傷痕~想い出に変わるまで~
後悔 2
8時半過ぎに残業を終えてオフィスを出た。
そのまま家に帰ると、きっとまたためらって電話しそびれてしまうような気がしたから、自販機でコーヒーを買って喫煙室に足を運んだ。
もう残っている者の数少ない社内は節電のために照明が落とされて少し薄暗く、喫煙室は真っ暗だった。
消灯しているのは誰もいないということだ。
コーヒーをこぼさないように喫煙室のドアをゆっくりと開け、入り口付近にある照明のスイッチを手探りで見つけて灯りをつけた。
椅子に座ってとりあえずタバコに火をつける。
このタバコを吸い終わるまでに気持ちを落ち着かせよう。
自分にそう言い聞かせると、無意識にいつもよりタバコを吸うペースが遅くなる。
コーヒーを飲みながら口の中で光に話す言葉を何度も呟いているうちに、気がつくとタバコはフィルターギリギリのところまで燃え尽きていた。
往生際が悪いな、私も。
タバコを灰皿の中に投げ入れ、ポケットからスマホと名刺を取り出して深呼吸した。
今度こそ電話を掛けよう。
いつまでも逃げ続けるわけにもいかない。
名刺に書かれた番号の数字をゆっくりとタップして、スマホを耳に近付けた。
鼓動がどんどん速くなるのを感じながら心の中で呼び出し音を数えた。
5つめまで数えた時、呼び出し音が途切れた。
「はい、勝山です」
光の声が聞こえた瞬間、心臓が更に大きな音をたてた。
電話を切ってしまいたい衝動を抑えて、おそるおそる声を絞り出す。
「もしもし……」
「……瑞希?」
耳に響くのはあの頃と変わらない、私を呼ぶ光の優しい声。
「うん……瑞希、です」
「良かった……ありがとう、電話してくれて」
「うん……」
何度もシミュレーションしたはずなのに、用意していた言葉はなにひとつ私の口からは出てこない。
「えっと……」
私がなかなかうまく話せないことに気付いたのか、電話の向こうで光が小さく笑うのが微かに聞こえた。
「瑞希、今どこにいるの?」
「会社……」
「まだ仕事中?」
「これから帰るところ……」
たどたどしい返事しかできなくてなんだか恥ずかしい。
「瑞希がイヤじゃなかったら……一緒に食事でもしようか」
「……うん」
20分くらいで着くから会社の前で待ってて、と言って光は電話を切った。
通話を終えてスマホをポケットにしまい、ぬるくなったコーヒーを一気に飲み干した。
いきなり会うことになるとは思っていなかったから戸惑ってしまい、また鼓動が速くなる。
落ち着け、落ち着け。
とりあえず光と会うまでに少しでも落ち着かなくちゃ。
意味もなくあたふたして両手で顔を覆い、まっすぐ帰るつもりだったので化粧直しをしていないことに気付いた。
とりあえず……少しくらいは化粧を直しておこう。
別に光と会うからとかそんなんじゃなくたって、大人の女性の身だしなみとして当然だ。
門倉と飲みに行く時は化粧直しなんてしたことないけど。
「ごめん……待たせちゃった?」
「いや、今着いたところ。行こうか」
「うん」
並んで歩き出した二人の間には、あの頃にはなかった微妙な距離がある。
昔みたいに手を繋いで歩いたりはしないけれど、光が私の歩幅に合わせてくれているのがわかった。
「遅くまで仕事してお腹空いてるだろ?何食べたい?」
「何がいいかな……。光の食べたいものでいいよ」
「じゃあイタリアンでいい?」
「うん」
光と一緒に歩くのなんて何年ぶりだろう?
思ったより普通に会話ができていることにホッとした。
あんな別れ方をしたから何年も離れていたのに、こうしていると昔と変わらないような気がしてくる。
そんなのはもちろん気のせいだとわかっているけれど。
そのまま家に帰ると、きっとまたためらって電話しそびれてしまうような気がしたから、自販機でコーヒーを買って喫煙室に足を運んだ。
もう残っている者の数少ない社内は節電のために照明が落とされて少し薄暗く、喫煙室は真っ暗だった。
消灯しているのは誰もいないということだ。
コーヒーをこぼさないように喫煙室のドアをゆっくりと開け、入り口付近にある照明のスイッチを手探りで見つけて灯りをつけた。
椅子に座ってとりあえずタバコに火をつける。
このタバコを吸い終わるまでに気持ちを落ち着かせよう。
自分にそう言い聞かせると、無意識にいつもよりタバコを吸うペースが遅くなる。
コーヒーを飲みながら口の中で光に話す言葉を何度も呟いているうちに、気がつくとタバコはフィルターギリギリのところまで燃え尽きていた。
往生際が悪いな、私も。
タバコを灰皿の中に投げ入れ、ポケットからスマホと名刺を取り出して深呼吸した。
今度こそ電話を掛けよう。
いつまでも逃げ続けるわけにもいかない。
名刺に書かれた番号の数字をゆっくりとタップして、スマホを耳に近付けた。
鼓動がどんどん速くなるのを感じながら心の中で呼び出し音を数えた。
5つめまで数えた時、呼び出し音が途切れた。
「はい、勝山です」
光の声が聞こえた瞬間、心臓が更に大きな音をたてた。
電話を切ってしまいたい衝動を抑えて、おそるおそる声を絞り出す。
「もしもし……」
「……瑞希?」
耳に響くのはあの頃と変わらない、私を呼ぶ光の優しい声。
「うん……瑞希、です」
「良かった……ありがとう、電話してくれて」
「うん……」
何度もシミュレーションしたはずなのに、用意していた言葉はなにひとつ私の口からは出てこない。
「えっと……」
私がなかなかうまく話せないことに気付いたのか、電話の向こうで光が小さく笑うのが微かに聞こえた。
「瑞希、今どこにいるの?」
「会社……」
「まだ仕事中?」
「これから帰るところ……」
たどたどしい返事しかできなくてなんだか恥ずかしい。
「瑞希がイヤじゃなかったら……一緒に食事でもしようか」
「……うん」
20分くらいで着くから会社の前で待ってて、と言って光は電話を切った。
通話を終えてスマホをポケットにしまい、ぬるくなったコーヒーを一気に飲み干した。
いきなり会うことになるとは思っていなかったから戸惑ってしまい、また鼓動が速くなる。
落ち着け、落ち着け。
とりあえず光と会うまでに少しでも落ち着かなくちゃ。
意味もなくあたふたして両手で顔を覆い、まっすぐ帰るつもりだったので化粧直しをしていないことに気付いた。
とりあえず……少しくらいは化粧を直しておこう。
別に光と会うからとかそんなんじゃなくたって、大人の女性の身だしなみとして当然だ。
門倉と飲みに行く時は化粧直しなんてしたことないけど。
「ごめん……待たせちゃった?」
「いや、今着いたところ。行こうか」
「うん」
並んで歩き出した二人の間には、あの頃にはなかった微妙な距離がある。
昔みたいに手を繋いで歩いたりはしないけれど、光が私の歩幅に合わせてくれているのがわかった。
「遅くまで仕事してお腹空いてるだろ?何食べたい?」
「何がいいかな……。光の食べたいものでいいよ」
「じゃあイタリアンでいい?」
「うん」
光と一緒に歩くのなんて何年ぶりだろう?
思ったより普通に会話ができていることにホッとした。
あんな別れ方をしたから何年も離れていたのに、こうしていると昔と変わらないような気がしてくる。
そんなのはもちろん気のせいだとわかっているけれど。
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