傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

戻らない時を振り返る 4

「来年結婚することになりました!」

お祝いの飲み会の席でお酒が入っていい気分になったからか、私の隣に座っていた早川さんが突然そんなことを言い出した。

付き合って2年ほどになる彼氏がいると言う話は聞いているし、年齢的にもそろそろお年頃だから、結婚が決まったと聞いても特別驚いたりはしない。

「もちろん結婚後も仕事続けるんですよね?」
「彼は私に仕事辞めて家庭に入って欲しそうだけど私は続けるつもりでいるよ。この仕事好きだし、せっかく頑張ってきたんだもん」
「ですよね!良かったぁ」

早川さんは入社7年目の29歳。
明るくハキハキとした性格のムードメーカーで仕事もできるし、若い社員の多いこの課では頼もしい存在だと思う。

仕事に関してはなんの不満も不安もないけれど、結婚しても彼女は今と変わらず頑張れるだろうか?

ほとんどの場合、結婚して環境が大きく変わるのは男性より女性の方だ。
残業で帰りが遅くなることや休日出勤も余儀なくされることが高い頻度である仕事だけに、それが原因で二人の間に亀裂が生じたりはしないか。
早川さんの夫になる人が、妻の仕事に対する理解がある人ならいいのだけど。

あんなにつらい思いは大事な部下に味わって欲しくはないから。

「とりあえず……仕事のことはお互いにちゃんと納得できるまで話し合った方がいいよ。曖昧なままで結婚するとちょっとしたことで状況が悪くなった時に、だからあの時言っただろうとか、俺と仕事どっちが大事なんだとか責められてうまくいかなくなる」
「もしかして篠宮課長の離婚の原因って……」

真剣な顔をして私の言葉を聞いていた早川さんが声を潜めた。
若い社員の中には私に離婚歴があることを知らない者もいるからだろう。

「私は仕事も主婦業も頑張ったけど、妻であることをおろそかにしてしまったらしい。だからうまくいかなくなって別れた」
「そうなんですね……」
「もうずっと前のことだからね。今ならきっとうまくこなせることも、あの頃は私も彼も若かったから自分のことで手一杯だったんだと思う」

あの頃の私たちは相手に対する小さな不信感が少しずつ膨らんで、離婚する少し前にはほんの些細なことでさえ許せなくなっていた。
お互いに相手を思いやれなくなって、うまくいかないことの責任をなすりつけ合っていたように思う。
私たちの気持ちはいつしか冷えきって、違う方向に向かっていた。


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