傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

戻らない時を振り返る 6

新しい仕事を探すこともせずフラフラしている光にイライラしていた私はどう接していいのかわからず、自分の居場所を仕事に求めた。
家庭を顧みず仕事に没頭して、次々と任された大きな仕事を成功させた。
仕事をしている時は光のことを考えずに済んだし、誰もが私を必要としてくれた。

私の知らないうちに光は再就職先を見つけ、そこで出会った女性に安らぎを求めた。
結婚してちょうど5年が経った頃、離婚を切り出したのは光だった。

『瑞希は仕事があればいいんだろ?俺なんか必要ないもんな』

そう言って光は署名捺印した離婚届と結婚指輪を置いて出ていった。
とりあえず主婦業だけはこなしていたけれど、妻としての役割を放棄していたのだから、そうなっても仕方がない話なのかも知れない。

そう思えるようになるには時間がかかった。
光との離婚からもうじき5年。
今はもう光とは会っていないし連絡も取り合っていないから、彼が今どこで何をしているのか何も知らない。

離婚した後、私たちの大学時代の共通の友人と会った時に光がなぜ会社へ行けなくなったのか、その時私に対してどんな気持ちを抱いていたのかを知った。
そんな大事な話を光本人ではなく他人の口から聞かされたことがつらかった。

私たちは確かに愛し合っていたはずなのに、どこでどう進む道を誤ってしまったのだろう?
あの時少しでも光に寄り添う気持ちが私にあれば、もう少し違った結果になっていただろうか?

どんなに悔やんでもしょうがないけれど、私は今もまだ結婚指輪を処分できずにいる。
二人で笑い合えたあの頃に戻ることはもうできないのに。


電車を降りて自宅まで歩きながら、小さな亀裂が取り返しのつかないほどの破綻を招いた瞬間を思い出した。
本当は思い出したくもない光景だ。
それなのにその光景は今でも私の脳裏に鮮明に焼き付いて離れない。

あの時の私は光に裏切られたことに対するショックで、いっそ何もかもぶち壊してやろうかと思う反面、これでもう光との実のない夫婦関係を終わりにできるという妙な安堵をおぼえた。

光が別の人を選ぶ前から、私たちの関係は冷めきって破綻していた。
ただ別れを切り出すきっかけがなかっただけだと思う。
私は仕事の忙しさにかまけて光と向き合おうとしなかったし、時間も気持ちもすれ違いの生活が続いていたから。


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