俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。

薪槻暁

071.夏休み一日前だというのにお先真っ暗なのですが……? final days

 夏休み一日前。


 一日前、とどのつまりこれが俺が高校に行く最後の機会、曜日となった。と言うともう卒業式を迎える感動的シーンのように、まるで生き別れるように見えてならないが、そんな事実は一つもない。ってか、ついこの間、入学してようやく華の高校生活を迎えたばかりだし。


 そういえば余談ではあるが「ついこの間」って言葉の使い方が気になって仕方がない。校長先生やら、お偉い政治家のような少し年老いた人たちはこの言葉を一年前のことでも使ってくるし、いったいどこからどこまで「ついこの間」なのか、世間話をするおばあさん方も乱用しているようだが自覚症状はあるのだろうか……




「ねえ、いきなり語りだすのはもうやめようよマガト」




 俺の持論に似たに聞き飽きたのはどうやら入学したての頃から知り合いであり俺の作品のファンである神無月茜である。とある一つの言葉に対してブーイングしていた俺に呆れていたのは事実であるが、夏休みまでの日数を数えていることは決して口にしていない。ちょうど「余談だが……」の辺りから俺は独り言のように呟いていたのだ。




「すまない、俺であり日本国民が使っている母国語に対して異論を投げたかっただけなんだが」


「異論というよりもそれはただ野次を飛ばしていたにしか見えないんだけど」




 なるほどつまり俺の言う通り、ブーイングということか。




 現在時刻ーー昼休みの真っ只中……とここで現実世界との乖離に気付いてほしい。明日から長休暇、すなわち現役高校生たちが待望する、その名も夏休みであるのだ。一般的な高校であるのならば終業式を開き通知表などという現実を押し付けるだけだとしても午前中で終わるはず。


 が、何故か異世界の中枢なのかそれともその一端なのか知らないが、この山が丘高校は午後まで授業を行うらしい。




「おかしい……これは何かの間違いだ。そうだ俺が間違っているんじゃなくこの……」




 「世界が」と言いたかった、過去形ということは無論誰かが言わせないように俺の言葉を阻んだ、というわけだ。考えるまでもなく神無月だが。




「ぐちぐち言ったって無駄だよーー。何を言ったって授業を取り消してもらうなんて私達には出来ないんだからさ」




 ふむ、そうではないんだな。それが。




「いやではないぞ?少なくとも小説である俺にとってシチュエーションと経験は必要なのだ。つまり最低限、その糧となったわけだ」




 眉間に皺を寄せてさぞ納得がいかないと言わんばかりの神無月であるが、不満を爆発させないように留まった。




「う……それなら否定はしないけど……」


「ならそれはそれでいい」 




 とふっと息を吐きだしてから神無月の方を再度見ると、普段の調子を取り戻す。




「で、話を変えるが今日は来れないんだな?」




 ただ蒸し暑い空気と生ぬるい空気が混ざり合っているだけの教室に俺と神無月はいた。いつも俺だけでなく生徒全員が考えていることなのだが教室に冷房機を設置してくれないものか。このまま、もし夏休みが無いまま授業なんてあったら灼熱地獄並みの室温だ。あ、三年になったら補講とかなんかで高校に来なくてはならないのか。なるほど、終わった。


 とにかくそれぐらいの暑さの教室の中で、俺と神無月は共に昨日と同様に俺の席の傍で話し合っている最中ということだ。




「うん、行きたいのは山々なんだけど今日は外せない用事があって……ホント申し訳ないけど」




 どうやら神無月は水無月の自宅に行けないようだった。先日明嵜から教えられた貴重な情報、水無月桜の住所。俺は夏休みまで日にちが今日しかない、つまりは夏休み前授業最終日に訪れることになっていた。




「別に構わないが、何か言いたいこととかあるか?あったら伝言でもするから、言ってくれると……」




 「助かる」と言おうとした時だった。ふっと俺の目線の先から姿を消したと思いきや俺の顔の横で涼やかな風が吹き去り、こそこそと小さくこそばゆい声で俺の耳に話しかけたのだ。


 普段通常に生活していれば近づかないだろう距離と間合いに俺は後ずさりしようとするが、神無月の伝えたい言葉によってそんな意欲は消え去った。




「ふっ。分かったよ、千篇一律何一つ言葉の抜け漏れなく、そのまま伝えてやる」




 と微笑を入れながら俺は応えた。




「せんぺん……なんとかかんとか?」


「ああ…………つまりは神無月が言ったようにそのまま伝えてやるってことだ」




 「ああ!!」と合点何度も首を上下に振って納得した神無月。これで全てが解決するとも、解決する自信も100%あるわけではないが、きっとあいつ水無月が編集者に戻ってくる、そう信じている。


 水無月との関係を取り戻すリミット、最終日に決意をより一段と固めた。




「おいおいおいおい!!あいつら何で内緒話してんだよっ」


「いや、あれは曲谷がきっと神無月さんに仕向けたんだろ、また何かの魔術なんか使ってやったんだろ!?まこっち先生にしたのと同じ方法でよ」




 俺と神無月の会話を盗み見していた教室内の男子生徒たち(まぁ人がいるまで堂々とナチュラルにリア充めいた行動をとってしまった俺にも罪はあるが)は教室のあちらこちらで叫び声に似た掛け声を反芻させた。


 何故だろうか、日に日に教室内で受ける俺の印象は下がるばかりだ。別に気にしてはいないが何一つ問題なく平凡な高校生活を過ごしたい俺にとってこの状況は願ったものとまったくの真逆だ。つーか魔術なんて使えるわけがないだろうと誰にも伝わらない意思表示を心に抱いている俺は、




 どちくしょううぉぉぉぉ‼‼‼‼




 と、誰にも届かない声で呟くことでしかこの晴れない感情を決して捨て去ることは出来なかった。



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