王が住む教室

文戸玲

手を挙げろ


「調子に乗ってんじゃねえぞ,おっさん」

 目を丸くして突っ立っている二人ににじり寄るようにして距離を詰めた。中野は一歩あとずさりをして虫けらのように肩をすぼめて目に見えて丸くなった。大栗の方は威圧感を出すためか,胸をそらせて眉間に深くしわを寄せて見下ろしてきた。

「なんて口をききやがる! 教えてやらないと分からないようだな」

 唾を散らしながら大栗は怒鳴り散らした。生徒は自分の言うことを聞くものだと勘違いしている教師がよくやることだ。威圧的に接して,理不尽な要求をのませる。あいにく,こちらはそんなものに屈するつもりはない。

「口くせえんだよ。大きな声出してしゃしゃるな。怒鳴ってたら言うことを聞くとでも思っているのか」
「ずいぶんと言ってくれるじゃないか。そんなに目立とうとして,何がしたいんだ? その・・・・・・何組の誰かも忘れたが」

 気味の悪い笑みを浮かべてこちらを見ている。その視線は胸元の名札に向けられていた。

「種掛・・・・・・ああ,いたなあそんなやつ。周りからずいぶんいびられているんじゃないのか。 その憂さ晴らしか? 意外と気が強い方なんだな」

 小ばかにしたように短く笑った。大栗の背中に隠れていた中野は「では,授業がありますので」といそいそと動き始めた。
 腐ってやがる。大栗の言い分だと,大助の顔は認識していなかったにしても,いじめられているという事実は共有しているようだった。それを心配するでもなく守るそぶりのない大人に心底腹が立った。

「おれが学校のトップに立って,お前たちに胸を張って校内を歩けないようにしてやるからな」
「怖いこと言うね~。その殴られたら痛そうな拳でのし上がるつもりか?」

 大栗はおれの握りしめた右腕を見て笑った。掌に爪が深く食い込んでいるのがわかる。

「のしあがるよ。ただし,手は出さねえ。・・・・・・いや,手は挙げることになるのか」

 掌を大栗と職員室に向かおうとする中野の方に向けた。

「生徒会長に立候補する。当選したら,その時はよろしくな」

 他には誰もいない廊下に声が通った。
 誰も何も言わない。ただ,始業を知らせるチャイムが校内に鳴り響いていた。


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