傷痕~想い出に変わるまで~
葛藤 3
違いますとしらを切ろうとした瞬間。
「おぅ篠宮、サボってばっかいないで仕事しろよ!」
無駄にデカイ男が無駄にデカイ声で無駄な言葉を私に向かって言い放った。
門倉め!!
最悪のタイミングだ!!
小銭入れを握りしめて怒りに肩を震わせている私に気付かないのか、門倉は涼しい顔をして自販機に小銭を入れている。
光は私の手にタバコケースを握らせて、もう一度私の顔をじっと見た。
「篠宮……瑞希だよね?」
さすがにもう言い逃れることはできなさそうだ。
私は観念してうなずいた。
「……元気だった?」
「……うん」
ぎこちない会話をしている私たちを横目に、門倉は不思議そうな顔をしてコーヒーを飲んでいる。
門倉、頼むからあっち行って!
「ここ、瑞希の勤め先だったんだな。知らなかった」
「……うん」
転職も転勤も私は一度もしていないのに、光は私の勤め先の名前さえ知らなかったようだ。
これでも一時は妻だったのに。
「今、ここの飲料メーカーに勤めてて……今週からこの会社の担当になったんだ」
「……うん」
そんな偶然ってあるの?!
無駄に顔を合わせたくないから、これからは出来るだけ自販機には近付かないようにしよう。
「瑞希……」
さっきからなんとか平静を装っていたけれど、いい加減もう限界だ。
息がうまくできなくて胸が苦しくて、心臓が壊れるんじゃないかと思うほど激しい動悸がしている。
これ以上は耐えられそうにない。
いっそ逃げ出してしまおうと後退りしかけた時。
「篠宮、田村がおまえのこと探してたぞ」
門倉がコーヒーを飲みながら私に声を掛けた。
「えっ?!ああ、ありがとう!!行かなきゃ、じゃあね!」
「あっ、瑞希……」
私は門倉の出した助け船に乗っかって、光の顔も見ずに慌ててその場を離れた。
田村くんは早川さんと一緒にオリオン社に行っている。
きっと門倉は私がその場を離れたかったことをなんとなく察して嘘をついたんだ。
まったくあの男はタイミングがいいのか悪いのか。
あいつ誰だとか何話してたんだとか、後でいろいろ聞かれるんだろうな。
二課のオフィスに戻って数分後、門倉がコーヒーを持って現れた。
「篠宮課長、ホットコーヒーお持ちしましたー」
「いつから一課の課長はコーヒーの配達始めたの?」
「さっきコーヒー飲み損ねたんじゃないかと思ってさ。俺めっちゃ優しいだろ」
「ちょっと腹立つけど……ありがとう……」
カップを受け取りコーヒーを一口飲み込むと、門倉はニヤリと笑った。
イヤな予感しかしない。
「飲んだな。コーヒー代は今日の晩飯でいいぞ」
「えっ、お金取るの?!」
ケチ!!ちょっといい奴だと思ったのに!
「冗談だ。コーヒーはおごってやるから晩飯付き合え。どうせいつものだろ」
「……まぁ」
「じゃあ終わったら連絡しろよ」
門倉は言いたいことだけ言うとさっさと出ていった。
みんなは私と門倉が同期で昔同じ部署にいたことを知っているから、こんなことがあっても変な勘繰りはしない。
本当によくできた部下たちだ。
その日の夜、いつもの居酒屋に足を運んだ私と門倉は、いつも通りビールと適当な料理を注文して、乾杯もなくビールを飲みながら食事をした。
ある程度お腹が満たされると、門倉は生ビールのおかわりを二つ注文した。
そこまでは本当にいつも通りだった。
違ったのはここからだ。
「……で?昼間のあれが篠宮の元旦那か?」
「うん……」
門倉はオイルライターでタバコに火をつけて煙を吐き出すと、スーツの内ポケットから取り出した一枚の名刺を私に差し出した。
「勝山 光……って……。えっ、なんで門倉が?!」
名刺にはあの自販機の飲料メーカーの社名と光の名前、その下の方の余白には携帯電話の番号が手書きで書き添えられていた。
見覚えのある懐かしい光の文字だ。
まじまじと名刺を眺めていると、門倉がオイルライターの蓋を何度も開け閉めしてカチャカチャと音を鳴らした。
これは門倉が何か考え事をしている時の癖みたいなものだ。
私が顔を上げると門倉はライターの蓋を閉めてテーブルの上に置いた。
「おぅ篠宮、サボってばっかいないで仕事しろよ!」
無駄にデカイ男が無駄にデカイ声で無駄な言葉を私に向かって言い放った。
門倉め!!
最悪のタイミングだ!!
小銭入れを握りしめて怒りに肩を震わせている私に気付かないのか、門倉は涼しい顔をして自販機に小銭を入れている。
光は私の手にタバコケースを握らせて、もう一度私の顔をじっと見た。
「篠宮……瑞希だよね?」
さすがにもう言い逃れることはできなさそうだ。
私は観念してうなずいた。
「……元気だった?」
「……うん」
ぎこちない会話をしている私たちを横目に、門倉は不思議そうな顔をしてコーヒーを飲んでいる。
門倉、頼むからあっち行って!
「ここ、瑞希の勤め先だったんだな。知らなかった」
「……うん」
転職も転勤も私は一度もしていないのに、光は私の勤め先の名前さえ知らなかったようだ。
これでも一時は妻だったのに。
「今、ここの飲料メーカーに勤めてて……今週からこの会社の担当になったんだ」
「……うん」
そんな偶然ってあるの?!
無駄に顔を合わせたくないから、これからは出来るだけ自販機には近付かないようにしよう。
「瑞希……」
さっきからなんとか平静を装っていたけれど、いい加減もう限界だ。
息がうまくできなくて胸が苦しくて、心臓が壊れるんじゃないかと思うほど激しい動悸がしている。
これ以上は耐えられそうにない。
いっそ逃げ出してしまおうと後退りしかけた時。
「篠宮、田村がおまえのこと探してたぞ」
門倉がコーヒーを飲みながら私に声を掛けた。
「えっ?!ああ、ありがとう!!行かなきゃ、じゃあね!」
「あっ、瑞希……」
私は門倉の出した助け船に乗っかって、光の顔も見ずに慌ててその場を離れた。
田村くんは早川さんと一緒にオリオン社に行っている。
きっと門倉は私がその場を離れたかったことをなんとなく察して嘘をついたんだ。
まったくあの男はタイミングがいいのか悪いのか。
あいつ誰だとか何話してたんだとか、後でいろいろ聞かれるんだろうな。
二課のオフィスに戻って数分後、門倉がコーヒーを持って現れた。
「篠宮課長、ホットコーヒーお持ちしましたー」
「いつから一課の課長はコーヒーの配達始めたの?」
「さっきコーヒー飲み損ねたんじゃないかと思ってさ。俺めっちゃ優しいだろ」
「ちょっと腹立つけど……ありがとう……」
カップを受け取りコーヒーを一口飲み込むと、門倉はニヤリと笑った。
イヤな予感しかしない。
「飲んだな。コーヒー代は今日の晩飯でいいぞ」
「えっ、お金取るの?!」
ケチ!!ちょっといい奴だと思ったのに!
「冗談だ。コーヒーはおごってやるから晩飯付き合え。どうせいつものだろ」
「……まぁ」
「じゃあ終わったら連絡しろよ」
門倉は言いたいことだけ言うとさっさと出ていった。
みんなは私と門倉が同期で昔同じ部署にいたことを知っているから、こんなことがあっても変な勘繰りはしない。
本当によくできた部下たちだ。
その日の夜、いつもの居酒屋に足を運んだ私と門倉は、いつも通りビールと適当な料理を注文して、乾杯もなくビールを飲みながら食事をした。
ある程度お腹が満たされると、門倉は生ビールのおかわりを二つ注文した。
そこまでは本当にいつも通りだった。
違ったのはここからだ。
「……で?昼間のあれが篠宮の元旦那か?」
「うん……」
門倉はオイルライターでタバコに火をつけて煙を吐き出すと、スーツの内ポケットから取り出した一枚の名刺を私に差し出した。
「勝山 光……って……。えっ、なんで門倉が?!」
名刺にはあの自販機の飲料メーカーの社名と光の名前、その下の方の余白には携帯電話の番号が手書きで書き添えられていた。
見覚えのある懐かしい光の文字だ。
まじまじと名刺を眺めていると、門倉がオイルライターの蓋を何度も開け閉めしてカチャカチャと音を鳴らした。
これは門倉が何か考え事をしている時の癖みたいなものだ。
私が顔を上げると門倉はライターの蓋を閉めてテーブルの上に置いた。
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