはどこか含みのある言い方のようで、




「何も俺だから解決したわけじゃないですよ、もし俺の代わりとして別の作家が存在していたら、そいつがきっと解決策へと導いているはず、もしかしたら悪化する前に早いところ片をつけていたのかも」


 と反論するが、疑問を微笑でかき消すように「そうかもね」と有耶無耶にするように話を終えてしまった。




 ところで。


 俺が水無月の自宅を訪問した後、夏休みだったこともあって毎日のように顔を見せた。水無月本人には事あるごとに断られたが、両親が日中殆ど外出していたために看病をしていたのだ(つもりではある)。ここまで気付かなかった自分への贖罪だったのだろう、女子の家に理由が作れて入ることが出来るなどと浮ついた気持ちは一切なかった。


 だからお返しなど俺には当然必要なかったのだが。


 しかし完治した水無月はどこかネジでも外れたのか、聞き捨てならないこんなことを唐突に言ったのだ。




『看病してくれた代わりに私と祭りに行ってもいい権利を与えるわ。使うか使わないかはあなた次第だけど、もし使用しなかったら処刑ね。あなたが』




 使う一択しかないじゃないか。


 いやそもそもお返しというのは相手に非があるものを贈るということなのだろうか。なるほど「お返し」というのはの意味もあるだろうが、それは俺が水無月へと与えたダメージでもあるのか(思い出したくない記憶を漁ったこと)。


 だがこちらに選択権が無い以上、従うしかない。


 ゆえに、今現在夏休み初盤、明嵜さんと話している翌日に地元の夏祭りへと行くことになったのだ。




 心底、腹底、ありとあらゆる底から思う、なぜこうなったのか、と。



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