傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

告白 4

「ん……?なんだこれ?」

デスクの上にコンビニ袋が置いてあることに気付き、軽く首をかしげる。
私はコンビニなんか行ってないのに、なぜここに?
一体なんだろうと思いながら袋の中を覗くと、ツナマヨのおにぎりとタマゴサンド、ペットボトル入りの無糖のカフェオレが入っていた。
見事に私の好きなものばかりだ。
よく見るとその奥には紙切れが入っている。

【時間ある時に食え】

ぶっきらぼうなたった一言の走り書きは、見覚えのある門倉の文字だった。
毛布を仮眠室から借りて来て掛けてくれたのも、きっと門倉だろう。
……なんだよもう……。
眠れなかったのも昼食を食べそびれたのも、門倉のせいなのに。

それにしてもお腹空いたな。
時計を見ると12時55分、あまりゆっくり味わっている暇はないけど、おにぎりを食べる時間くらいはありそうだ。
包みを外してツナマヨのおにぎりにかじりついた。

いつも一緒にコンビニで買い物しているわけでもないのに、私の好きなものばかり選んだのは偶然なのか、それとも私のことをそれだけよく見ているからなのか。
顔を合わせると憎まれ口ばかり叩くけど、門倉には光とは違う優しさがある。
さりげなく気を遣ってくれるんだ、門倉は。
私にとってそれが当たり前になりすぎていたから、これまで深く考えたことはなかったけど。
心地いいって……たった今、気付いた。



午後8時。
私はオフィスで一人、睡魔と戦いながらパソコンに向かっている。
さっきまで田村くんもいたけど仕事を終えて帰ってしまったから、話す相手もいなくて余計に眠い。
居眠りして間違えて入力しないように気を付けないと。

できるだけ早く帰って寝ようと思っていたのに、定時間際になって部長が現れ、二課の成果報告書を今日中に仕上げてくれと言ってきた。
昨日の朝は『来週でいい』と言っていたのに、それは部長の勘違いだったらしい。

やっぱり今日も帰りは遅くなるな。
それにしても眠い。
一瞬でも気を抜くと眠ってしまいそうだ。
あともう少しなのに、こんなに眠くては効率が悪すぎて、終わるのがどんどん遅くなる。
一息ついて眠気覚まそう。
タバコと小銭を持ってオフィスを出た。

自販機で普段は飲まないブラックのコーヒーを買って、喫煙室に向かう途中で門倉と会った。
社内でも会わない日はまったく会わないのに、今日に限ってやたらと顔を合わせる。

「篠宮、残業か?」
「見ての通り」

残業でもなければこんな時間まで会社に残ったりしないよ。

「眠そうな顔して……大丈夫か?」

誰のせいだと思ってるんだ。

「成果報告書は来週でいいって言ってたのに、定時間際になって急に、今日中に出せって部長が」
「あー、俺もおんなじこと言われてさっきまでやってたよ。篠宮はまだ終わらないのか?」
「……おかげさまで」

門倉のせいで眠くて終わらないんだよ!
そう言ってやりたいのを堪え、少しばかりの皮肉で言葉を返した。
仕事終わったなら私に構ってないで早く帰ればいいのに。

きっと帰ろうとしていたはずの門倉は、私と一緒に喫煙室に入ってタバコに火をつけた。
また今朝のことを思い出してしまうから、早く帰って欲しいんだけど。
そういえば昼休みのこと、まだお礼を言っていなかった。
睡眠不足もお昼を食べそびれたのも門倉のせいなのに、お礼を言うのもしゃくだけど。


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