王が住む教室
スローモーション
頭がぼーっとしてきた。「起きてるの?」と大介の母さんが声を掛けなければ,そのままのぼせて倒れていたかもしれない。
脱衣所で自分の顔を見る。顔が火照っているのは,入浴時間が長かったことだけが原因ではないのだろう。
浴槽の中ではずっと常友のことを考えていた。普段なら身体を洗ってから浴槽で鼻歌でも歌っているのだが,今日は違った。不衛生だと思いながらも,始めにざぶんと頭まで浸かって頭の中を無にしようとした。上半身に汗がぽつぽつと浮かんできたころ,ようやく身体を洗うために浴槽からいったん腰を浮かせた。いつもより念入りに,優しく洗った。頭皮を傷めないように指の関節を折り曲げてこすり,タオルを使って足の指の間まで丁寧にぬぐった。さっぱりとした身体とは裏腹に,心の中ではなにかがぐるぐると回り続けてた。
「しょうもな」
わざと声に出して呟いた。鏡の向こうの自分は,完全に頬が緩み切っていた。
常友とキスをした。
その事実が,心を躍らせていた。何も考えないようにしても,あの瞬間のことが映画のワンシーンのようにスローモーションで脳内で再生される。
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