俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。

薪槻暁

013.これは俺が願う朝ではないのですが……?

 高校生活三日目。




「にーーーーい、朝だヨーー!!」




 ずしりとした重さが俺の下半身を覆っているような感触。どこか生温かな温もりがそこから感じられる。




「ネムい…………」




 俺は重苦しい瞼を一度開いてから目の前に乗っかっている少女の姿を確認する。どうやら小学四年生ほどだろうか、まだ幼げな表情を顔に残している。


 しかもポニーテールでカラフルなマシュマロシュシュでまとめている姿は最早俺のベストオブガール。もう何も言い残すことはない…………と遺言めいた事を内心呟いてしまう。




「二度寝は厳禁ーー!!お金の現金じゃないからねーー、やっちゃダメの方だからね、分かってる!?」




 間違える訳ないだろうと、ほくそ笑む。これも心の内というわけで表情には何一つ顔に出さない。


 俺は「分かってる」と目の前の美少女に起きることを伝えると、鉄アレイのように固まった肩をベッドから起こし座っている(というか乗っている)少女と対面する。




「やっと起きたぁ、遅いんだから、もう」




 まるで従順な妹だと、俺はそう感じた。だから、




「俺にそんな妹はいない」




 と独りごちる。そこで、目の前に広がる小ぶりな二つの桃を鷲掴みにしようと手を伸ばし下半身に広がった時と同じような温もりをその掌に宿す。


 瞬時、「やあっ」という慌てふためいた声が部屋に反響すると同時に頬が平手打ちされる感触を覚える。


 それはまるで時速100kmは超えているような速度ではないかというほどの痛み。これ以上にないほどの痛覚反応である。




「早く起きろ、カス」




 丸々とした柔らかな温もりのある少女…………ではなく、刺々しさと荒々しさを兼ね備えた女の姿がそこにはあった。




「あ、わりいわりい」




 起こしてくれた本当の人物は自分の役目を終えたようで、すたすたと俺の部屋から出ていった。対して俺は夢の影響からか、ベッドから身を乗り出して伸ばしていた手を引っ込めながらそう言った。








 鶏の鳴き声によって目を覚まし、温もりの籠った日差しを大自然の中浴びる。どういうわけかそんな、紛うことなき理想郷を遠方から眺めていることが俺には多くなった。


 現実を夢かのように見間違えてしまうことはサラリーマンのような社会の一員となることの弊害となるであろう。だが、俺には関係ない。そんなものには、はなっから興味が無いからな。




 そういうわけでこの世が理解しがたい想像の世界であると信じながら、意味を成さなかった鬱陶しい携帯のアラームを解除する。


 二階の部屋から階段を降り、リビングに朝飯を食べに行く。それはいたって他の国民と変わらないようにも見えるが、俺は変わっているのである。




「ご馳走さまでした」




 不愛想でさぞかし社会に適応するのに大変だろうなと思いつつ、この要因が俺であると思い返すと心が痛む。さっきといい俺のもたらすわざわいによってもたらした結果であると考えると申し訳ない……




「遅刻するわよ」




 流石中学三年目といったところか、私服の頃の姿を見ていた時では想像さえもしなかっただろう。


 曲谷時雨まがりやしぐれは俺の妹で中学三年生、つまりは今年で受験生でもある。当の本人もそれを自覚しているようで最近は部屋に引き籠もる傾向。


 しかも冷ややかに俺を愚弄するかのような目つきだ。元々、とある事情で俺を見る目は最低レベルになり、ゴミを見ていると捉えてもらっていい。




 しかしながら嫌々俺の相手をするような偽りの仮面を被ることは今までで一度もない。


 それは、それこそが俺に与えられた僅かな安心感でもあり、血の繋がっているいないの問題よりもありがたき幸せだと神様にお告げをするほど。




「有難う。そしてジュ、テーム、マイフィーユ」




 愛している、私の少女よ。ネット小説でちらりと見たとある会話からの引用文で発音も細切れ、アクセントも面白いことに何語が分からないほどになっている。うん、自分でも思うよ?キザを通り越して誰だよって。




「Tu me casses les pieds:あんたウザい」




 俺の横を通り過ぎながら流暢な言葉遣いを繰り出した。俺は義務教育である英語でさえ何故学ばなくてはならないのかと言い訳をしているわけで、仏語など以ての外だ。


 だがジョークを言われた後にさらりと何か言葉を口にするが、その言葉の真意はこれしかない。愚弄されているのだ。




 同級生やいわゆる社会に適応した人間ならば「ははは……」と苦笑いをしながらその場をやり過ごすのだろうが、時雨は違う。冷徹な眼差しで俺を眺めて「何だこいつは?」と俯瞰するだけ。


 俺にとってはそれほど相手を信用できる材料は他にないのだ、だからこそもう一度日常的な挨拶を毎度恒例行事として送る。




「いってら」




 血が繋がっているのだから互いに協力出来るとか、信用出来るとか、頼りになるだとかよく聞く。


 俺はそれだけが理由ではないとここで反論しよう。


 特に女は危険なのだから。



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