傷痕~想い出に変わるまで~
休日 4
「苦手ってわけでもないけど、たしかに昔ほど甘いものは好きじゃなくなったかな。いつもミルク入り砂糖なしのコーヒー飲んでる」
「そうなんだ。味覚も好みも大人になったのかな」
「大人にもなるよ。もう32だからね」
ハッキリ言葉にすると、また胸が軋んだ音をたてた。
どんなことがあっても時間は止まることなく流れていて、私たちは離れてからもそれぞれに歳を重ねた。
お互いに知っているのは若かった頃のことばかりで、まるで知らない大人同士になってしまったみたいだ。
「まだ32だよ、瑞希」
「え?」
パンケーキを切り分けていた手元から視線を上げると、光が真剣な顔をして私を見つめていた。
「若けりゃいいってわけじゃないし、焦ってもいいことなんてなかったもんな。俺は大人になった今の瑞希をもっと知りたいし、これからの瑞希とまた一緒にいられたらって……思ってる」
光の言葉を聞くと複雑な気持ちになって、素直にうなずくことはできなかった。
やっぱり焦って結婚なんかするんじゃなかったって、光は私との結婚を後悔してるってことなのかな。
確かに私たちはあの頃まだ世間知らずで、人として幼かった。
結果的に失敗はしたけれど、あの時はお互いを大事に想うからこそ二人で結婚を決めたんだと、私は思っていたのに。
「ごめん、また余計なこと言って瑞希が食べるの邪魔したみたい」
黙って手元に視線を落とした時、光のオーダーしたミックスサンドが運ばれてきた。
ちょうど良かった。
少しの間は余計な話をしなくて済む。
私がパンケーキを口に運ぶと、光もサンドイッチを食べ始めた。
今の私にはシロップのかかったパンケーキはやっぱり甘すぎたみたいだ。
「まだ時間も早いしどこか行かない?」
コーヒーをもう少しで飲み終わる頃、光がそう言った。
どうしようかと思ったけれど、私は首を横に振った。
「今日はやめとく。家のこと何もしてないし……明日の仕事の準備もしときたいから」
本当は家のことなんてどうにでもなるし、明日の仕事の準備も特別何かをしなくちゃいけないわけでもない。
ただ今日はもうこれ以上光と一緒にいるのがちょっとしんどいだけだ。
あの頃の真剣な想いが結婚という形に結び付いたと私は思っていたのに、光は私との結婚に対して『焦ってもいいことなんてなかった』と言った。
『若気の至り』と言われればそれまでの短い結婚生活だったし、決してうまくはいかなかった。
私は光と向き合えなかったことや、仕事に打ち込みすぎて光を大事にできなかったことは後悔しても、光と結婚したこと自体を後悔したことはない。
光が私との結婚を後悔しているのかも知れないと思うと、胸がギシギシとイヤな音をたてた。
「もう少し瑞希と一緒にいたかったんだけど……あんまり無理は言えないな」
「……ごめん」
「いや……急に誘ったのに会えただけでも嬉しかった。来てくれてありがとう。また誘うから、今度はどこかに行こう」
「うん……じゃあ、またね」
駅の前で光と別れた。
一人になるとホッとして、ようやく自然に息を吸うことができた。
自宅に戻り、一息つこうとタバコに火をつけて初めて、この間も今日も私は光の前でタバコを吸っていなかったと気付いた。
居酒屋で会った時はタバコを吸っているところを見られたし、昔の私とは違うことを知って欲しくて、あえて目の前でタバコを吸った。
隠しているつもりはないのに光の前でタバコを吸わなかったということは、私は光の目を気にしているのかな。
光も私に無理をさせまいとやたらに気を遣っている。
門倉が言った通りだ。
私も光も、相手の顔色ばかり気にしている。
「そうなんだ。味覚も好みも大人になったのかな」
「大人にもなるよ。もう32だからね」
ハッキリ言葉にすると、また胸が軋んだ音をたてた。
どんなことがあっても時間は止まることなく流れていて、私たちは離れてからもそれぞれに歳を重ねた。
お互いに知っているのは若かった頃のことばかりで、まるで知らない大人同士になってしまったみたいだ。
「まだ32だよ、瑞希」
「え?」
パンケーキを切り分けていた手元から視線を上げると、光が真剣な顔をして私を見つめていた。
「若けりゃいいってわけじゃないし、焦ってもいいことなんてなかったもんな。俺は大人になった今の瑞希をもっと知りたいし、これからの瑞希とまた一緒にいられたらって……思ってる」
光の言葉を聞くと複雑な気持ちになって、素直にうなずくことはできなかった。
やっぱり焦って結婚なんかするんじゃなかったって、光は私との結婚を後悔してるってことなのかな。
確かに私たちはあの頃まだ世間知らずで、人として幼かった。
結果的に失敗はしたけれど、あの時はお互いを大事に想うからこそ二人で結婚を決めたんだと、私は思っていたのに。
「ごめん、また余計なこと言って瑞希が食べるの邪魔したみたい」
黙って手元に視線を落とした時、光のオーダーしたミックスサンドが運ばれてきた。
ちょうど良かった。
少しの間は余計な話をしなくて済む。
私がパンケーキを口に運ぶと、光もサンドイッチを食べ始めた。
今の私にはシロップのかかったパンケーキはやっぱり甘すぎたみたいだ。
「まだ時間も早いしどこか行かない?」
コーヒーをもう少しで飲み終わる頃、光がそう言った。
どうしようかと思ったけれど、私は首を横に振った。
「今日はやめとく。家のこと何もしてないし……明日の仕事の準備もしときたいから」
本当は家のことなんてどうにでもなるし、明日の仕事の準備も特別何かをしなくちゃいけないわけでもない。
ただ今日はもうこれ以上光と一緒にいるのがちょっとしんどいだけだ。
あの頃の真剣な想いが結婚という形に結び付いたと私は思っていたのに、光は私との結婚に対して『焦ってもいいことなんてなかった』と言った。
『若気の至り』と言われればそれまでの短い結婚生活だったし、決してうまくはいかなかった。
私は光と向き合えなかったことや、仕事に打ち込みすぎて光を大事にできなかったことは後悔しても、光と結婚したこと自体を後悔したことはない。
光が私との結婚を後悔しているのかも知れないと思うと、胸がギシギシとイヤな音をたてた。
「もう少し瑞希と一緒にいたかったんだけど……あんまり無理は言えないな」
「……ごめん」
「いや……急に誘ったのに会えただけでも嬉しかった。来てくれてありがとう。また誘うから、今度はどこかに行こう」
「うん……じゃあ、またね」
駅の前で光と別れた。
一人になるとホッとして、ようやく自然に息を吸うことができた。
自宅に戻り、一息つこうとタバコに火をつけて初めて、この間も今日も私は光の前でタバコを吸っていなかったと気付いた。
居酒屋で会った時はタバコを吸っているところを見られたし、昔の私とは違うことを知って欲しくて、あえて目の前でタバコを吸った。
隠しているつもりはないのに光の前でタバコを吸わなかったということは、私は光の目を気にしているのかな。
光も私に無理をさせまいとやたらに気を遣っている。
門倉が言った通りだ。
私も光も、相手の顔色ばかり気にしている。
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