俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。

薪槻暁

045.明かされる真実

「どうしたのあなた達?インタビューに行ったころから何か変よ」




 文芸部の部室にて、気を取り直そうと一時神無月が退室した空間。


 俺と水無月だけが取り残されたこの部屋で一際声を抑えながら話しかけてきたのは水無月だった。おそらく廊下に声が漏れないようにするためなのだろう。




「俺と神無月の関係に変化があったわけでもないんだが。ただ……」


「ただ?」


「神無月自身の問題を聴いてやったことは確かだ」


「問題?あの子にそんなものがあるのかしら?」




 神無月茜、スポーティーで、クラスの雰囲気づくりの担い手、ポジティブな少女。


 水無月もそうだとして、あいつと関わった連中は一概に思うだろうな。あいつ――神無月にネガティブな面なんてないだろうと。




「不安定な足場に足を置くか、置かないかって話だよ」




 ゆえに、俺は訊かれた通りの返答をした。まさに夢を追うことの恐さ、乗り越える冒険心。


 伝わったかどうかは知らないが。




「……あなたらしくないわね」


「それは良い意味でか?それとも悪い意味か?」


「そのどちらでもあるし、どちらでもないわ。けど、一つだけ言えることがあるのなら『あなたらしくない』それだけ」




 だが、どうやらどちらの意味でも俺にとって似つかないことをしたのだ。


 前提条件で神無月の抱える悩みを聞いている自体、そうなってしまうのはたぶん、否めないだろう。そういうことだと、思っておこう。




「ま、それとこれとは別の話になるけど。やっぱりあのデータのまま新聞記事とするのは無理ね」


「やっぱり!?」


「そうよ。あなたねえ、小説と新聞に違いがあることぐらい心得なさいよ」


「例えば、あれか?小説はフィクションでもいいが、新聞は認められないとか?」




 「はああ……」と溜息混じりに吐息を大きく吐き出す水無月。




「当たり前でしょうっ」




 珍しく声を荒げたのは編集者としての威厳があったからなのか、それとも常識問題として同じ生徒の立場としてだったのか、そのどちらでもないかもしれない。


 とにかく俺はそのどちらなのかを頭の中で巡らせていると、ドアがこれでもかと言わんばかりの強さで開け放たれ、


 その力のせいでドアが外れてしまったのではないかと思ってしまうほどの音が室内を響かせた。




「これにてふっかつうーー!!いえーーーーいっ」




 仁王立ちしながらこちらにピースサインを向けているところを見ると、なるほど「陽気な少女」に見えてしまうのも仕方ないと感じてしまう。




「様変わりが早いところ、真似したくても無理難題そうだな。もう大丈夫なのか?」


「悲喜交交ってね!ずーーっと気分が落ち込んでも体によくないだろうし……って別に落ち込んでいないけどねっ」




 相変わらずの陽当たりぶり、元気みなぎる調子。開けたドアを閉めてから猛スピードでこちら側、俺と水無月が話し合っている長机のところへ向かってきた。


 手元には何枚もの原稿用紙が乱雑に置かれ、文化祭等の行事、図書室等の設備がタイトルのものばかり。


 そのはずだった……




「やっぱり水無月さんは凄いな~~、一か月でどうしてここまで書けるの?私、読書感想文だって書くのが一苦労なんだよ~~」




 小説家だから、なんて言うはずはない。だから、




「書くことは嫌いではないからよ」




 と言ったのは重々、理解出来た。神無月を除いて。




「へえ……憧れるなあ。こんな速く書けるなら何かに生かしたら良いんじゃないかな~~、例えば小説家とか?」




 「小説家」というワードを発した途端、水無月は神無月にバレないように視線を俺だけに向けてきた。


 この視線の意図はきっと「神無月に自分が小説家であることを教えたな」というものだろう。それしか思い浮かばない。


 だが、俺はそんな事実など一つもないので手と顔を横に振って言っていないことを示すしかないのだ。




『俺は何も言ってないって』




 言葉を用いずに手ぶり素振り、動きだけで伝えるとは……




『ではなぜ神無月さんはこんなにも引っかかってくるのかしらね?』


『それはお前の執筆速度が異常だからだ』




 原稿用紙の束を指しながら言うと会話をしていない人物が声を挙げた。




「あれ?この用紙だけ色が違うけど……」




 と神無月は枠が緑色に縁どられている原稿用紙の群れから、一枚だけ取り上げる。赤く縁取られた原稿用紙だった。




「ね?水無月さん、これだけ用紙が違うみたいだけど意味はあるのかな?」




 この時の水無月の顔を思い浮かべるとなると、驚いているとか、衝撃的な光景を目の当たりにしたような表情ではなかった。


 そこにあるはずのないものが現にそこにあるという事実、それを受け入れられない少女のような顔だった。


 それか、昔の人々が地球という星が球体であることを信じられないような既知の事実をひっくり返されたようなものに近い。




 水無月は取り上げた一枚の用紙をひたすらに眺めてばかりで何も答えようとはしない。


 ここで俺は見るなと神無月に言うべきだったのか、それとも見た方が良いと唆した方が良かったのか。




「タイトルがあるみたいだけど……」




 咄嗟のことで何も言えなかったというのが俺の状況としては最もだ。


 といっても時間をかけて判断したところでメリット、デメリットの大小など簡単に決められることではないが。




 というわけで、


「こここここここ、これって…………」




 歯切れが悪く自分の言いたいことを言えずにいる神無月。それもそうだろう、目の前に自分の憧れの人物がいるのだから。




「いやでもまさかね…………そんなことあり得るわけないし、何かの間違いだよ。うん、そうと信じよう、うん。うん…………」




 独り言のように呟き、強引に事実を自分の中でまとめ上げようとするこの読者はどうにかして言い聞かせ気を落ち着かせようとしている。


 対して、もう隠し通すことを諦めた面持ちの現役ネット小説家「日比谷とおる」は水無月桜という仮面を捨て去り、言い放った。




「間違いでも何でもないわ」


「正真正銘、私が、私こそがウェブ小説家『日比谷とおる』張本人。そしてあなたは『出雲流』ね」




 神無月は自分のハンドルネーム、感想ページに書き込む名前を呼ばれたことで本当のことであると呑み込んだのか、疑うような目をしていなかった。




「そ、そうですが……ほんとに日比谷先生なんですか?」


「嘘を言って得することなんてないわ」




 些細な疑問を軽くあしらう水無月と対照的に、慌てふためき冷静さを失った神無月。


 「あわわわわ」と何を言えばいいのか、それとも何も言わない方がいいのか脳内パニックに陥っている神無月。


 さらにオーバーヒートさせるようなことをしたのは俺、ではなく水無月本人だった。




「あなた、何度も私の小説に登場してくるキャラクターの絵を描いてくれたわね」


「え…………?」




 突如、何が起こっているのか分からないのか、口を開けたまま茫然としている。




「嬉しかったわ。ありがとう」


「あわわわわわわわわわわわわわわっ、ええええええ」




 と嬉しさのあまり、歓喜を通り越して叫ぶように神無月は室内に声を反芻させる。


 計画したわけではなく、単にハプニングで知ってしまったというわけだが。


 いつか知る時が来ると、それが早まっただけだと、俺はそこまで重大な問題だとは思わなかった。


 が、ここまで別というか、方向性が違う問題が現れるとは思いもしなかったのだった。

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