傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

動揺 1

翌日。

昼休みになるや否や、私は一課のオフィスに飛び込み、まっすぐに門倉の席へ向かった。
そして長身の門倉のサイズにピッタリな長いネクタイを思いきり引っ張った。
一課のみんなは驚いた顔をして呆然と私を眺めた。

「アンタ、私に恨みでもあるの?」

門倉は驚いた様子で目を丸くした後、私の額をボールペンでピシッと叩いた。

「落ち着けよ。みんなビックリしてる」
「ビックリしたのは私よ!なんであんな……!!」

興奮して目を血走らせている私を抱えるようにして、門倉はオフィスの外へと私を連れ出した。
会社の敷地内の花壇の前に備えられたベンチに私を座らせ、門倉もその隣に座った。

「昨日何があった?」

涼しい顔しやがって、ホントムカつく。
あまりにも腹が立って門倉の襟首を掴んだ。

「何があった?じゃないよ!なんで勝手に光と引き合わせたりするの?!私の気も知らないで……!!」
「知ってるよ。お前の元旦那に対する気持ちならきっと俺が一番よく知ってる」
「だったらなんで……!!」

更に力を込めて掴みかかる私を、門倉はギュッと抱きしめた。

「だから落ち着けって……。ちゃんと聞くから、何があったか最初から話してみろ」

……なんだこれ。
なに?この状況。
いくら私が頭に血が昇って吠えてたって、門倉にこんな風にされる覚えはない。

こんな風に男の人に抱きしめられたのは、光以外ではこれが初めてだ。
スーツからは仄かに門倉がいつも吸っているタバコの香りがした。
門倉のことなんか男として意識したことは一度もないのに、胸の広さとか腕のたくましさとか、ちょっとしたことにドキドキしてしまう。

ないない、門倉にドキドキするなんて有り得ない。
急に照れくさくなって、一気に頭から血の気が引いた。

「……話すから一刻も早くその手を離せ」
「お?ああ、これか」

門倉は何食わぬ顔をして私から手を離した。
ムカつく……。
想定外の門倉の行動に、不覚にも高鳴ってしまった鼓動がまだ治まらない。
不可解な胸の高鳴りを気のせいにしてしまおうと、私は門倉のネクタイを思いきり引っ張った。

「ホントにムカつくよね、門倉って」
「ん?そうか?」
「自覚ないのが更にムカつく……」

歯を食いしばって更に強くネクタイを引っ張った。
その拍子に気を抜いていた門倉の顔が引き寄せられ私の顔に近付いた。
えっ、まさか……?!
次の瞬間、ガツンと鈍い音をたてて門倉の額が私の額にぶつかった。

「いってぇ……」

門倉は痛そうに声をあげて額をさすった。
私はあまりの痛さに声も出せず両手で額を押さえた。
痛いよ!この石頭!!

あんな至近距離で門倉の顔見たの初めてだ。
門倉の顔が近付いてきた時、ありもしないことをほんの一瞬でも想像してしまったことは恥ずかしいしカッコ悪いから黙っておこう。

「おまえね……そんなイライラしてたら話にならん。社食行くぞ」

門倉はベンチから立ち上がり、まだ痛む額を押さえている私の腕を引っ張って立ち上がらせた。

「腹減ってるから余計にイライラしてんだろ?昼飯おごってやるから機嫌直せ。話はそれからだ」



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