王が住む教室
ありがとう
ふと意識を取り戻すと,身体は無重力空間に投げ出されてふわふわと漂っていた。この感覚にもずいぶん慣れた。我ながらうまい身のこなしで身体を起こすと,大介が起きるのを待っていたかのようにすぐ近くにいた。
「いよいよだね」
ああ,とだけ返事を返した。明日が生徒会選挙の日。演説をするのはおれなのに,大介の表情はおれ以上に固かった。
「なんでお前が緊張してんだよ。お前はクラゲみたいにふわふわと浮かんで見てるだけでいいんだよ」
「それ言われたら,ぼくにできることが出来ないのはそうなんだけど・・・・・・仁,ありがとう」
凝り固まったような顔を急に崩して,大介は頭を下げた。
「何だよ急に。そりゃあしょうがないだろ。おれはここで勝たないと自分の身体に戻れないんだから。条件を吹っ掛けといて何言ってんだよ」
おれだって大介に感謝している。大介の身体を借りて数カ月の間で,おれは大切なことに気付いた。それが何なのか,言葉にしろと言われたら難しくてできそうにないけど,とにかく目に見えない,触ることできない宝物を手に入れた。直接お礼を言うことは恥ずかしくてできない。でも,おれの気持ちは何となく大介には伝わっている気がした。
「元の身体に戻りたかったらせいぜい頑張りなよ」と大介は意地の悪い顔をしていった。大丈夫,おれたちは繋がっている。
明日はかましてくるわ,と言って拳を突き出した。古臭いけど,グータッチ。言葉にできない恥ずかしさを,共有できる気がした。
大介もこぶしを握った腕を突き出してきた。こつん,手と手を突き合わせる前に大介に聞いた。
「気になってたことがあるんだ。おれが身体を取り戻したら,もちろん大介は元の身体に戻るよな? そうしたら大介は生徒会長になっているわけだ」
そう言って大介を見た。何が言いたいのか分からない,という顔をしている。
「だからな,おれは原稿を考えているんだけど,大切なことが抜けてると思うんだ。大介,お前はどうしたいんだ? どんな学校にしたいんだ?」
大介ははっと目を見開いた。でも,困った顔はしなかった。大介には理想があるんだ,と確信した。
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