俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。

薪槻暁

016.別に悪気はないのですが……?

 俺は対人恐怖症になってしまったとか、コミュニケーション能力が他人よりもめっぽう低いというわけではないことをここに宣言したい。


 生活するには十分なほど他人とは話せるし、やれと命令されれば舞台に立って堂々と話すことも出来る。まさに出来るけどやらないという典型的な例だ。


 よくこんなことを語る奴もいるだろう、「そんなの出来ないからそう言ってんだろ」って。そんな気を張っても意味なんてないと、正誤関わりなく「信じない」と弾圧される。


 まるでどこかの国の政策のように。




 だから俺はこう言うのだ。




「対価はありませんか?」


「は、い……?」




 ちょうど25度に設定された暖房機が稼働する中、ドライアイスをぶっこんだような屋内。陽光が直接当たるこの部屋、つまりは部室。


 この部屋はどうやら昼寝するには絶好の場所だが、とある鬼編集者の存在のせいで冷却され意味を成さないものと化す。




 授業が何の苦も無く終わり、ようやく放課後という名の落ち着くことが出来る時間帯が訪れたのだが。同時に俺を待っていたのは部活自身の「課題」であった。


 すなわち、どうやら前日の新聞部との活動の件を俺に責任転嫁させるらしい。




「だから対価は無いのですか?と訊いているんです」




 どうやら聞き取れていないようなので座っているこの仮部長長月衣に再度問い直す。




「いやいや聞こえてるけど、対価あ?」




 冷却器をよそに俺は部長に残業代が支払われないのかと懇願する。




「あるじゃん~高校生での社会経験という名のそれはそれは貴重な対価が」


「真面目に答えてください先輩、経験になるなら無銭労働をしてもいいわけないですよ。それはどう見ても不当労働行為、すなわち法律違反です」




 出来るけど、それ相応の価値が無ければやらない。当たり前じゃないか。




「んーーでもここ、学校じゃん?別に仕事とかそうじゃないとか関係なくない?」




 背がある椅子にもたれ掛かりながら座る部長は自由奔放に雄弁に語る。横にある寝袋は少し気になるが。


 俺はこの自堕落な女性を批判しようと口を開いた刹那、どこからともなく槍投げ用の槍が飛んできた。




「学校が社会のことを学ぶ場ではないのなら私たちは何を学んでいるのでしょうね」




 自分のパソコンのモニターを見つめながら、さらりと愚痴を溢したのは如月だった。




「あら、悪いわね。わざとではないのだけれどついうっかり横槍を入れてしまったわ」




 絶対わざとだ。


 と必要だったのか、そうでなかったのか訳が分からない観客が乱入してきたがどうやら効果はあったようだ。




「ま、まあそうだよねえ……。座学だけが勉強なら学校なんて要らないって話だよ」




 お、珍しく同感できる、この人と意見が合うとは。




「でも……」




 あ、やっぱ一筋縄ではいかないのか、と胸中で突っ込みを連発していると不可解な問いが返ってきた。




「掛依先生ってあんたらの担任でしょーー?」




 如月は聴いてそうにもないので、なぜそのワードが出てきたのか頭を傾けながら俺は「はい……?」とクエスチョンマークを浮かばせて答えた。




「先生がさあ、君にやらせろってうるさいんだよ~」


「なんだか知らないけど、きっと君にとって素晴らしい経験になるだとか。うまく言いくるめられたような感じだったよ?」




 寡黙。


 何だって俺なんかが掛依先生の餌食にならなくてはならないのだろう。他の生徒(使い勝手の良い下部たち)ならそれそれは喜んで受け入れたはずだろう。


 学校という大人数の生徒がいる中、一人の生徒が選択される確率はよっぽど低い。確か全校生徒は400人近くいたような気がするが、そうなると1/400だ、なるほど競馬でもやろうか。


 と、自分の悪運かつ強運の持ち味に入り浸っていても致し方ないのでなんとも味気のない当たり前の疑問を繰り出した。




「どうして俺なんですか?」




 とあるロボットアニメの描写のように「君がこのロボットに搭乗してあの怪物を倒してくれ」なんていきなり宣言されたり、「君には強い魔力がある」なんて強引に冒険に引っ張られる主人公。


 まさに不可抗力に走るストーリーだ。別に書くことは嫌いではないが、それに成りたいとは一度も思ったことはない。何せ、選択肢がない人生なんてつまらないからな。




「それが分かれば何も君だけに押し付けたりしないよ~」




 相変わらず気の抜けたような話し方に俺は対抗する術を失い、というかその気が消滅したという表現の方が近いのかもしれないが、とにもかくにも俺はこの疑念の根源の方に焦点を当てた。




「掛依先生がそうおっしゃったんですね?」




 「うん、たぶん……まあ」という何とも曖昧な返しに小石に躓くような躊躇いがあったが、それでも事の真意を探るべく原因を作った犯人の元へ行くことにした。












 実際問題、そう何もおだてなく遠慮、躊躇することなく言わせてもらうとあの女、つまりは掛依真珠という素性の知れない人物はおそらく「裏」だ。


 ぶりっ子という他人に対して媚びている、またはこれみよがしに自慢する人間は大抵黒。


 俺は自慢話ではないが、その辺のからくりを理解しているのだ。うん、俺は人間の修理技能士の免許でも持っているのだろうな。


 まさしく部室から職員室へと向かう途中、神無月に出会った。彼女が言うには、




「掛依先生?なら確か、図書室に行くとかなんとか言ってたのを聞いたような、聞いていないようなーー」




 そのどちらでもない返答やめてくれないだろうかなどと、余談話にもならない突っ込みを入れずに俺は、


 「サンキュー、貴重な情報ありがとよ」と捨て台詞を吐いてその場をやり過ごした。


 今一度後悔したい、キザな台詞なんて俺にはそぐわないと。


 何せあんな満面の嘲笑で見られて「やっぱ曲谷って面白い」なんて言われたらこっちだってプライドがズタズタだ。


 そんなこんなで図書室に到着したのだが……




 この放課後という時間帯、普段なら図書委員が部屋の管理や本の貸し出しをしているはずなのに静寂に包まれている。しんとした部屋で人気が無い、それもそう図書貸し出しのカウンターに人ひとりすらいないのだ。


 とりあえず本棚の陰にでも隠れて見えない場所にいるのではないかと歩き回っても誰もいない。そもそも神無月がソースの情報だ、あいつを信用できる理由が俺にはない。


 ならば違う場所に掛依がいる可能性が高いのではないかと頭に過った瞬間だった。


 カツンッ、という金属同士の音が反響した音が外から聞こえた。




 といっても図書室、つまりここは四階なのだから外に出られる場所は限られる。ゆえに俺はその音主がどこにいるのか瞬時に判断できた。


 つまりはだ。


 ここは四階、そして図書室がフロアの真ん中に存在している。ということはこの部屋が閉じている場合、フロアを通り抜けることが出来ない。ゆえに図書室内を通らずに通過できる臨時通路が必要なのだ。


 そこしかないと俺は図書室を出て、臨時通路に繋がるドアノブに手をかけた時だ。




「あーー」




 ちょうど風の轟音が重なり聞こえが悪い声。それでも何を口にしているのかは予想していたのですんなり理解出来た。






「ったくわざとだって言ってんのに。少しぐらい漢字読めねえフリをしていることに気付かないとはな、頭硬いことこの上ないですねえ、センセ」




 ここまでとは……。


 俺が経験した中でも裏表激しいランキング上位に位置するぞ。というかドラマ以外でここまで真っ黒な人は初めてだ。


 と、俺はドアの小窓からそろりと眺めるとやはりあの女だった。先生の中で最も低身長、女生徒と比べても中間ほどの体型とルックスから小動物のような姿。すなわち俺の担任の掛依真珠かけよりまこだ。


 しかもキャラメル色の長髪に童顔がさらにそれを助長している。先生に思えないこの容姿に訳があるとは想像してはいたが、ここまで深いとは思ってもみなかった。


 ここで俺はそのままドアノブを回して「ここにいましたか先生」と堂々と声をかけるべきだったのか、気付かれないようにほふく前進でその場を避けるべきだったのか分からなかったのだが。


 どうやら俺は一番採ってはならない手段を取ってしまったらしい。




「なんだーーここにいたのか!」


「図書室にも職員室にも部室にもいないからどこにいたのかと思えば……って何してんの?」




 俺の背後から話しかけてくる女が悪魔の使い、お転婆娘こと神無月茜だと声音で分かった刹那、ヒヤリとした眼差しがこちらに向いているのが伝わった。




『バカヤローーーーーー』




 一度振り返り口パクで喋ろうとしたのだが、




「あれえーーこんなところでどうしたの?まがりやクン?いやマ・ガ・ト・くん♡」




 終わった。一本しかない蜘蛛の糸が切れた瞬間。


 そもそも俺は何も罪を被っていないはずなんですがね……

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