俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。

薪槻暁

072.錯交する水無月桜と曲谷孔の想い final days continue...

 通学路の一部であり、最寄り駅にも繋がるメインストリートに面する堂々とした風貌の家、というより屋敷だ。どうやらそれこそが俺が探している物件らしいのだが、芝生がコンビニの敷地と同程度の面積を占め、その二倍近くが屋敷全体の敷地面積であるらしい。


 街道の途中に位置する水無月桜の自宅屋敷は、アパートが連なる道中、この街随一と誇張しても憚られないほどTHE屋敷感満載な彼女の自宅は周囲の建造物との違和感もさながら異端としか見えない。いつもながら登校途中に通り過ぎ去る道ではあったが、何の気もなしにただ歩いていただけでは全く気付かなかった。




 入口であるらしい「水無月」というコンクリート製の表札が掲げられている門がメインストリートに面するように閉まっている。門というのも通り抜けが不可能なほど鉄柵がこと狭しに並んでいるし、その全長は俺の背丈をゆうに超え、250cmはあるだろう。言うまでもなく豪邸だ。


 どこからどう入ればいいのか分からなかった俺はふらふらとストーカーが家の周囲を歩き回っているような気味悪い動きをしてしまった。言っておくが実際には周っていない、落ち着きがないってだけだ。


 案の定、俺が会いたい人も気味悪がったのかインターホンがないのにも関わらずどこからか声を漏らしてきた。




『そこでうろうろ徘徊しているのなら今すぐにでも警察を呼ぶわよ』




 くぐもった声ではあるがそれは正真正銘聞き覚えがあり、間違えようのない嫌々ながらも答える水無月桜の声だった。彼女の言う通りどこから入るべきかさっぱりだったので入口はどこか、と問うと微動だにもしなかった鉄柵なる巨大な門が左右に広がっていった。


 これじゃ分からないのも無理も無いだろ……


 思わず愚痴を溢してしまったわけではあるが今まで姿を現さなかった屋敷の全貌が目の前で明らかになったので俺はひとたび息を呑んでいた。


 屋根は平たいわけでも尖っているわけでもないが特徴的なのは、屋根と思しき場所から小窓があることだ。しかも1つではなく4つや5つほどある、恐らく小部屋が屋敷中にあるのだろう。壁はレンガ式で塗装されているようにも見えない、屋敷の二階中央部には一軒家のベランダほどのテラスがあり、いかにもゴージャス感満載である。




 そういえば門に入るまでは気付かなかったのはどうやら庭に二本の大木が植わっていたからであるらしい。今はちょうど夏へと向かい始める季節で(というか夏本番のような気もするが)、高々と立つ大木は無数の葉をつけていたので、ちょうど家が葉で隠されて見えなかったようだ。


 門をくぐりそのまま真っすぐ進んで行くと屋敷の入り口、中央扉に辿り着いた。案の定、扉も俺の背丈よりも少し高いほど(200cmぐらい)の大木が基調でドアノブは木彫りで作られたらしい。一体感がある巨大扉にはいくつもの装飾が成され、貴金属が惜しいことなく使われていた。


 勝手にドアノブを捻るのも厚かましいかもしれないが、それでもこの扉の前で突っ立っていたら不審者に見られてもおかしくはないし、俺は申し訳ない程度の強さで扉を拳で三回ほどノックした。


 この時の俺は早くあの編集者に会って話をしなければならないという焦燥感に駆られていることも、話しかけるのが久しぶりで緊張していることもなかった。会って話さなければならないことには変わりはないが、俺は知りたかった。どんな思いを抱いて今を過ごしているのかを。




 だから扉の向こうで「入っていいわよ」と屋敷内に入ることを許可された時、俺は溜まった唾を呑み込み、和解でもない話合いに決着をつけようと、そう決心した。






 水無月の実家を訪問した俺は水無月の指示通り、何事もなく入口から二階に登っていき、外から伺えたテラスへと誘われた。外の景観を一望できる二階のテラス(バルコニー)は部屋から突起しているかのようで周りがガラスに覆われている。水族館で自分が水中にいるように感じてしまう、アレ(水中トンネル)の大気版らしい。


 俺と水無月はガーデン用の白い丸テーブルを挟むようにアルミスタッキングチェアに座った。




「今日は母は外出しているわ、出張……と言っていたから夜遅くまで帰ってこないわ」




 この豪邸屋敷に二人きり!?なんだかお決まりご都合主義展開なのがいささか目に余るのだが、




「と言ってやましいことでも何か考えたら即警察を呼んで懲役刑にしてもらうから覚悟しなさい」


「覚悟しろと言われても一ミリたりとも考えちゃいないから覚悟するまでもないんだが……?」




 ま、勿論嘘ではありますよ。考えていないわけないじゃないですか。むしろ健全な男子高校生ほど想像してしまいますよ。




「それはそれとして私に魅力が無いと堂々と主張しているようにしか思えないのだけど……まぁいいわ、羽虫に誉め言葉を言われたところで何も嬉しくないから、今日のところは許容するわ」


「なんだか俺が言ったことをそのまま跳ね返されるんじゃなく、カウンターを突きつけてきているようにも見えるが」




 「そうよ」と水無月。しかしながら自宅でも高校でも変わらぬ話し方、こいつはどこにいても自分の生き方は曲げないタイプにしか見えない、だからなのかチェアに腰を下ろして早々開始される話題がどこかなつかしく心躍るが、彼女の方は普段の調子ではないようだった。 




「で、その恰好はどうしたんだ?なんだか本調子じゃないように見えるが」




 額に冷えピタ、顔にはマスクを覆い、体は瞬時に着替えたのか皺が寄ったTシャツと長ズボンを着ている。




「見て分からないの?風邪よ、ああこうしなくてはならないのね。ゴッホゴッホゴホゴホ、ゲホゲホ」




 風邪を引いているにもかかわらず、らしくない服装(半袖Tシャツに長ズボンという微妙なスタイル)に俺は水無月らしい思案に呆れてしまう。




「わざとらしいのが逆に信用を失うぞ、水無月。棒読みで咳をするか普通」


「ふん、言葉で伝えられないとは分かっていたけれど別にいいわ。信用しなくたって……」




 そっと意識が遠ざかるように声も消えかけた水無月はぐったりと椅子に背をもたれかけていた、小刻みに両肩が上下しているところを見るとどうやら呼吸が速くなっているらしい。俺は椅子から立ち上がり水無月の右肩をゆすろうとした刹那、人間とは思えないほどの熱を帯びていた。




「お、お前本当に風邪ひいていたのか!!」




 息切れをしながら絶え間ない呼吸の繰り返しとともに言葉を漏らした。




「だ……だから言ったじゃない、はぁ……熱いわ」




 当たり前だ、通常の体温を遙かに超えている。ホッカイロを長時間そこに触れさせていたのではないかと思ってしまうほど熱を帯びている水無月の腕を掴み、リビングのソファーに連れていく。重い足を動かしてようやくのこと辿り着いた水無月は自身の体をぐったりとソファーに乗せ、自然と楽な姿勢を取るために横になった。




「どうして悪化するまで言わなかったんだ」




 近くにあったブランケットを手に取ると彼女の体にそっとかける。




「言わなくてもいいと思ったから言わなかっただけよ、言ったとしても他人に迷惑をかけてしまうから」




 本当にこの編集者は分かっていない。感情に身を任せて言いたい放題に言ってやりたいが、水無月の具合を考えると悪影響しかないので俺は落ち着いて喋ることにした。




「迷惑か……ってどこが迷惑なんだ?」


「どこって担当の明嵜さんには〆切が追いつかないかもしれないと思われてしまうし……それに神無月さんやあなたにも」




 押し殺す感情、爆発するこの想いはきっと俺や神無月が抱いていた想像通りの言葉を彼女から聞けたからなのだろう。




「なぜ俺の名前が出てくるんだ?もう文芸部には来ないって話じゃなかったのか?これ以上関わらないようにってな」


「そ、それは……」




 珍しく反抗してこないのは熱の影響もあるのだろうが、それも加えて別の要因があるのだろう、恐らく熱がその触媒となって彼女に言い易くさせているのだ。俺として他の要因が関わってきて納得していないという自分勝手な感情もある、なんともエゴイスティックなのだろう。




「でもあなたは私が編集者として戻ってきて欲しいと言うためにここへ来たんじゃないの?そうでもしなければ私の住所を知るために明嵜さんにアポを取るなんてことはしないはずよ」




 渦のように頭と胸の中で抱く想いが錯交する。夏休みまで残るところあと何日だろうか、俺に残された機会はどれくらいだろうかと何度も、そう何度も思い悩み続けた。


 それは俺自身の為に、誰かをただ救いたいなんて自己満足に浸ったり、どうして人一人ぐらい説得できないのだろうかと自己嫌悪に陥ることでもなかった。


 幾つもの重なる想いと願いとが混ざり合う中、俺が選んだ言葉は




「逆だ」




 ただ一言それのみであった。





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