俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。

薪槻暁

051.これは俺が願う朝ではないのですが……?テイク2

 目覚めたらそこが楽園だった。なんてそんな空想論を一体どこの誰が信じるというのか。楽園といっても妖精が飛んでいるようなメルヘンチックな世界観や、気付いたら地球上に女性しかいない究極ハーレム系の世界観(苦痛かもしれないが)と幅広く、到底信じようがないものばかりだ。


 知らないうちに別の世界へ異世界転生なんて話もある。眠ってたら、突然事故に遭って、起きたら知らない場所へ……なんて物語もよく耳にする。現実感にあふれているのに現実ではないものもある。俺は今まさにその現実らしからぬ現実にいるわけだ。




「にーーーーいーー!!」




 何をとち狂ったのか、俺はこの夢を見るのが二回目になってしまった。




「お前は誰だ?」




 俺は酷く冷静を保ちながら、腰当たりに乗っている少女に話しかける。今日はポニーテールであるのは変わらないが、前の時のような派手なシュシュではなく黒いヘアゴムのみで髪をまとめていた。


 だから話し口調は変わらずとも外見からは大人しそうな小学四年生ということだ。




「私はトオルの妹っ!曲谷しぐれだよ、実の妹ぐらいなんで覚えてないの~~?」




 腰から上半身めがけて近づいてくる少女、ついには俺の両肩を掴み、ひ弱ながら揺さぶってきた。




「覚えるも何も、そもそも俺にそんな妹はいないしな」




 そう、ここまでは前回と同じだ。俺にはこんなアクティブ少女な妹はいない、そしてこんな年齢差もない。俺はそれをこの少女に伝えるということまでは。




「酷いよーー私はお兄ちゃんの妹だって言うのに何で信じてくれないの?」


「事実を言ったまでだ」


「俺には昔から今までそんな明るい、何にでも手を出してしまいそうな妹は、そんな危なっかしい人物は、俺だけでなくこの家にはいない。それは俺に訊かずとも家族全員が知っているはずだ、勿論俺の本当の妹もな」




 「どゆこと?」と小さく微笑んだ。まるでどこかで見たような既視感がこの乗っかっている少女の表情に生まれたのは恐らく違和感でも幻覚でもないだろう。




「だから、俺にはそんな妹はいないと言っているんだ。俺には小学四年生の妹はいない」


「どうして?私は……」


「俺に妹がいるとするのなら小学六年生からだ」




 そう言い放つと突然視界が真っ白になった。明順応という人間の身体機能が徐々に働き、辺りがようやく視認できるようになる。


 重たい上半身を緩やかに上げ、ベッド周りのいつもの俺の部屋の汚さに安心感を覚える。あの夢の中の俺の部屋は片付いていて、どこか逆に俺の部屋ではないと感じるのだ。


 多分、人間が住むと汚れるということの証なのだろう。潔白に、何の汚れもないような潔癖症の人々もいるが、俺としてはこちらの方が生きている心地がするのだ。




「やっと起きたのか、早く降りてこい」




 いつものことながらモーニングコールの為だけに俺の部屋に入ってくる妹、曲谷時雨はご機嫌斜めだ。すでに制服を着ており学校に行く準備は万端というわけだ。俺を起こすために窓のカーテンを一気に開けるやいなや、すぐさまリビングに戻っていった。


 日差しだけで俺を起こすとはなんと効率的な奴だ。こればかりでなく俺は少なくともあらゆる部分で妹のことを尊敬している。面倒事は手短にする、というモットーも妹の影響下から生まれたといっても過言ではない。


 俺は一人取り残された部屋から眠気眼を擦り、リビングに足を運ぶ。




「今日は生徒会の仕事があるから先に行くわ」


「受験生なのにまだ委員会の仕事でもあるのか?大変だな」




 用意された朝食のウインナーを頬張りながら俺は言う。




「そうね、私がまだ動いているということはそれなりの理由があるということよ」


「それは…………」


「使えないってことよ」と時雨。




 絶対にこなさなくてはならない責務ではないはずなのに、任された仕事は全て完遂させるというやり方を見ると、どうしてもあいつ水無月の姿を思い出す。出会っていない二人なのに、どうしてこんなにも似ているのか。むしろ出会っていないからなのか?




「そ、そうか。なら勉強に支障は出ないようにほどほどにしろよ」




 俺はそれでも余計なお世話を掛けたのには理由がある。たとい血が繋がっていなくても、生まれた親に差異があるとしても俺はこの妹のことを妹だと、それ以外にないと信じている。




「分かっているわよ」




 好意を示す人に対してぶりっ子になったり、近づくだけで嫌な人物であるはずなのに拒否反応を示さない仮面を被る人物ではない妹。俺はそんな妹を尊敬しているのだ。


 誰もいなくなった家の中で一人身支度を整え、そして登校する。両親は共働きで朝早くに家を出てしまうので、最後に家を出発する俺が鍵をかけなくてはならない。戸締りをして鍵がかかっていることを確認してから最寄り駅へ徒歩で向かうのだ。


 普段のように自宅からすぐ先にある大通りを歩いていると右に広い豪邸が見える。登下校する度に目に入ってしまうので俺の一般的な家と比べてしまうのが日課となっていた。




「ホント、ここまで立派な家にはどんな人物が住んでいるのだろうな」




 俺はそんな独り言を愚直にも言ってしまうのだ。実際に住んでいる人からしてみれば良いお世話というものだろう。


 豪邸を横目に素通りすると、もう駅は正面、俺の目の前にある。そう、視界にその駅が入り込んだときだった。




「アレアレ?早苗月先生ですか、ですか?」




 聞き覚えのある特徴的な口癖、どうしてか質問するときには二度疑問を投げかけてくるこの女性は、




「明嵜さんじゃないですか?こんな場所でどうしたんです?」




 スーツ姿に違和感がある水無月の担当編集者、明嵜和音だった。相変わらずなりふり、外見を見る限りスポーツのような動く仕事をした方がいいと思ってしまう。いや……どちらかというとこの仕事も動く方か。




「ん。ちーーっと仕事でね、ここに来てたんだよ~~。朝早くから働くお姉さん、かっこいいでしょう」


「毎日お勤めご苦労様です。で何をしていたんです?まさか水無月の?」




 そこまでこの人の仕事内容に関わる理由も、意図もない。むしろ余計なお節介かもしれない、特にあいつ。


「んーーーー?急にどうしたの?あの子と何かいいことでもあったの?むふふ…………」


「その形容しがたい笑みは止めてもらえませんか……俺とあいつにはクリエイターの関係があるのであってそれ以上も以下もないんですよ」




 そんな不安定で決まった関りではないからこそ俺は水無月のことをクリエイター仲間として何かあった時には見過ごせないのだ。




「まあ、キミの言いたいことをよおーーく分かるよ。まだ恋仲じゃないってことだよね?まだ?」




 まったく調子を狂わせるのが得意な人だ。どうしてこんな人がクールな水無月の担当になったのか、分かるようでいまいち分からない。


 すると明嵜はふと思い出したように表情を硬くした。 




「でもね。恋仲とまでは言わないから、せめて一人の友人としてあの子を支えてほしいな。せめて居場所ぐらいは高校中で一つだけでも作って欲しいんだよ?」


 瞬間的に俺は理解が追いつかなかった。信じられないことを突然言われたときに起こるような体の硬直感とはまた違った感触。俺の中のどこかで知っていた事実を突きつけられた感覚に近い。


 ようやく意識を取り戻し、真意を聞くときにはすでに遅かった。




「じゃあねーー!!私こっちだから学校頑張ってね♪」




 俺とは逆方向のホームへと駆けて行ってしまった。風のように来ては過ぎ去る、知らないうちに話しかけては、いつの間にか消えて居なくなっている。どこまでもせわしない人、それが明嵜和音という仕事人だった。


 俺はそれから知り合いに出くわすことなく、平然と登校することになった。



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