傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

後悔 5

食事を終えてコーヒーを飲みながら、どうやって話を切り出そうかと考えた。
あの時はごめん、とか突然言ってもなんのことかわからないだろうし、岡見と小塚にいろいろ聞いたことは伏せておきたいから、何から話せばいいのかと悩む。

「昨日、小塚から電話もらった」

光は顔を上げることなくそう言ってコーヒーを飲んだ。

「えっ……」

昨日っていつ?
私と話す前?
それとも話した後?

「瑞希に俺のこと聞かせてくれって頼まれたけど、勝手に話していいかわからないから電話したんだって。だから本当のこと全部話していいって言った」
「……ごめん」
「瑞希が謝ることないよ、謝るのは俺の方だ。この間居酒屋で会った時に嘘ついたこと、後ろめたかったし……。ちゃんと本当のこと話して謝りたかったから。また瑞希に嫌われるのが怖くて嘘ついた。ごめんな」
「……」

もうずっと前に別れたんだし、今更私に嫌われたってどうってことはないはずなのに。
黙っててくれと小塚に頼めば、私は光の話が嘘だとは気付かなかったのに、なぜそれをしなかったのか。

「瑞希は俺より仕事が大事なんだって子供みたいに拗ねて……俺を必要としてくれるなら誰でもいいってやけになってさ。男のくせにカッコ悪いな」
「光が他の人を選んでもしょうがない状況を作ったのは私だと思う。光がつらかった時に私はそれに気付けなかったし、ちゃんと話も聞かないでひどいこと言ったから、それを謝りたかったの。ごめんなさい。私は全然向き合おうとしなかった」

私が頭を下げると光は首を横に振った。

「俺、本当にバカだった。一緒にいたかったのは瑞希が好きだったからで、誰でも良かったわけじゃないのにな。別れてしばらく経って冷静になってからやっとそれに気付いて……ずっと後悔してた」
「……うん」
「瑞希の代わりなんて……瑞希以上に好きになれる人なんて、どこにもいなかったよ。こんなに好きなのにもう会えないんだって思うと苦しくて、その原因を作った自分が許せなくて……もう生きてるのもつらくなって死のうとした」

どんな顔をして聞けばいいのかわからなくて、自然とうつむいてしまう。

「大量に睡眠薬飲んで朦朧としてる時に……夢の中で瑞希に会ってさ」
「私に……?」
「約束やぶってごめんって言おうと思ったら『バカ!!なんでこんなことしたの?!』って、瑞希が泣きながら怒ってくれたから……会ってちゃんと謝らなきゃって思ったら、死ねなかった」
「うん……」
「どんなに罵られてもいいから、瑞希に会いたいって思ったんだ。ずっと会いたかった。瑞希が……好きだから」

え……?
今、なんて言った……?

驚いて顔を上げると、光の真剣な眼差しに捕らわれた。
目をそらすこともできず息を飲む。
息をするのも忘れてしまいそうなほどの緊張に耐えかねて、思わず立ち上がった。

「もう時間も遅いし……そろそろ出よう」

伝票を取ろうとすると、それより早く光が手を伸ばした。

「今日は払わせて。誘ったのは俺だから」

店を出るととにかく1秒でも早くこの場を立ち去りたくて、駅に向かって歩き出そうとした。
すると光が突然私の手を握り、駅とは逆の方向へと歩き出した。
驚いて手を引っ込めようとすると、光は更に強い力で少し強引に私の手を引いて歩いた。

「……離して」
「お願いだから、逃げないでもう少しだけ話を聞いて。これきりになんてしたくない」

これでもう光とのことにけりをつけて全部終わらせるつもりだったのに、光はそれを許してくれない。
光の手はあの頃と同じように温かくて、なんのためらいもなく大好きだと言えた頃のことが次々と頭に浮かんで、手を引かれながら見つめた光の後ろ姿がぼんやりとにじんで見えた。



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