王が住む教室

文戸玲

手鏡の中の少年

 目を開けると,そこには白い天井があった。よく見ると茶色い模様がカモメのようにも見える。音楽室の天井のようでなんだか落ち着かない。その部屋があるあの建物は,この世で一番嫌いな場所だ。そのくせ一日の大半はそこで過ごさないといけない。そんな生活に嫌気が差す。座り心地の悪い椅子に黙って座って,何を言っているか分からない教師の話を聞いている連中の気が知れない。
 体を起こそうとすると背中に電流が走ったように痛みが流れた。思わず呻いていると,カーテンが素早く開けら,看護師が入ってきた。

「よかった。気が付いたのね。ここがどこだか分かる?」

 髪の毛を帽子の中に入れ,でこを大きく出した皮膚は紫外線を浴びたことがないかのような白さだった。かといって不健康な印象は全く受けず,血色のいい肌とほんのりピンクの色をした口紅からは快活さも感じられる。少しだけ角度のついた平行な眉毛と奥二重のぱっちりした瞳から気の強さが滲み出ている。おまけにスタイルは・・・・・・悪くない。
 彼女にしてやってもいいな,と目の前の看護師を観察していると,布団を雑にかけなおして体を起こした。

「何とか言いなさいよ。ま,中学生らしく大人の女の人に興味を持っちゃって,身体と心は健康みたいね。気の弱そうな子だから優しくしなきゃと思ったけど,そんな必要もなさそうね」

 お大事に,と言ってカーテンを閉め,廊下で誰かを呼びにいくような声がした。
 気の弱そうな子? そんなことは記憶したいる限りでは一度も言われたことはないが,けがの影響なのだろうか。激痛があるわけではないが,確かに身体が重い。きっと,あざや腫れがあって痛々しい見た目をしているのかもしれない。それが相手に与える印象に影響しているのだろう。
 唇の横が腫れているが,他には顔をさすっても特に痛みや腫れを感じるところがない。鏡を見に立ち上がろうとしたとき,またカーテンが開いた。今度は知らないおばさんだ。頬骨が浮かぶほどガリガリで,くたびれた服を着て荒い息をしている。挙句の果てに,目からはぽろぽろと涙を流し,それが口元を抑えた手に注がれていく。

誰だこのおばさん,ウミガメみたいにぽろぽろ涙なんか流しちゃって

 そう言いかけた時,おばさんがわっと声を上げて急に抱きついてきた。

「心配したのよ大介! まあ,かわいそうに。痛かったでしょう。怖かったでしょう。もう大丈夫だからね。お母さんが付いているから安心して」

 一瞬,この全く頼りにならないおばさんが言った言葉にパニックになりかけた。大介? 何を言っている。おれの名前は赤坂仁。大介って,いったい誰のことだ。それに,お母さんが守ってあげるって。おれの母さんは・・・・・・
 頭のなかでクエスチョンマークがぐるぐると渦巻いている。考えるのが苦手な頭で疑問が疑問を呼び,その渦に飲まれそうになる。必死で考えていると,手鏡を差し出された。

「でも,何時間も目を覚まさなかったんだから,もしものことを思うとお母さん気が気じゃなかったわ。ほんと,命を落とすことに比べたら,痛々しいけどそのケガで済んで良かった。ほら,見てごらん」

 手鏡を見て茫然とした。思わず手から落としそうなるのをかろうじて掴みなおす。なんだこれは!? その鏡に反射して映っていたのは,自分ではない,なよなよとした気の弱さを感じさせる貧弱そうな男の子だった。

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