傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

真実 4

「かなりデカイ取引先との契約だったんだろ?それをダメにされて、身に覚えもないのに大勢の前で上司から散々怒鳴られてなじられたって。それでも周りは栄田さんたちが怖いから誰もかばってくれなかったんだ。もう誰も信じられなくなって、だんだん会社に行くのが怖くなったんだってさ」
「ひどい……」


光の様子がおかしくなった時、私は仕事の忙しさにかまけて詳しく話を聞こうとしなかった。
おまけに無断欠勤の理由も聞かず、出勤して職場の人たちに謝れと言った。
ひどいのは私も同じだ。
本当なら光の様子の変化に一番に気付き、話を聞いて一緒に乗り越えなければならなかったのは妻の私なのに。

「光はその時の私のこと、何か言ってた?」

おそるおそる尋ねると、岡見と小塚は顔を見合わせて少し困った顔をした。
門倉は最初からずっと黙って話に耳を傾けている。


「どんなことでもいいから教えて」

私が頼み込むと岡見と小塚は小さくため息をついた。

「言いづらいんだけど、光がな……シノは仕事が忙しくなり始めてから全然自分のことを見てくれないって言ってたよ」
「いつも家でも仕事に必死になってるから、話したくても何も話せないんだって。『瑞希はもう俺のことなんか好きでも必要でもないみたいだ』って言ってたな」

好きじゃなくなったなんてことはなかった。
ただ、一緒にいることが当たり前になりすぎて、何も話さなくてもわかってくれると油断していたんだと思う。

「好きじゃなくなったわけじゃないけど……確かに仕事が忙しくなってからは光と食事も一緒にしなくなったし、まともな会話もしなかった。ずっと光に避けられてたような気がするよ」
「それ、光も同じこと言ってたぞ。シノに避けられてるって」
「おい、それは……」

小塚の言葉を聞いた岡見が慌ててそれを止めようとした。
きっと光は私には言いにくいことを二人に聞いてもらっていたんだろう。

「教えて。光が……なんて言ってたの?」

私が覚悟を決めて尋ねると岡見が真剣な顔をして私を見た。

「シノ、先に断っとくけどな。光は別にシノとの間にあったことを俺らになんでもかんでも話してたわけじゃないぞ。どこに遊びに行ったとかは聞いたけどな。この話をした時の光は相当悩んで切羽詰まってたから、俺らが話させたんだ。それだけはわかってやってくれよ」
「うん……わかった。それで光はなんて?」

小塚は静かな口調で話し始めた。

「シノが毎晩遅くまで仕事してるから、もうずっと一緒に寝てないし触ってないって。きっと俺と寝るのもイヤなんだなって言ってた」
「うん……」
「光は寂しかったんだ、結婚して一緒にいるのにまともに話すことも触れ合うこともできなくて。シノが遠い存在になったって。つらい時もシノに気付いてもらえなくて逃げ場が欲しかったんだと思う。だから……」
「……浮気したってこと?」

小塚は『シノには酷な話をするけど』と前置きをして光が浮気をした経緯を話し始めた。


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