王が住む教室

文戸玲

胸熱



 それから現行のすり合わせをずいぶん熱心に行った。書いては直す作業を推敲というらしいが,おれは推敲に推敲を重ね,一日の最後には手の側面が真っ黒になっていた。

「ずいぶん頑張っているな。学校が良くなりそうだ」

 原稿は一応担任に出すことになっていた。めんどくさいけど必要な手続きなのだから仕方がない。誤字脱字を直すようにと返された紙を修正していると郷地先生がいつの間にか教室に入ってきていた。少し離れたところで声を掛け,うかつに原稿用紙を覗き込むようなことをしないのも好感が持てる。やっぱりこいつは,いいやつだ。

「ちょっとだけ残ってるだけだよ。見ろよこれ。中身については一切ないのに,漢字の間違いとか文法ばっかり修正してやがる。そんなのどうでもいいっての。でもこれ,飾られるんなら仕方ないないよな。小学校でも習う漢字を書けないやつに生徒会長を任せたくないだろうから」

 紙をぺらぺらと目の前でかざしながら言うと,郷地先生は穏やかに笑った。

「飾るわけではないよ。それは君が大切に持っておくものだ」
「じゃあなんでおれは漢字の間違いなんて直しているんだよ! 漢字ノートじゃないっての」

 地面にプリントを叩きつけるように投げた。もちろん,怒ってなどいない。無駄なことをさせられたと少し腹も立つが,郷地先生の前だとそんなことは些細なものだと感じられる。
 ひらひらと待ったプリントが郷地先生の足元に広がる。それをそっと持ち上げて,見てもいいか? と聞くようにプリントを軽く持ち上げた。おれは,浅くうなずいた。

「いい字だ。字は,心だからな。思いがよく伝わってくる」

 中身を吟味するでもなく,そっと撫でるようにプリントに目をやると,両手で返しに来た。表面だけを見ていたようなプリントを見る目は,薄い紙のずっとずっと奥深くを見ているようにも見えた。

「いよいよだな。楽しみにしてるよ」

 そういうと,出口の方に向かっていった。扉にはノックバットが立てかけられていた。わざわざ部活の前に教室に足を運んだのだと思うと,少しだけ胸が熱くなった。


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