王が住む教室

文戸玲

太陽に向かって


「倒れていたもう一人の子どもは,ツーブロックでサンダルの恰好だった。近くにコンビニの袋とお菓子が入っていたから,買い物の帰りだろうってことだったんだな?」

 確認するように繰り返した。やっぱり,思った通りだった。俺はあの日,大介と同じ空間にいた。お人好しの俺は,リンチされている大介を守るために突っかかった。そして,数の力を前に返り討ちにあった。予想した通りだった。

「で,その少年は今どこにいるんだよ?」

 もしかしたら,大介が俺の身体を使って好き勝手しているのかもしれない。そんな想像が一瞬頭をかすめたが,あいつに限ってそんなことをするわけがない。でも,俺の身体がどうなっているのかは気になる。そんなの当たり前だ。

「それが・・・・・・」

 おばさんはまた口ごもる。

「黙っててもしょうがないんだから,それに,そいつはおれの友達なんだ」

 恥ずかしいくらい臭いセリフが口をついて出た。そういえば,俺には友達と呼べるような奴は今までいなかった。大介とは,友達って言ってもいいのかな。「何言ってるの。ぼくたち,友達でしょ」と小ばかにしたように笑って答える大介の顔が浮かんだ。
 だが,そんな想像も次のおばさんの一言で一気に萎えた。

「でも,友達って言っても,ずいぶんガラの悪そうな子らしいわよ。眉毛はほとんどなくて,耳にはピアスの穴も空いているって。大介,今までそんな子と仲良くしていなかったじゃない」
「うるせえ! 人を見た目で判断すな!」

 しまった,と思った時には遅かった。見た目で何度も損してきた。何かあったとき,真っ先に疑われるのは俺だった。そんな大人に歯向かうために,もっと威張ってもっと悪い風貌を意識するようになった。結局損をするのは自分なのに,やめられなかった。大介の母さんにもそう言われることが,無性に悔しかった。自分を守るために,大きな声を出した。結局俺はそういう人間なんだ。自分を認めさせるために反抗したり,声を荒げたり,卑怯な手を使うことしかできない。おれは一人で,大介をリンチしたやつらは集団だっただけで,どっちも同じもののように思えてきた。

「ごめん。そうね,大介の言う通りよね。人を見かけで判断するなんて,みっともないことを言っちゃったわ。許してくれる?」

 心底申し訳なさそうに,素直に謝るおばさんにどう対応していいか分からない。早くこの場を離れたかった。

「それで,その人は今どこにいるの?」
「まだ入院しているわ。総合病院に」
「行ってくる」

 財布だけを手にして部屋を飛びだした。「待ちなさい」というおばさんの声がする。今までで一番張りのある,意志を感じられる声だった。

「行くって言ったって,お母さんも部屋の番号を知らないし,それに今行っても・・・・・・」
「行くって言ったら行くんだよ。晩御飯までには戻ってくるから」

 おばさんの言葉を最後まで聞かずに,運動靴を履いて玄関に手を掛けた。
 総合病院。ここからバスで十分で着く。何日も生活していると,この辺の地域の土地勘がなんとなくつかめてきていた。今まで大介のお金に手を付けていなかったが「今日ぐらい許してくれよな」と心の中で謝った。その直後,やっぱり考えを改めた。バスを待っている時間すらもったいない。走っていこう。
 家を飛び出すと,ちょうど西日が強く差していた。病院についたころには汗まみれだな。シャツのボタンを開けながら,太陽に向かって駆け出した。



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