王が住む教室

文戸玲

ニュース



 教室に入ると,ニョロニョロとした動きが視界に入った。左右に小刻みに揺れながら近づいてくる。何かに似ているな,何だっけなと考えていると,そいつは甲高い耳障りな声を発した。

「何難しい顔をしているんだい? 考え事をしているところ悪いけど,ニュースを二つお届けするよ」

 なんだっけな。もう少しで思い出せそうなのに。目の前の間抜け面をじっと見つめる。今からおもしろいことを話をする,そのあとのリアクションが楽しみでたまらないという人特有の間抜け面を彼は披露した。だいたいこんな顔をする奴の話は,すべる。

「驚いて何も言えねえか? って,まだ何も言ってないやろがい。一つ目はだな,この宮坂悠平様は生徒会長の候補者から降りる。おれがいたら間違いなくてめえには票が入らない。どうだ? いいニュースだろ? 人望も天と地の差だし,何より大スケベっていうお前の名前は卑猥だ。風紀が乱れる。おれがいたらお前は当選しない」

 抱腹絶倒のギャグをかましたとばかりに,得意げな顔をして周りを見ている。教室の中では,頭の悪そうなやつほど面白そうに笑っていた。

「もう一つはバッドニュースだ。聞きたいか? 聞きたくはないか」

 顔の前で人差し指を立てて,チンアナゴ入った。その顔を見て思わず声が出た。思い出した。

「ムーミンだ。ムーミンに出てくるやつ」
「お前,気でも触れたか? 何言ってんだ急に」
「いや,そのなよなよしてひょろひょろしている感じ,何かに似ているよなって思ってたんだ。ムーミンに出てくる細長い奴に似てるな,お前」

 教室で笑い声が起こった。どうやらムーミン谷に出てくるニョロニョロとした謎の生き物にそっくりなこいつには,自分で思っているほどの人望はなさそうだ。

「てめえ,調子に乗りやがって。あとでぼこしてやる」

 この前やられたことが頭に残っているのか,相当頭にきているようだが手は出してこなかった。絵に描いたように肩を怒らせて回れ右をして席に向かったが,思い出したようにまたこちらを向いた。

「悪いニュース,伝えといてやるよ。我らが相良龍樹が生徒会長に立候補する。お疲れだったな」

 わずかに教室がどよめいた。「意外だな」という声もあったが,全体として共通していたのは「生徒会長は龍樹で決まりだな」という雰囲気が漂っていることだ。


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