俺の彼女は死刑囚

氷雨ユータ

『  』限

 
 授業には遅れました。

 反省文を書かされたら一週間と経たずストレスで俺が死ぬ。とにかく教師なんてものは難癖を付けたがるもので、最初に提出すればやり直しを言い渡され、指示通りの修正をしたらその指示とは真逆の指示をして再提出を求め、最終的に書く反省文の数は余裕で百を超える。
 反省文は十枚が最低数なのだが、授業に少し遅刻した程度の反省に何を十枚も書く事があるのか。極限まで内容を薄めて表現を微妙に変え、更にそれを繰り返してようやく到達する。ごまかしだ。一体それに何の意味がある?
 文字を書いてるからと言って語彙力が高まるなどと思わない方が良い。内容なんて存在しないものに対してわざわざ中身を言及し続ける無意味さをこの学校は全く分かっちゃいない。十枚も反省する事なんてカンニングか暴力沙汰くらいなものだ。
 散々悪態を吐いてきたが、反省文地獄自体は免れていた。マリアがありもしない用事を俺に頼んでいたと言って、反省文を書くとしたら私がと庇ってくれたのだ。何故そんな事をしたのかは分からない。流石に惚れた惚れないの話をするには俺の顔はイケメンじゃないし、そこまで自分に自信がある訳でもない。元虐められっ子だぞ、俺は。
 一刻も早く薬子に今朝の話について考え直したと伝えたいが、その前にマリアへ感謝するのが筋だろう。先生が背後を向いた隙に俺はノートの切れ端に『何で助けた?』とだけ書いてマリアに向かって投げつけた。『聖母』と呼ばれる彼女にゴミを投げつけるなど冒涜極まる異端者の行いだが、このクラスにそこまでの過激派は居ない。
 返事は直ぐに帰ってきた。紙飛行機で。

『リューマ、呪われてる』

 おかれている状況に対してあまりに的確なコメントに俺の心拍が一気に跳ね上がった気がした。そういうの、分かるのか? マリアはそういうタイプの人間だったのか?
 言葉が出ない。自覚してはいたがやはり俺は呪われていたのか。じゃあ高いツボでも買って厄除けにする? ふざけている場合じゃないなんて分かってる。動揺が収まらないのだ。流石にこれ以上ゴミを投げつけるのは相手が神でなくても不敬なのでやめておく。
 もしマリアが専門家なら、薬子を巻き込む必要が生まれない。秩序の番人たる薬子は普通の人間なら信用に足る以外の何者でもないのだろうが、死刑囚を匿う俺にとっては単純明快に信用ならない。
いや、本当に手段を選ばないつもりなら二人共巻き込むのが正しいのだろうが……せこい話になるが、俺が助けたという感じにはならない。例えるなら名探偵が事件を解決すると宣っておいて警察に全て丸投げするみたいな…………
 命が掛かっているのにそんな下らない立ち位置を気にしている場合なのかと思われるかもしれないが、どうしても考えてしまう。何度も言うが俺は自分の手で味方を作りたい。客観的に絶対に信用出来る人物が。その為には信用を勝ち取らなければいけないのだ。
 そうでもしないと今後の身の振り方に迷う羽目になる。雫に殺されるかもしれないし、薬子に拷問されて殺されるかもしれない。


「はーい。ちょっと先生これから用事があるんで、この板書した奴写せた奴から休み時間。授業終わり。礼しなくていいぞ」


 世界史の先生は中々どうして適当だが、今回は助かった。写せたらというのは主観的な評価であり、暗に『自分が良いと思ったらやめてもいい』と言っている。俺は白紙のノートを(全く授業に集中出来なかった)閉じると、写しの途中であるマリアに声を掛けた。
「マリア、話がある」
「ソウ。いいけど、これが終わったらね?」
 俺とは全く違ってマリアは授業に意欲的だ。ザっと見た限り板書された事項を分かりやすく纏めている。テスト直前に彼女のノートがクラス間で回る理由が今分かった。暫く眺めていると間もなくノートが閉じられ、彼女が俺の方を見上げた。
「何の用なノ?」
「……ちょっと離しづらいから歩きながら話そう」
「分かった。リューマの用件は大体分かってる」
 マリアは徐に席を立つと、俺の動きに合わせて廊下へ。変に隅っこで話すと何事かと誰かに話を聞かれる可能性が高いので歩きながら話すのは少なくとも愚策ではない。くだらない話をしていると勘違いしてくれれば野次馬除けにはなるだろう。
「マリア、お前ってその……あれか? クラスに一人はいる霊感持ちか?」
「あはは。違うヨ。でもリューマが呪われてる事は分かる。霊感は無いけど私、呪いには詳しいから」
「……ん? え? 呪いには詳しいって何だ? 呪いで飯食ってる人か?」
「それも違う。ンー…………リューマ、今日暇?」
「ああ詳しい説明とかいいや、何か怖いし―――なあ、呪いに詳しいんだよな?」
「ウン。呪いの事なら何でも……やり方は教えないよ。危ないから」
「俺だってやりたくねえよ。違う。知ってるなら……例えば『カラキリさん』って知ってるか?」
 鳳介は言っていた。『カラキリさん』手紙そのものに宿る『呪い』に近いと。近いだけで呪いではないから知らないと言われても仕方なかったが、分の良い賭けはしていくべきだ。
「カラキリ……それはキリの前が何も書かれてないの?」
「え、よく分かったな。言葉じゃ絶対伝わらないと思ったのに……って事は知ってるんだな!?」
「勿論」
 賭けに勝った。配当金はカラキリさんの情報に違いない。名前を聞いてもほぼノーリアクションで受け流している辺り、有名なのだろうか。呪いとしての『カラキリさん』は。
 マリアは俺の手を引っ張って身体を寄せると、吐息に声を乗せて囁いた。


「それは『限(きり)』っていう呪いの一種。キリの前が何も無いのは当たり前。だってそこを作るのは術者自身だから」


「……『限』?」
「言葉で言っても説明しづらいし理解してもらえるとも思ってないから、これ以上は話せない。リューマ、今日暇?」
 暇か暇じゃないかと言われれば暇じゃない。猶予があるとはいえ命がかかっているのだ。無駄な行動はしていられない。例えば誰かから家に遊びに来るよう誘われたとしても―――絶対にいけない。
 
 ―――あのコウナイ放送一体何なんだよ。

「用件による。何する気だ?」
「近くの空き地で実践してあげる。百聞は一見に如かずって言うでショ?」
 家に誘って来ないのは、ピンポイントでコウナイ放送を避けている……いや、考え過ぎか? そもそもあのコウナイ放送、聞こえているのは深春先輩だけで他の人間には誰も聞こえていないから(周りの反応からそれは明らかだ)そもそもの存在意義が分からない。
 あれも俺に対する何らかの呪いだったりするのだろうか。
「……そういう用件なら付き合う。けど最後に一つ聞かせてくれ。学校を使った……んー何ていうかな? 皆の口を使った呪いってあるか?」
 マリアの反応は芳しくなかった。ダメ元ではあったが、そうか。呪いではないのか。つまり深春先輩が同一視していただけで、あのコウナイ放送と『カラキリさん』はまた別の物という事になる。
 何故俺を狙うのか、何故深春先輩にだけ聞こえるのか、何故それがあの夜に限って急に俺も聞こえるようになったのか、家に誘うというのはどんな意味があるのか。
 分からない事がたくさんあるが、別物と分かったのは収穫だ。あのコウナイ放送は切り離して考えられるから思考が絡まり辛くなる。ただ、過度な放置は深春先輩の精神に深刻なダメージを追わせてしまいそうなので禁物。『カラキリさん』を解決させた後にでもまた首を突っ込むべきだ。
「オッケー分かった。じゃあまた後でな」
「待って。リューマ。私からも最後に一つだけ」
 



「クスネは貴方の味方じゃない。何があっても、絶対に」

    
 
 

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