王が住む教室
二人分のオレンジジュース
トレイを片手に常友が戻ってきた。
「お待たせ」
八重歯を覗かせた顔に一瞬気を取られた。「待ってねえけど」とわざとそっけなく返したが,うまく演じられていただろうか。常友は扉から身体を半分だけ部屋に滑り込ませた形で動かない・何してんだよ,と口を開きかけたとたん,トレイの上にのせられたグラスが一つであることに気付いた。
「なんだよ。おれのはねえのかよ」
「だって,いらないって言ったじゃない。残されてももったいないし」
「そんなの遠慮に決まってんだろ。どこまで分かってねえんだよ」
まったく,感心したおれがあほみたいだとうんざりしていると「じゃじゃーん」と嬉しそうに後ろ手に隠したグラスを目の前に差し出してきた。
「おまえ・・・・・・ほんとガキかよ」
「ガキってなによ。もうあげなーい」
「うそだよ。お姉さん」
何がじゃじゃーんだ。まんまとペースに乗せられている自分が急に恥ずかしくなる。
「まずは一息つかなきゃ」
ローテーブルにグラスが二つとジュースのペットボトルが載ったトレイを置き,「よっこらせ」と年寄り臭いくさい言葉を出しながら膝をついた。
何が一息だ。まだ何もやってねえじゃねえかと軽口を叩こうとしたが,思わず息をのんだ。
制服姿のまま膝をついた常友は,そのままお尻を落として膝を抱きよせるようにして座った。傷一つない宝石のような膝がグラス越しに歪んで見える。トレイでちょうど遮られているが,ガラス張りのローテーブルの向こう側にはすらりと伸びた綺麗な足があるのだろう。思わず視線が動きそうになるのをぐっと堪えて,視線を前に固定した。身体が熱くなってくるのが分かる。
「何よ,硬い顔をして」
硬い顔。おれは今どんな顔をしているのだろう。認めたくないが,おれはこいつに惚れている。惚れた女と二人きりで部屋にいる。そんなことで取り乱すなんて,まるで童貞みたいじゃないか。
自分を落ち着かせようとしてわざと大きなため息をついた。
「ジュース,飲んでいいのか?」
あ,という表情を見せて細い腕をペットボトルに伸ばした。
「ごめんごめん。せっかくだからついであげるよ」
「当たり前だろ。ずっと待ってんだよこっちは」
わざとそっけなく言ってそっぽを向いた。ん~,と唸るような声がする。ゆっくりと,もう一度視線を前に送る。
「もしかして・・・・・・空けられないのか?」
涙目でこくりとうなずいた。
「だって,異常に固いんだもん。ほら,手なんかこんなに真っ赤だよ!」
掌を差し出して,はい,とペットボトルを差し出してきた。
「めんどくせえ」と言いながらペットボトルを受け取り,キャップをなんなく外した。さすが~,とご機嫌そうな常友にペットボトルを差し出すと,素直に受け取りながら二人分のオレンジジュースを注いだ。
「これ,好きなんだ。甘ったるくないし,果汁100%なんだから。どう? おいしいでしょ?」
まあまあな,と目も見ずに答えた。酸味の効いた液体を舌の上で染み込ませるように味わいながら,手の平に残った温かい感触を思い出していた。
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