俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。
064.八方塞がりなのですが……?6days
水無月桜は周囲のクラスメイトや教員には冷めた対応をしている。そんな評判がいつの日か校内に渡っていた。まだ高校に入学したばかりであるのに、誰か、彼女の中学の同期か、そうでないただの他人によって広められたのかは定かではなかったが、広められたという事実だけはいつに経っても消えなかった。
教室内における言動や行動が原因の一つであるだろうが、やはり何と言っても彼女の完璧を追求した姿や風貌が最もだろう。近づきがたいオーラ、というのかよくよく考えてみればそんな超科学的なことは有り得ないと思うのだが、過ぎてしまったことはもう取り返しがつかない。付けられた印象はそうは簡単に払拭出来ないのだ。
定期テストの点数だってクラスの頂点を牛耳るし、体力測定さえも彼女に追い付ける人は誰一人としていなかった。隠れて恨み文句を言う輩も俺は見たことがなかったが、さながら用心棒のように存在していたようで何より教員にも疎まれていたようだ。仕事をそつなくこなす彼女の姿に自分を投影してしまったのだろう。なんてちっぽけな存在なのだろう、と。
だから正直に言うと、俺は水無月桜という生徒から離れたかったのかもしれない。
他人と接してワイワイパーティーゲームなんてことも気苦労するだろうから嫌っていたし、かといって一人でポツンといることも好んでしたいとは思っていなかったのだ。
それに俺は能力を測定することに関しては平均値を維持した。定期テストや、体力測定だって突き抜けて高い数値を叩き出すことはなく「平凡」に生きてきた。「平凡」こそ面倒事を介入させない唯一の方法だったし、特にそこそこの努力だけでそれなりの結果が出ることに満足していたからだ。
だから俺は、そんなずば抜けている生徒と一緒に過ごしたいとは思いもしなかったし、席が隣であるだけで腹一杯だったのだ。
それでも俺は彼女、水無月桜のことを尊敬していた。これだけは言えるだろう。
夏休み6日前。
軽やかで爽やかに晴れたあの入学式の気温やら風景はどこへ消えてしまったのかと思わんばかりの暑さ。じめじめと照り付けるほどの真夏の蒸し暑さなんてテレビで報道をしているのだが、最寄りが田田園駅である山が丘高校は都市部と比べ一段と熱い。
暑い、ではなく熱いのだ。暑くて日焼けしちゃうわ~~とインタビューを受けたおばさん方は悲嘆そうに言うが、ここは暑くて死ぬほどの熱量が降り注いでいる。現実には降り注ぐ熱とアスファルトによって反射する熱が二重となって熱いのだが、要は俺のいる田田園市は周りが田んぼだらけでも焼肉屋の鉄板の上に似ているということだ。
だからこの部室、山が丘高校の端に寄せられた文芸部の部屋に心もとなく、穴がぽっかりと開いてしまっているように感じている訳もそのせいなのだろう。暑い日にはクーラーを付け、寒い日は暖房機を付ける。そんなあって当たり前のような存在だったのだと、俺はどこかで思ってしまっていたのだ。
「ねえ、私の話をちゃんと聞いてる?聞いていないのなら私帰っちゃうよ?」
水無月が俺の担当を外れると宣言してから今日はもう一週間は経過している。一週間、これといって何の進展も無しに俺は高校に通い続けた。自分の席につき、授業をひたすらに黙々と受け続ける本来とるべき高校生の姿に俺は戻ったのだ。
俺だけではない、俺の隣人もそうしていた。珍しく高校の授業を受け、先生の質問に答え、自分の机上に顔を写すようにノートを取っていた。まさに生活優秀な生徒代表として高校の生徒代理でも受け持って良いのではないかというほどの優等生を演じていた。
いや、演じていたというよりもそれが本来の姿であったのだろう。俺は気付いていなかっただけ、クリエイターとしての彼女の姿の上っ面しか見ていなかったにすぎないのだ。
授業が終わると俺は部室へと足を運んだ。自分の作品を改変するためもあったが、部活の仕事があるかどうか気になっていたのかもしれない。
それでも俺には何一つ仕事なんて無く、そこには空虚しか存在しなかった。俺が部室へと足を踏み入れていくら待ち続けたとしても彼女ーー水無月桜は一度たりとも入ってくる気配すら無かった。
「…………っもう帰るよ」
「ああ悪い悪い、また考え事してた」
それでも俺が部室へと訪問するように神無月茜もまた自然に足を運んでいた。その証に俺の目の前に長机を挟むようにして座っている。
「えへへ……冗談だよ……でも考え込むのは私でも分かるよ」
「嫌でもね」と独り言のように呟く神無月も俺と同様の問題を抱え込んでいた。すなわち「水無月桜」について。
どうやら水無月は俺の担当を自ら離れたことと付帯して神無月茜のイラスト修行からも離れたようだった。俺から避けている理由は重々承知しているが、なぜ神無月からも避けているのか俺という立場からしてみれば謎のように思えたが、それも今となっては簡単に解き明かせる。
「自分の居場所が無くなったわけじゃないのに」
神無月は俺と同じような境遇ではないのにどうして水無月が部室へと来ないのかは分かっている。それは俺が自分からあったことを話したわけではない、彼女自らが予想していたのだった。
「それにしてもよく俺が原因で水無月が来なくなったって分かったな」
「目線を見ればね…………マガトとみなが一緒に話しているとこを見るとなんとなくそんな感じなんじゃないかなって想像していただけ。そう言える確証も、証明と言える何かも私には持っていなかったけど、大体予想できたんだよ。女の勘ってやつだね」
「なるほど、やっぱり『女』ってのは益々分からない人種だ」
「と、そんなこと言ってる場合じゃないよ!!マガトは今後どうしていくの?」
普段と変わらぬ談笑する風景に神無月からしたら見えるのだろうか、言っておくが俺はそんなことはない。動くなら動かせるだけの頭を回転させてどうにかしてこの水無月を戻す問題を解決させたいのだが、そう簡単にはうまくいかない。
言動も変わらないといったところだが、口から出まかせ、事実無根なことなんていくらでも言えるのが人間だ。それを示すかのように俺の両手が目に見えないほどのリズムで震えている。俺は何とかしなくてはならない、そんな強迫観念に駆られていた。
「今後って言っても今までの作業やら仕事はあいつの計画や主導があったから上手くいったんだ、今更俺たちが活動しようとしてもまず何から始めて良いのかすら分からない」
「それで諦めちゃうの?マガトはそれでもういいやって放り投げるの?」
いつの日か聞いたその記憶。それは痛いほどに俺の胸を、体全身を縛り上げていく。それでも八方塞がり、どこからどう行けばいいのか分からないのではなく、どこからの以前の問題だ。
「諦めたくない」
そう、俺の思いは彼女が離れてからもいつだってそうだった。席について、黒板をぼうっと眺めている時も、数学の授業中に公式を当てはめていても、休み時間に坂本と日常会話をするときだって、俺は隣の席の事を考えていた。
それは彼女がどんなことをしているのか、何を考えているのか、と恋心が湧いたものからの興味ではなかった。
「そうだよね」と神無月。
「あいつがいたからここまで来れたんだって言いたいんじゃない。何もあいつがいないならこの部活はやっていけないなんて、そんなスポーツ漫画のように言えるわけじゃないんだ」
「ただ、俺は水無月がいなければ俺がいなかったと思ってるだけだ」
一見、矛盾しているかのような主張に戸惑いを見せながらもゆっくりと頷く神無月。水無月がいなければ俺はここにはいない、こうやって座ることも神無月と話すことさえも無かったかもしれない。
「つまり…………みなは私たちにとってリーダーシップを発揮するお姉さんじゃなくて、『歯車』って言いたいんだよね?」
「良い喩えだ。俺はそう言いたかったんだ」
歯車、時計にしろ車にしろ内包している一つの部品。電池やらエンジンやら動力となる部分がもっとも重要な機関であると言われがちだが、その力を伝える伝達部分、それこそもっとも重要なのだ。電池が切れたって、エンジンが動かなくたって、歯車さえかみ合っていれば動き続ける。まさにそれと同じだ。
「でも……………………」
「だからといって、どうやってみなを取り戻すの?」
たまにクリティカルな問題を提起してくる神無月のことを忘れていた俺は再びスタート地点に戻されるのだった。
教室内における言動や行動が原因の一つであるだろうが、やはり何と言っても彼女の完璧を追求した姿や風貌が最もだろう。近づきがたいオーラ、というのかよくよく考えてみればそんな超科学的なことは有り得ないと思うのだが、過ぎてしまったことはもう取り返しがつかない。付けられた印象はそうは簡単に払拭出来ないのだ。
定期テストの点数だってクラスの頂点を牛耳るし、体力測定さえも彼女に追い付ける人は誰一人としていなかった。隠れて恨み文句を言う輩も俺は見たことがなかったが、さながら用心棒のように存在していたようで何より教員にも疎まれていたようだ。仕事をそつなくこなす彼女の姿に自分を投影してしまったのだろう。なんてちっぽけな存在なのだろう、と。
だから正直に言うと、俺は水無月桜という生徒から離れたかったのかもしれない。
他人と接してワイワイパーティーゲームなんてことも気苦労するだろうから嫌っていたし、かといって一人でポツンといることも好んでしたいとは思っていなかったのだ。
それに俺は能力を測定することに関しては平均値を維持した。定期テストや、体力測定だって突き抜けて高い数値を叩き出すことはなく「平凡」に生きてきた。「平凡」こそ面倒事を介入させない唯一の方法だったし、特にそこそこの努力だけでそれなりの結果が出ることに満足していたからだ。
だから俺は、そんなずば抜けている生徒と一緒に過ごしたいとは思いもしなかったし、席が隣であるだけで腹一杯だったのだ。
それでも俺は彼女、水無月桜のことを尊敬していた。これだけは言えるだろう。
夏休み6日前。
軽やかで爽やかに晴れたあの入学式の気温やら風景はどこへ消えてしまったのかと思わんばかりの暑さ。じめじめと照り付けるほどの真夏の蒸し暑さなんてテレビで報道をしているのだが、最寄りが田田園駅である山が丘高校は都市部と比べ一段と熱い。
暑い、ではなく熱いのだ。暑くて日焼けしちゃうわ~~とインタビューを受けたおばさん方は悲嘆そうに言うが、ここは暑くて死ぬほどの熱量が降り注いでいる。現実には降り注ぐ熱とアスファルトによって反射する熱が二重となって熱いのだが、要は俺のいる田田園市は周りが田んぼだらけでも焼肉屋の鉄板の上に似ているということだ。
だからこの部室、山が丘高校の端に寄せられた文芸部の部屋に心もとなく、穴がぽっかりと開いてしまっているように感じている訳もそのせいなのだろう。暑い日にはクーラーを付け、寒い日は暖房機を付ける。そんなあって当たり前のような存在だったのだと、俺はどこかで思ってしまっていたのだ。
「ねえ、私の話をちゃんと聞いてる?聞いていないのなら私帰っちゃうよ?」
水無月が俺の担当を外れると宣言してから今日はもう一週間は経過している。一週間、これといって何の進展も無しに俺は高校に通い続けた。自分の席につき、授業をひたすらに黙々と受け続ける本来とるべき高校生の姿に俺は戻ったのだ。
俺だけではない、俺の隣人もそうしていた。珍しく高校の授業を受け、先生の質問に答え、自分の机上に顔を写すようにノートを取っていた。まさに生活優秀な生徒代表として高校の生徒代理でも受け持って良いのではないかというほどの優等生を演じていた。
いや、演じていたというよりもそれが本来の姿であったのだろう。俺は気付いていなかっただけ、クリエイターとしての彼女の姿の上っ面しか見ていなかったにすぎないのだ。
授業が終わると俺は部室へと足を運んだ。自分の作品を改変するためもあったが、部活の仕事があるかどうか気になっていたのかもしれない。
それでも俺には何一つ仕事なんて無く、そこには空虚しか存在しなかった。俺が部室へと足を踏み入れていくら待ち続けたとしても彼女ーー水無月桜は一度たりとも入ってくる気配すら無かった。
「…………っもう帰るよ」
「ああ悪い悪い、また考え事してた」
それでも俺が部室へと訪問するように神無月茜もまた自然に足を運んでいた。その証に俺の目の前に長机を挟むようにして座っている。
「えへへ……冗談だよ……でも考え込むのは私でも分かるよ」
「嫌でもね」と独り言のように呟く神無月も俺と同様の問題を抱え込んでいた。すなわち「水無月桜」について。
どうやら水無月は俺の担当を自ら離れたことと付帯して神無月茜のイラスト修行からも離れたようだった。俺から避けている理由は重々承知しているが、なぜ神無月からも避けているのか俺という立場からしてみれば謎のように思えたが、それも今となっては簡単に解き明かせる。
「自分の居場所が無くなったわけじゃないのに」
神無月は俺と同じような境遇ではないのにどうして水無月が部室へと来ないのかは分かっている。それは俺が自分からあったことを話したわけではない、彼女自らが予想していたのだった。
「それにしてもよく俺が原因で水無月が来なくなったって分かったな」
「目線を見ればね…………マガトとみなが一緒に話しているとこを見るとなんとなくそんな感じなんじゃないかなって想像していただけ。そう言える確証も、証明と言える何かも私には持っていなかったけど、大体予想できたんだよ。女の勘ってやつだね」
「なるほど、やっぱり『女』ってのは益々分からない人種だ」
「と、そんなこと言ってる場合じゃないよ!!マガトは今後どうしていくの?」
普段と変わらぬ談笑する風景に神無月からしたら見えるのだろうか、言っておくが俺はそんなことはない。動くなら動かせるだけの頭を回転させてどうにかしてこの水無月を戻す問題を解決させたいのだが、そう簡単にはうまくいかない。
言動も変わらないといったところだが、口から出まかせ、事実無根なことなんていくらでも言えるのが人間だ。それを示すかのように俺の両手が目に見えないほどのリズムで震えている。俺は何とかしなくてはならない、そんな強迫観念に駆られていた。
「今後って言っても今までの作業やら仕事はあいつの計画や主導があったから上手くいったんだ、今更俺たちが活動しようとしてもまず何から始めて良いのかすら分からない」
「それで諦めちゃうの?マガトはそれでもういいやって放り投げるの?」
いつの日か聞いたその記憶。それは痛いほどに俺の胸を、体全身を縛り上げていく。それでも八方塞がり、どこからどう行けばいいのか分からないのではなく、どこからの以前の問題だ。
「諦めたくない」
そう、俺の思いは彼女が離れてからもいつだってそうだった。席について、黒板をぼうっと眺めている時も、数学の授業中に公式を当てはめていても、休み時間に坂本と日常会話をするときだって、俺は隣の席の事を考えていた。
それは彼女がどんなことをしているのか、何を考えているのか、と恋心が湧いたものからの興味ではなかった。
「そうだよね」と神無月。
「あいつがいたからここまで来れたんだって言いたいんじゃない。何もあいつがいないならこの部活はやっていけないなんて、そんなスポーツ漫画のように言えるわけじゃないんだ」
「ただ、俺は水無月がいなければ俺がいなかったと思ってるだけだ」
一見、矛盾しているかのような主張に戸惑いを見せながらもゆっくりと頷く神無月。水無月がいなければ俺はここにはいない、こうやって座ることも神無月と話すことさえも無かったかもしれない。
「つまり…………みなは私たちにとってリーダーシップを発揮するお姉さんじゃなくて、『歯車』って言いたいんだよね?」
「良い喩えだ。俺はそう言いたかったんだ」
歯車、時計にしろ車にしろ内包している一つの部品。電池やらエンジンやら動力となる部分がもっとも重要な機関であると言われがちだが、その力を伝える伝達部分、それこそもっとも重要なのだ。電池が切れたって、エンジンが動かなくたって、歯車さえかみ合っていれば動き続ける。まさにそれと同じだ。
「でも……………………」
「だからといって、どうやってみなを取り戻すの?」
たまにクリティカルな問題を提起してくる神無月のことを忘れていた俺は再びスタート地点に戻されるのだった。
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