傷痕~想い出に変わるまで~
後悔 4
光が右手を挙げて店員を呼び止め、明太子のカルボナーラセットと、茄子とベーコンとトマトのパスタと、生ハムのサラダとホットコーヒーを注文した。
店員がテーブルから離れると光はグラスの水を少し飲んだ。
「……なんで自分の好きなもの注文しないの?」
「ん?食べたいなと思ったから注文したんだよ」
嘘ばっかり……。
茄子なんか好きじゃないくせに。
サラダだって生ハムよりシーフードの方が好きだったはず。
「変な気を遣わなくていいのに」
「瑞希が好きなもの、俺も食べたいなと思っちゃいけない?」
「いけなくはないけど……」
また胸が軋んだ音をたてた。
立て付けの悪い錆びたドアを無理やりこじ開けようとしているような、そんな感じ。
「あのね光、私……」
「話は食事の後にしよう」
「……うん」
料理を待つ間、特に話すことがあるわけでもなく視線をさまよわせながら水を飲んでいた。
間が持てなくて居心地が悪くて、こんな時に限ってなかなか料理が来ない。
いや、そう感じるだけなのかも。
光も同じように落ち着かないのか、さっきからメニューを見ている。
「ただぼんやりしてるだけってのもなんだから、ワインでも頼もうか」
「ああ、うん」
チーズの盛り合わせと白ワインをボトルで注文した。
とりあえずこれで少しは気が紛れる。
光はグラスをひとつ私に差し出し、私がそれを受け取るとワインを注いでくれた。
私も注いであげた方がいいのかなと思ったけど、光は自分でグラスにワインを注ぎ、二人とも何も言わずにワインを飲んだ。
確か初めてワインを飲んだのは光と一緒にイタリアンレストランに行った時だ。
気軽に入れるイタリアンレストランが大学の近くにあって、二人とも飲んだことのなかったワインを初めて飲んでみることになった。
あの頃はまだ二十歳を過ぎて間もなくてお酒に慣れていなかったから、グラスワインを2杯も飲むとほろ酔いになって、二人とも少しフワフワした足取りで手を繋いで帰った。
30歳を越えてすっかりお酒に強くなった今では、もうそれくらいの量では酔わないけれど。
「なんか今……瑞希と一緒に初めてワイン飲んだ時のこと思い出した」
「……うん、私も」
自然とそう答えると光は少し嬉しそうに笑った。
「若かったな」
「お互いにね」
あれからもう12年も経ったんだ。
嬉しいことも悲しいこともつらいこともあった。
離れてからはそれぞれの道を歩きながら歳を重ねて、また出会うとは思ってもいなかった。
「……いろいろあったね」
「……うん」
それからまた二人とも黙りこくってワインを飲んだ。
運ばれてきた料理を食べ始めると、光が微かに笑みを浮かべた。
「瑞希と向かい合って食事するなんて何年ぶりかな」
「この間居酒屋で……」
「あれは違うよ。ビールとつまみだけだったから」
「そう……?私の夕飯、いつもそんな感じだけど……」
私の夕飯なんて仕事の後で門倉と居酒屋に行くか、家に帰って一人で適当なものをつまみにビールを飲んで終わるのが当たり前。
結婚していた頃はなんとかして食事の用意をしていたけれど、最近は自分だけのために料理を作るのが面倒だから、あまり自炊はしていない。
光がサラダのトマトを口に運んだ。
ああ、そうか。
いつも門倉の分までトマトを食べていたけど、今日はそんなことしなくていいんだ。
「俺……瑞希の作ってくれる料理好きだったよ。けど一人で食べるより一緒に食べるのが好きだった。料理がどんなに美味しくても一人じゃ味気なかったから」
「……うん」
仕事が忙しくなると、出勤前になんとか食事の支度だけして出かけ、夜は残業で遅く帰ることが多かった。
帰っても夜中まで家事と持ち帰った仕事に追われて、光とはまともに会話する時間もなかった。
光はいつもそんなことを考えながら一人で食事をしていたのかも知れない。
店員がテーブルから離れると光はグラスの水を少し飲んだ。
「……なんで自分の好きなもの注文しないの?」
「ん?食べたいなと思ったから注文したんだよ」
嘘ばっかり……。
茄子なんか好きじゃないくせに。
サラダだって生ハムよりシーフードの方が好きだったはず。
「変な気を遣わなくていいのに」
「瑞希が好きなもの、俺も食べたいなと思っちゃいけない?」
「いけなくはないけど……」
また胸が軋んだ音をたてた。
立て付けの悪い錆びたドアを無理やりこじ開けようとしているような、そんな感じ。
「あのね光、私……」
「話は食事の後にしよう」
「……うん」
料理を待つ間、特に話すことがあるわけでもなく視線をさまよわせながら水を飲んでいた。
間が持てなくて居心地が悪くて、こんな時に限ってなかなか料理が来ない。
いや、そう感じるだけなのかも。
光も同じように落ち着かないのか、さっきからメニューを見ている。
「ただぼんやりしてるだけってのもなんだから、ワインでも頼もうか」
「ああ、うん」
チーズの盛り合わせと白ワインをボトルで注文した。
とりあえずこれで少しは気が紛れる。
光はグラスをひとつ私に差し出し、私がそれを受け取るとワインを注いでくれた。
私も注いであげた方がいいのかなと思ったけど、光は自分でグラスにワインを注ぎ、二人とも何も言わずにワインを飲んだ。
確か初めてワインを飲んだのは光と一緒にイタリアンレストランに行った時だ。
気軽に入れるイタリアンレストランが大学の近くにあって、二人とも飲んだことのなかったワインを初めて飲んでみることになった。
あの頃はまだ二十歳を過ぎて間もなくてお酒に慣れていなかったから、グラスワインを2杯も飲むとほろ酔いになって、二人とも少しフワフワした足取りで手を繋いで帰った。
30歳を越えてすっかりお酒に強くなった今では、もうそれくらいの量では酔わないけれど。
「なんか今……瑞希と一緒に初めてワイン飲んだ時のこと思い出した」
「……うん、私も」
自然とそう答えると光は少し嬉しそうに笑った。
「若かったな」
「お互いにね」
あれからもう12年も経ったんだ。
嬉しいことも悲しいこともつらいこともあった。
離れてからはそれぞれの道を歩きながら歳を重ねて、また出会うとは思ってもいなかった。
「……いろいろあったね」
「……うん」
それからまた二人とも黙りこくってワインを飲んだ。
運ばれてきた料理を食べ始めると、光が微かに笑みを浮かべた。
「瑞希と向かい合って食事するなんて何年ぶりかな」
「この間居酒屋で……」
「あれは違うよ。ビールとつまみだけだったから」
「そう……?私の夕飯、いつもそんな感じだけど……」
私の夕飯なんて仕事の後で門倉と居酒屋に行くか、家に帰って一人で適当なものをつまみにビールを飲んで終わるのが当たり前。
結婚していた頃はなんとかして食事の用意をしていたけれど、最近は自分だけのために料理を作るのが面倒だから、あまり自炊はしていない。
光がサラダのトマトを口に運んだ。
ああ、そうか。
いつも門倉の分までトマトを食べていたけど、今日はそんなことしなくていいんだ。
「俺……瑞希の作ってくれる料理好きだったよ。けど一人で食べるより一緒に食べるのが好きだった。料理がどんなに美味しくても一人じゃ味気なかったから」
「……うん」
仕事が忙しくなると、出勤前になんとか食事の支度だけして出かけ、夜は残業で遅く帰ることが多かった。
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